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小説家の遭遇した怪異譚が描く、言葉で自己を表現し言葉で他者を理解するという行為の尊さ──山白朝子『小説家と夜の境界』【評者:吉田大助】

物語は。

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小説家と夜の境界』山白朝子(KADOKAWA)

評者:吉田大助



 怪談でありながらミステリ。謎が解き明かされた瞬間にぜる感情は生きていることそれ自体の喜び、時に悲しみ。怪談専門誌『怪と幽』で活動する山白朝子が、五年ぶりとなる新刊『小説家と夜の境界』を発表した。狂言回しの「私」を含む、全七編の主要登場人物はみな小説家だ。
 第一話「墓場の小説家」で披露されるのは、O氏の人生だ。彼は、現実の経験を虚構世界に反映させて小説を書く、というメソッドを確立していた。例えば、交通事故で左腕を骨折した主人公の痛みを知るために、自分の左腕を妻に車で轢かせた。学園ミステリを書くために高校の近くへ引っ越し、夜中の校舎に幾度となく忍び込んでその空気を吸った。「そうですか。小説の執筆のためなら、仕方ないですかね」と、穏やかに続きを促す「私」のリアクションが素晴らしい。常識と非常識の境界を狂わせ、相手により多くのことを語らせる名インタビュアーだ。O氏はその後、「傷心」をテーマとする恋愛小説のオファーが舞い込んだところから、実人生と作家人生のバランスが瓦解し始める。「傷心」を深く理解するために、O氏は妻にあることをして欲しいと頼み……。
 第二話「小説家、逃げた」に登場するY氏は、「筆が異様に速い」という特殊能力の持ち主だ。彼は印税に目がくらんだ両親に監禁され、無理やり小説を書かされる境遇にあった。已むに已まれぬ衝動で書いているものではないとしても、少しでも良いものをともがくY氏に対して、両親は?責する。「おまえ、いつも、たくさんの書き直しをしているじゃないか。すでに書いた部分をごっそりと削除して、似たような文章を書いているじゃないか。そういう面倒な作業をやめたら、小説を書くスピードをもっと速くできるはずだ」「そうよ。後ろで見張っている時に気づいた。どうしてそんなもったいないことをするの? せっかく書いた文章なのよ。それを消すなんて、お金を捨てているのと同じじゃない」。推敲という作業は「お金を捨てているのと同じ」──あまりにも驚かされる意見だが、こうした門外漢の視点を取り入れることで、作品世界が広がりを獲得している。
 確かに、小説家とは不可思議なことをしている生き物なのだ。猟奇的な妄想を小説にすることで、現実と妄想の区切り目を付けようとするK氏。あらゆるジャンルの小説を執筆できてしまうX氏。頭の中に劇団を棲まわせ、劇団員のアドリブによって物語を構築するR氏……。第六話「ある編集者の偏執的な恋」は、ストーカーもの。小説家だけでなく編集者も、危ない人が多いということか。
 ちょうを飾る第七話「精神感応小説家」は、門外漢にフィーチャーした一編だ。「触れた相手の考えていることがわかる」能力に目覚めたN君は、事故で意識はあるものの一切の意思表示ができない状態に陥った文豪・J先生の、頭の中にある新作原稿を書いて欲しいと編集者に依頼される。その原稿は単にN君が書いているんじゃないか……という要らぬ疑いは生じない。実は、N君は技能実習生として日本へやってきたベトナム人青年であり、日本語が不得手。なおかつJ先生の新作の舞台は、江戸のよしわらなのだから。かつて外国人排斥を唱えていた頭の固い日本人作家とベトナム人青年、事故がなければ決して出会うことのなかった二人の病室での交流には、言葉で自己を表現し、言葉で他者を理解するという行為の尊さが溢れている。自他の境界を越える喜び。それは、小説を書き、読む喜びと同義だ。
 普通の話であればここで終わる、十分に終われる。そんな地点まで物語が到達しても、ここは行き止まりなんかではない、とさらに一枚壁をぶち破って突き進んでいく筆致に何より痺れた。本人に投げかけても絶対に否定されるだろうから、ここでひっそりと記したい。これぞ、天才の仕事だ。

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私の頭が正常であったなら』山白朝子(角川文庫)

小説家のYは、同業者のTさんから長年のスランプを脱した理由を聞く。中古で購入した布団の中に横たわると、足元が異世界へと繫がり、想像力が刺激されるのだという──。『小説家と夜の境界』のスタイルの原型となる「布団の中の宇宙」を始め、全8話収録の短編集。文庫解説は宮部みゆき。


『私の頭が正常であったなら』山白朝子(角川文庫)


(本記事は「小説 野性時代 2023年8月号」に掲載された内容を転載したものです)


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