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レビュー

俳句から小説が生まれる、奇跡の短編集――宮部みゆき『ぼんぼん彩句』レビュー【評者:東えりか】

俳句と小説の新しい出会い。
『ぼんぼん彩句』レビュー

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宮部みゆき『ぼんぼん彩句

著者:宮部みゆき



17音の奥に潜む繊細で彩り豊かな12の物語。

書評:東えりか

 ぞくりとする。すっきりする。ほっとする。はっとなる。ちくりとする。ドキドキする。ニヤリとする。ほろりとする。がくぜんとする。しんみりする。あわれになる。腑に落ちる。懐かしくなる。
 『ぼんぼん彩句』の一作ごと、読み終わると心の中はこんな気持ちで満たされる。
 この短編集の芯は俳句である。ひとつの俳句から、宮部みゆきという作家が背景にある世界を想起し物語を作り上げた。どの作品も思いもよらない結末が導かれ、読み手は一作ごとに余韻を楽しむ時間が必要になる。それは読み手の日常の何かと繋がるからだと思う。
 家族のこと、社会のこと、そして長年引っかかってきた心の奥底にある“凝り固まった何か”に訴えかけてくるのだ。
 一作の分量は四百字詰め原稿用紙で三十枚から四十枚。ページ数にすると10ページから30ページくらいで、大人のベッドサイドストーリーとしてはちょうどいい長さではないだろうか。読み終わって静かに思いを馳せながら眠りにつくのは贅沢だ。
 いや、心が騒いで眠れなくなるかもしれない。けれど、それはそれで読書の醍醐味でもある。やがて眠りに誘われた時、夢の中で異世界へ連れて行ってくれるのだから。
 それにしても、なぜ宮部みゆきさんはこんなにも豊かな世界を作り上げることが出来るのだろう。
絵本や児童書、YAからSF、ホラー、ミステリー、硬派の社会派小説、さらに本格時代小説まで様々なジャンルの作品を生み出す手腕は小説界のイリュージョニストに例えても異論は出ないだろう。
 『ぼんぼん彩句』はそんな小説家の魅力すべてがぎゅっと濃縮された奇跡の短編集であると言っていい。
 この本の成り立ちは巻末の“あとがき”に詳しいが、最初はほんのお遊びのつもりだった「BBK(ボケ防止句会)」という句会から始まった。ここで投句された作品がもとになっている。恥ずかしながら私もそのメンバーのひとりで、本書のある句の作者でもある。
 BBKのメンバーは、最初の最初を思い返せば25年以上前のカラオケ仲間だ。バブルは既にはじけていたが、二十世紀の終わりには朝まで興じることは年に数回あったのだ。
 同世代の小説家や編集者、周りのスタッフなど仕事とは関係なしで遊んでいた。まだ若くて体力もあったなあ、と懐かしむ。
 最初は何十人といたのだが、時代とともに転職したり、結婚したり、行方不明になったり、新しく入ってきたり、そのまま残ったりして現在十五人。このメンバーで句会を始めたのは2014年のことである。
 幸いにもみんな「言葉」に興味がある人ばかりであった。さらに読むことにかけてはプロフェッショナルが集っていた。だが実作、それも俳句となると勝手が違う。季語やお題が決まると当日まで呻吟し苦しんだ。
 句会のルールは普通で、短冊に切った紙一枚に一句、一人五句を無記名で書いて集め、別紙に清記し、自分以外の句で気に入ったものを五句選句して多くの人に選ばれた句がその日の一席となる。指導者はいないので本当に良い句なのかの判断はつかないが、人気のある句は胸に迫るものがある。
 恐ろしいのは、誰からも一句も選ばれない状況だ。BBKではこういう人を「レジェンド」と呼ぶ。幸い宮部さんがレジェンドになったことはない。さすがである。
 「骨がらみで小説家」とご自身を例える宮部さんは、その句の中からインスパイアーされた十二句を選び想像の世界を作り上げた。
 実作者の思いから近いものも遠いものもある。私に限っては、まるですべてをご存知だったのではないかと思うほど、句から見える世界は、私が経験したことに重なっていた。
 コロナ禍で、もう数年も句会が開けずにいる。本書の上梓をきっかけに再開したいと皆切望している。そして願わくは、新たに宮部さんの想像力をかきたてる一句をひねり出したい。「凡凡」な生活の中に、彩りを見出すのは自分自身の心の持ちようなのである。

作品紹介



ぼんぼん彩句
著者 宮部みゆき
定価: 1,980円 (本体1,800円+税)
発売日:2023年04月19日

俳句と小説の新しい出会い。17音の奥に潜む繊細で彩り豊かな12の物語。
「俳句」という僅か17音で作られた世界の奥にはどんな物語が潜んでいるのか。社会派からホラー、SFに至るまで、あらゆるジャンルに足跡を残してきた宮部文学の新たなる挑戦。繊細で彩り豊かに輝く12編の物語。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/302212003862/
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