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試し読み

【試し読み】夢枕獏「キマイラ」シリーズ 電子書籍フェア開催記念! 『幻獣少年キマイラ』期間限定全文公開

夢枕獏「キマイラ」シリーズの電子書籍フェア開催を記念して、シリーズ1巻目『幻獣少年キマイラ』を期間限定で全文公開!(※公開期間:2025年7月4日(金)~2025年7月18日(金)23時59分まで)

時折獣に喰われる悪夢を見る以外はごく平凡な日々を送っていた美貌の高校生・大鳳吼。
だが学園を支配する上級生・久鬼麗一と出会った時、その宿命が幕を開けた――。

夢枕獏が人生をかけた伝奇小説シリーズのはじまりを、どうぞお楽しみください。

夢枕獏『幻獣少年キマイラ』期間限定全文公開

人物紹介

大鳳 吼 おおとり こう
西城学園に入学した美貌の少年。

久鬼麗一 くき れいいち
西城学園の3年生。学園を支配している。

九十九三蔵 つくも さんぞう
西城学園の3年生。心優しき巨漢。

織部深雪 おりべ みゆき
大鳳のクラスメイトの美少女。

亜室由魅 あむろ ゆみ
西城学園の3年生。妖艶な魅力をもつ。

真壁雲斎 まかべ うんさい
円空拳の使い手で、九十九の師。

序章


 おおとりこうは夢を見ていた。
 またあの夢である。
 生きながら獣にわれる夢だ。
 得体の知れない不気味な獣が、頭を大鳳の腹の中に突っ込んで、思うさま、内臓をほふっている。
 肉をしやくする湿った音に混じって、低いうなり声が聞こえてくる。
 しかし、それがどのような獣であるのか、大鳳には見当がつかない。現存する何かの肉食獣なのか、夢の中にのみ存在する、悪夢の生んだ異形の獣なのか――。
 ひとつだけわかっていることがある。
 それは、その獣が、大鳳の外からでなく、内部から大鳳を食べているということだ。獣の頭は、確かに大鳳の腹の中にあるのだが、その本体もまた、大鳳の肉の内側にあった。
 生きた青虫の内部から、カリウドバチの幼虫が、宿主ホストである青虫をむしばんでいくように、その獣は、身体の内側から、大鳳を喰らっているのだ。
 いずれ、その獣が、肉を喰い破って体外に姿を現す時が来るのかもしれない。
 年に何度かはこの夢を見る。
 この夢が、いつ頃から始まったのか、その記憶はない。もの心がつく頃には、すでにこの夢を見ていたような気がする。どうして、こんな夢を見るようになったのか、その原因がわからなかった。
 食べられる個所は、夢を見るたびに違っていた。
 はっきりした記憶があるわけではないが、一度喰われた個所が、もう一度喰われる夢を、大鳳は見たことがなかった。
 そのかわりに、その獣は、その個所をおそろしく丹念に食べる。体毛の一本ずつ、細胞のひとつずつまで、じっくりとしつように食べてゆく。
 指一本を、一晩かけて喰われたこともある。
 現実に、そのような肉食獣がいたなら、そいつは、血の一滴もこぼすことなく、獲物を屠ることであろう。
 今、大鳳が喰われているのは、肝臓であった。
 ざらついた熱い舌が、骨をねぶり、血をすするのが、リアルな感触で伝わってくる。
 獣がのどを鳴らす、低い雷に似た音――。
 痛みはない。
 だが、骨から肉がひきはがされる、みりみりという音の感触が、耐え難かった。
 ひきはがされ、喰われているのは、自分の骨と肉である。それを、ひどくめた眼で見ている自分がいる。
 体毛のそそけ立つような、異様な感覚だ。
 肉をめる獣の舌の、ざらつきのひとつずつがはっきりわかる。
 恐怖感はむろんある。だが、それと同時に、このまま、自分の肉体全部をこの獣に喰われてしまいたいという、不思議な衝動があった。それは、肉を溶ろけさせる、甘美な誘惑だった。
 喰われることのおぞましさが深ければ深いほど、得体の知れぬとうすいも深かった。
 獣の舌が、自分の血肉をうたびに、ぞくぞくする快感が走るのである。
 大鳳は、まだ女を知らない。
 女の肉のもたらす快美感とは、このようなものなのだろうか、と大鳳は思った。
 大鳳は、己の肉の奥に潜む獣に喰われながら、甘い、不思議な、暗いおののきを覚えていた。


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