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レビュー

「強い絆」の弱さから、「弱い絆」の強さへ――辻村深月『この夏の星を見る』レビュー【評者:吉田大助】

2023年6月刊行予定、辻村深月の新作長編『この夏の星を見る』を
吉田大助が最速&最熱レビュー!

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辻村深月『この夏の星を見る』

書評:吉田大助(書評家)

 ――辻村深月が、コロナ禍一年目の日本を舞台に、中高生たちを主人公にした小説を書いたらどうなるか?
 『この夏の星を見る』は三人の主人公=視点人物の語りをスイッチしながら進む、群像形式の長編小説だ。文庫化された『傲慢と善良』の再ブレイクもあり、辻村と言えば登場人物を突き抜けて読者を凍り付かせる、なんなら傷付ける……という印象を持つ人も多いだろうが、本作では完全に抱きしめにきている。
 周知の通り二〇二〇年春、新型コロナウイルスの感染予防のため、小中高は全国一斉休校の措置が取られた。第一章「〝いつも〞が消える」は、学校が徐々に再開されるようになった五月、お互いに面識のない三人の現状と心情が明かされていく。茨城県立砂浦第三高校二年生の亜紗あさは、大好きな天文部での活動や友人と普通に会って話ができるようになるためにも、「早く、学校、いつも通りになるといい」と願っていた。東京都渋谷区立ひばり森中学校一年生の安藤真宙まひろは、これまでの青春学園モノでなかなか描かれてこなかった極めて特殊な通学事情により、「学校、どうして、再開したりするんだよ」と呪詛の言葉をこねていた。五島列島にある長崎県立泉水高校に通う三年生の佐々野円華まどかは、家業である旅館を巡って親友から投げかけられた言葉に傷付いていた。あの頃、一〇代の子供たちはこんなにも心細く震えていた。本作は、コロナ禍があったからこそ生じた感情や思弁を刻印する、記録文学としての側面がある。
 群像小説である以上は、三人および三人が所属するコミュニティの人々は、どこかのタイミングで出会い繋がる。題名からも明らかなように、それは星に関わる出来事である。この物語はミステリーと呼ばれるタイプのものではないが、人と人との繋がり方に関して驚かされる瞬間が幾度となく訪れる。
 まだ刊行されていない以上何を書いてもネタバレになってしまうのだが、ここからは少し踏み込んで記す。
 本作が採用した群像劇および人間ドラマの感触は、アメリカの社会学者マーク・グラノヴェターが一九七三年に発表した「弱い絆の強さ」(The strength of weak ties)を連想させる。そのコンセプトは元来、転職活動をする際は家族や親友といった「強い絆」よりも、知り合い程度の「弱い絆」からもらった情報の方が役に立つ、という調査から導き出された。「自分」の興味や関心や性格をよく知る人よりも、あまりよく知らない人の方が、「自分」のキャラに合っているかや当人が欲しているものか否かのフィルターをかけずに新しい情報を投げかけてくれる。その結果、新しい出会いがもたらされることとなる。二〇二二年、MITの研究チームが手がけた大規模調査により仮説が裏付けられたことでも話題となったこの社会的ネットワーク理論は、広く実人生に当てはめることができるだろう。
 親友にはシリアスすぎて言えない切実な悩みがあるけれども、ほんの少し前に出会った知り合いにだったらすんなり言えた。知り合いの知り合いから何気なくかけてもらった言葉が、自分の人生に新鮮な選択肢をもたらしてくれた。本作は、学校という「強い絆」が発動しがちな場所を主な舞台に据えつつ、「弱い絆」によって動き出していく人間ドラマが無数に散りばめられている。このアプローチは、これまでの辻村作品ではあまりなかった。
 身近な他者は感染するもの・させるものであると認識し、フィジカル・ディスタンスを確保することが求められるコロナ禍は、「強い絆」が否応なしに弱くなった。それは事実ではあるものの、一面に過ぎない。別の見方をすれば、「弱い絆」が強くなったと言えるのではないか? そこにフォーカスすることで、『この夏の星を見る』という物語が生まれた。
 だから、冒頭に掲げた問いの答えはこうなる。――まったく新しい、青春小説の新たな金字塔が誕生した。ここに記された希望は、登場する少年少女たちの心を突き抜けて、大人の読者たちの胸にも届く。絶対。必ず。

※編集部注 刊行までの改稿により、固有名詞など内容は変更になる可能性があります。
※本記事は2023年3月刊行の書籍『Another side of 辻村深月』より転載したものです。

プロフィール

吉田大助(よしだ・だいすけ)
ライター。1977年、埼玉県生まれ。『小説 野性時代』『ダ・ヴィンチ』『STORY BOX』『週刊文春WOMAN』「カドブン」などで書評や作家インタビューを行う。


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