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レビュー

誰かを傷付けることになるかもしれない、 傷付くのは自分自身かもしれない、という物語だからこそ。 ──樋口卓治『危険なふたり』【評者:吉田大助】

物語は。

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『危険なふたり』樋口卓治(幻冬舎)

評者:吉田大助



 数々の国民的人気番組を手がける放送作家・脚本家の樋口卓治は、二〇一二年に『ボクの妻と結婚してください。』でデビューした小説家でもある。『危険なふたり』は、お手本とするにはあまりにイレギュラーな「実在」の男女に焦点を当てることで、夫婦という関係の謎を解明しようと試みた長編小説だ。
 二〇二〇年の秋、五〇代後半のベテラン脚本家・三林草生介は妻の申し出を受けて離婚し、都内のマンションで一人暮らしを始めた。馴染みのドラマプロデューサー・犬飼が若い女性を従え、草生介のすさんだ様子を覗きに来たものの、生活ぶりは思いのほかクリーンかつ優雅。「なんだよ、リモコンも大きい順に並べやがって」というセリフも楽しい、茶目っけたっぷりなオープニングだ。
 ベテランではあるが知名度も代表作もない草生介には、今のテレビ界では風前の灯となったホームドラマの脚本を書きたい、という夢があった。離婚した今の自分ならば経験を糧にできるはずだ、と。そんな折、若手ドラマプロデューサー・奈木睦子から、巨匠監督の御園連太郎が手がける単発ドラマの脚本をと依頼される。ジャンルはずばり、ホームドラマ。男女の若手人気俳優二人の主演も決定しているという。気になる企画内容は、監督との初顔合わせで知らされた。題材は、今は亡き樹木希林と内田裕也。それを聞いた草生介の反応は常識的だ。「ホームドラマにはならないでしょう」。稀代の名俳優とロックスターは結婚直後に別居し、樹木希林が娘を一人で育てたことはよく知られている。「だから面白いんじゃないか」。離婚率は三割超えを維持し、夫婦や家族の形が多様化した今の時代の日本に合った新しいホームドラマは、二人の夫婦関係を見つめることから生まれるんじゃないか?
 草生介は資料の山に潜り第一稿を書き上げたものの、監督から「再現ドラマ」は求めていないと全否定される。失意のどん底に陥ったところで、目の前に樹木希林が現れる。事情を話すと、いなくなった夫を捕まえる手伝いをしてくれるならば脚本に協力してもいいと言うのだ。かくして草生介は叱咤多めの鬼コーチと対話を重ねながら、人間の不思議さと向き合う日々が始まる──。
 樹木希林と内田裕也を題材にしたからだろう、本作はあふれんばかりの人間愛に彩られている。自分の人生や自分が手にしているさまざまな関係性を点検し直し、他人と比較するやり方ではなく、面白がることによって肯定していく術をレクチャーしてもらえる感触がある。何より素晴らしいのは、二人の存在にドキュメンタリー的に寄りかからず、フィクションの作り手として、強烈な二人の個性とタイマンを張っていく創造力だ。「書けた」という一語で完成台本の内容は伏せて終わらせることもできたはずだが、ラストで全貌がきっちり明らかになる。それがもう、激烈に面白い。
 本作は、創作についての物語でもある。人はなぜ物語を生み出すのか? 草生介が見出した答えは、作中では引用されていないが、樹木希林の「名言」として知られる言葉を彷彿させるものだった。〈創造の創という字は「きず」という字なんですよね。絆創膏の「創」っていう字なんですよ〉。今生み出そうとしている物語は、誰かを傷付けることになるかもしれない。傷付くのは、他ならぬ自分自身かもしれない。しかし、そういう物語だからこそ、誰かに届く。これはモデル小説であって、モデル小説ではない。小説家・樋口卓治の創造力がいかんなく発揮された、新たな代表作だ。

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『ボクの妻と結婚してください。』樋口卓治(講談社文庫)


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