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試し読み

SNS総フォロワー39万人の著者が紡ぐ、共感必至の連作小説集。メンヘラ大学生『君に選ばれたい人生だった』収録「あぁ、もう。」試し読み#1

若者から絶大な人気を集め、SNS総フォロワー39万人を誇るメンヘラ大学生さんの連作小説集『君に選ばれたい人生だった』が2023年9月26日に発売!多くの共感を呼ぶバンド「Saucy Dog」の楽曲を素に著者独自の解釈で物語を紡ぎました。
収録作は「あぁ、もう。」「煙」「シンデレラボーイ」「ナイトクロージング」「ノンフィクション」の5篇。緩やかにつながる5つ物語が、感動のラストへと導きます。

今回は刊行を記念して、冒頭試し読みを公開!
恋、夢、就活――。選ばれなかった人たちの共感必至の物語、ぜひお楽しみください!



「Saucy Dog」の楽曲から生まれた、共感必至の連作小説集。メンヘラ大学生『君に選ばれたい人生だった』収録「あぁ、もう。」試し読み#1

 一目惚れだった。高校生にもなって、好きなタイプが更新された瞬間だった。時間が止まる感覚っていうのは、こういうことを指すのかと他人事みたいに思った。こんなかっこいい人、学校にいるの? それとも、あたしが今までちゃんと見ていなかっただけ?
 目にした瞬間は、まるでスロー映像を見ているみたいに時間がゆっくりになった。スタバのカウンター席で気怠そうに座っていたその人は、背が高くて、女のあたしが羨ましくなるくらいまつ毛が長くて、いま話題の韓流アイドルみたいに切れ長二重の目がバランスよく配置されていた。

【今日やっぱ、有咲変じゃね?】
 スマホの向こう側から、ふわりと誠の声が聞こえた。
「変って何が? 別にいつも通りだけど」
【いつにも増して上の空じゃん。なんなら、今日一緒にスタバの前歩いてたときから。もしかして、また一目惚れでもした?】
 からかうような口調にむっとしながら、怒っていても仕方ないとあたしは素直に告げる。
「一目惚れっていうか、まあ、気になるというか」
 一瞬、誠が息を呑んだのが電話越しに伝わった。
【いや、ほんとに一目惚れしてんのかい!】
「うるさいな、別にいいでしょ」
【ほんと分かりやすいな。たぶん、今日スタバの窓際に座ってた人でしょ? あれ、俺の部活の先輩】
「え?」
 いきなり降ってきた情報に、変な声が出る。
【唯人先輩。二個上でもう引退しちゃったからそんな関わりある訳じゃないけど、かっこいいからやっぱ人気あるし、有咲が惚れる気持ちも分からんでもない】
 見透かしたような声が聞こえたけれど、無視して探りを入れてみる。
「誠、じゃなくて誠さま。唯人さんのこと色々教えろ、教えてください」
【言葉遣い終わってんだろ。先輩なー、とりあえずめちゃくちゃモテるとは聞くよ。時々ファンっぽい人、試合観に来たりするし。推しみたいな感じ? でもって、たしか今は彼女いないって言ってた】
 誠は、ライバルが多いことに変わりはないけどねーと言葉を続けた。予想外の情報を手に入れて、やっぱり持つべきものは情報通の幼なじみなのかもしれない、と思う。
 今日、スタバで見かけた男の人。同じ制服を身にまとって、腕捲りをして机に向かっていた姿がずっと頭から離れないでいた。
「いやいやいや、彼女がいないって分かっただけでも収穫、ほんとに助かる。誠のこと、幼なじみから大親友に格上げしとくから」
【都合いいよなーほんと】
 変に茶化してしまったけれど、親友だと思っているのはほんとのことだ。誠とは家が近いのもあって、小学校からの幼なじみだった。家だけじゃなく学力も近かったあたしたちは、高校生になった今も同じ制服を着て、登下校中もよくその背中を見かけ合う。
 昔から、誠はあたしの少ない人間関係の中の大切な一人だった。いつだって電話をかければ、まるで待機していたかのような速さで出てくれる。照れくさいから口には出さないけれど、都合いいだなんてこれっぽっちも思ったことはない。
「先輩彼女いないのか、そっかー。やば、もう既に明日学校行くの楽しみになってきた。片想いって、なんかテンション上がらない?」
 誤魔化すように同調を求めると、
【分からんでもないけど。ま、叶わない片想いは地獄だけどな?】とイタズラっぽく笑う。
 コイツほんとやなこと言うな。口が悪いところだけは、たまにキズだ。

 誠から先輩の情報を仕入れ終えて、そのままベランダで黄昏れる。夜の街には数え切れないほどの光の粒が散らばって、この中に先輩がいるかもしれない、なんて想像してみると、誰と会話している訳でも無いのに一人で楽しくなってきてしまう。
 冷えた風が頬にあたって気持ちがいい。冷たさの中に、どこか優しさを含んでいる気がする。四季の中でも、やっぱり秋が一番過ごしやすくてダントツで好きだ。だけど夏と冬に挟まれて、すぐにいなくなってしまうところだけは好きになれない。
 見慣れた風景を眺めながら先輩の情報を頭の中で整理する。田中唯人。まず、名前が良い。韻というか、語呂というか、とにかくなんか良い。顔もすごくタイプだ。モテるはずなのに、それを鼻にかけてなさそうな所もいい。部活は誠と同じハンドボール部。歳は二つ上。クラスはたしか、三年五組。まだ知らない事ばかりだけど、それすらも日々の楽しみに変換できる。
 次誠に会ったら、ハンドボールのルールだけはちゃんと聞いておこうと思う。学校の授業で軽く触れたことしかないけれど、いつか先輩と話せるようになったときの話の種になるはずだ。
 今までは、学校なんて行くのも面倒くさいと思っていた。毎朝六時に起きるのは辛いし、学校で楽しい何かが待っているわけでもないし。どう過ごすかよりも、どうやり過ごすかがあたしにとっての最重要項目だった。
 それが、モチベーションの源に新しく先輩の存在が追加されただけで、明日の学校が楽しみで仕方ない。先輩の顔を拝めるなら、土日だって学校に通えてしまう気がする。単純だなー、と誠の呆れ声が聞こえた気がして、全力で振り払う。
 考え事をしている間に足の指先が少し冷えていた。指先をグーパーさせるように力を込めてみても、思うように動いてくれない。クロックスを脱いで部屋に戻り、かじかんだ指先を手のひらで包んでいると、外の肌寒さと暖房の効いた部屋とのギャップがちょうどよくて、ぼうっと眠気がさしてくる。
 布団に潜り込んでも、なかなか寝付けなそうだった。落ち着かない頭の中で、明日はどんな口実で先輩がいる校舎へ行こうかと思いを巡らす。
 そうだ、三階の購買までいちご牛乳を買いに行くついでに、先輩のクラスの前をゆっくり歩いてみようか。少しでも先輩の顔を眺められたら、その記憶だけで一週間は生きていける。
 行き場を無くした妄想が膨れ上がっていって、次第に夢との境目が分からなくなってくる。柔らかな布団の重みが身体の隅々にまで同化していって、意識がなくなっていく間際、面倒だけど、明日は早起きしてシャワーを浴びようって思った。

     〇

 教室の窓の隙間から入ってくる陽射しはほんのりと暖かい。ガラス越しに見える紅葉色の夕焼けはいつも眺めているものと同じとは思えないほど綺麗で、時間も忘れて見惚れてしまう。時折聞こえてくる運動部のかけ声が耳元で弾んで、何故か心が落ち着いてくる気さえする。
 窓際の一番後ろの席で、用もないのにひたすら赤紫色のアプリを開いては、フォロワー欄に【唯人】と名前が表示されているのを確認する。気を抜くと頬がだらしなく緩んでしまいそうで、眉間をぐっと引き締める。
 画面の下へと続いている投稿を、一通り人差し指の先で撫でていく。いいねを押し間違えないように気を配りながら、画像を拡大したり、写っている友人らしき人を眺めたり、さっきからそんなことを意味もなく繰り返していた。
 ……あ、あいつもいるじゃん。ユニフォーム姿が並んだ集合写真の左端の隅で控えめにピースする誠を見つけて、あたしは心の中でありがとうと呟く。

「唯人さんに言っといたよ」
 今日の朝、生活指導に引っかかる時間ギリギリに教室に着いたあたしに誠はいきなり駆け寄ってきた。
「急になに? なんの話してんの?」
「だからー。唯人さんと仲良くしたいって子がいますよって話したら、インスタ気軽にフォローしてよって言ってたから。本人のお墨付き。安心してフォローしな」
 その報せはあまりにも急で、まだ脳みそが寝ているあたしは誠の吐いた言葉をうまく咀嚼できずにニヤつく誠の顔を二度見する。
「……待って、急展開すぎて話についていけない。それって、あたしの名前出したってこと?」
「いや、名前は出してない。俺の友達がー、とだけしか」
 なんの問題もない、というふうに顔色ひとつ変えずに言う。
「いやいやいや、名前出してなくても、そんな言い方したら先輩にあたしの気持ちバレバレじゃん。逆にフォローしづらいって」
「あのさー、そんなん言ってたらまた有咲は遠くから眺めたままでしょ。いつまでその感じでいんの? あとで先輩のアカウント名ラインしとくから、覚悟きめてフォローしなよ」
 余計なお世話だ! ……そう言おうとしたところで見計らったようにチャイムが鳴って、誠は教卓前の自分の席に戻っていった。担任が入ってきて、流れ作業のように点呼を取っていく。
 覚悟。心の中を見透かされたようで、正直何も言い返せなかった。誠に言わせれば、あたしにはその二文字が圧倒的に足りていないらしい。
 今までも気になる人ができたことはあった。だけど、その度にあたしは陰から眺めているだけで満足して、相手から認知されることもなく、誰かの彼氏になったことを風の便りで知り、人知れず失恋していた。一部始終を聞いてもらおうと泣きながら誠に電話をかけると、いつも面倒そうな声色をさせながらも、なんだかんだで「絶対また良い奴見つかるから」と慰めてくれた。
 一切学ぶことなくそんなやり取りを繰り返して生きてきたけれど、全く成長の見えない現状も、いよいよ向き合わなければいけないのかもしれない。
 昼休み、クラス中の雑音を聞き流しながら、誠から送られてきていたアカウントのIDを虫眼鏡マークの真横に打ち込んだ。yuito_0208_tanaka。待って、0208ってことは。カレンダーアプリを開いて二月八日の欄に薄ピンクのあざといフォントで【先輩の誕生日】と入れると、空欄ばかりだったカレンダーがほんの少しだけ華やぐ。よし、先輩の情報またゲット。
 そうして、あたしは【フォローする】という行為から目を逸らし続けていた。
 だって、先輩のアカウントをフォローしてしまえば、先輩はまず間違いなく好意に気付く。それって、かなり怖い。遠回しにでも他人に感情を伝えるということは、同時に拒否されるかもしれない可能性を孕むということで、それはまさにあたしが避け続けていたものだった。ひび割れた液晶にちょうど重なる【フォローする】のアイコンは、いつもよりずっと小さく目に映る。

 覚悟きめてフォローしなよ。

 悩んでいると、いつだって誠の声が頭の中で反芻される。たぶん誠は、あたしよりもあたしのことを分かっている。
 安全な場所から眺めているだけじゃ、きっと世界は動いていかない。先輩への気持ちをぎゅっと指先に詰め込んで、その文字に触れた。

 フォロワー欄の一番上に先輩がいる。当たり前のことだけど、先輩のフォロワー欄の一番上にもあたしがいる。大袈裟かもしれないけど、指先で世界はたしかに動いた。
 窓を開けると、勢いよく飛び込んできた秋の風に前髪が攫われそうになった。嘘みたいに綺麗な夕焼けも、先輩の名前を表示させているスマホの画面も、遠くから聞こえる野球部のかけ声も、夢みたいに思えるけれど、この瞬間は紛れもなく現実だ。
【下校時刻になりました。残っている生徒は速やかに帰ってください】
 ふと校内放送に急かされて、咄嗟にスマホを腰のポッケに突っ込む。黒板の横の壁に押し込まれた時計は六時を示していて、慌てて手提げバッグを手にとった。肩にかけたバッグは心なしかいつもよりも軽い。
 ブブ。ポッケの中からスマホが呼んで、取り出して薄目で見てみると、液晶には、誰かからのメッセージが表示されていた。
【誠から話聞いたよ、フォローありがとね!】
 滑り落ちそうになったスマホを手のひらでなんとか受け止めて、画面を何度も確認する。そこに、【唯人】の二文字がある。見知ったIDがある。心臓がどくどくと脈を打ち始めて、視界が静かに揺れる。先輩からのDMを開かずに、なんて返信しようか考えを巡らせる。
 あと少しの間だけでいいから、この画面のままにしておきたい。

(つづく)

作品紹介



君に選ばれたい人生だった
著者 メンヘラ大学生
発売日:2023年09月26日

Saucy Dogの楽曲から生まれた、共感必至の連作短編集!
多くの共感を呼ぶバンドの楽曲を素に、SNSで人気のメンヘラ大学生が、独自の解釈で物語を紡ぎました。

◆収録短篇
「あぁ、もう。」
「煙」
「シンデレラボーイ」
「ナイトクロージング」
「ノンフィクション」

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001854/
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