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レビュー

薬丸岳の新境地であり、最高傑作! 教誨師が確定死刑囚に仕掛ける、未曾有の復讐劇。――『最後の祈り』レビュー【評者:吉田大助】

殺人犯と、娘を殺された父。
死刑執行を前に、 命懸けの対話が始まる。

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薬丸岳『最後の祈り



教誨師が確定死刑囚に仕掛ける、未曾有の復讐劇。

評者:吉田大助(書評家)

 被害者の家族や周囲の人々がどれほど苦しい思いを抱いて生きているのか。加害者の家族や周囲の人々はどうか。少年法を題材にした『天使のナイフ』で2005年にデビューした薬丸岳は、ミステリーとしての驚きと興奮に満ちた物語の中に、凶悪犯罪の周囲に現れながらもなかなか顧みられることのない人々の心情を封じ込めてきた。『告解』(2020年)では初めて加害者を視点人物に据えてその心情を真正面から綴り、近作『刑事弁護人』(2022年)では誰もが唾棄する凶悪犯罪者の味方となる刑事弁護人を主人公に抜擢。罪と罰を見つめる作家としての視野を少しずつ広げてきた、その営みの先に現れたのが最新長編『最後の祈り』だ。
 プロローグで描かれるのは、刑務官が確定死刑囚にその日の到来を告げ、やがて刑場で絞首刑が執行される一連の場面だ。「ふざけんじゃねえ! 死にたくない……おれにはまだやることがあるんだ!」。男の最期に立ち会った教誨師──名前は伏せられている──は思いを巡らせる。〈彼の魂は救われたのだろうか。/心の中で必死に問いかけたが、神は沈黙したままだった〉。この場面はいったい何なんだ? 解答を宙吊りにしたまま、本編は幕を開ける。
 一人目の語り手として現れるのは、牧師の保阪宗佑だ。目白の教会を本拠地としている彼は、千葉刑務所で教誨師のボランティアをしている。刑期10年以上の重罪を犯した受刑者と話をし、神の救いを諭す仕事を彼が引き受けた背景には、かつて愛した人を死に追いやってしまった罪悪感があった。ある日、自分のことを「東京のおじさん」と慕う25歳の北川由亜から、結婚と妊娠の報告を受ける。宗佑と由亜の間に横たわる秘密が読者に全て開示された、そのタイミングで恐るべき事件が発生する。由亜が通り魔に殺されてしまったのだ。そこでまず最初に現れる、宗佑の内なる葛藤はこうだ。自分は教誨師を続けられるのか? 目の前で救いを求める受刑者に、通り魔男への憎しみを重ねてはしまわないか。その葛藤を彼はどう処理したか、あるいは処理できなかったのか。
 逮捕された石原亮平という25歳の男は、他の殺人も暴かれ死刑判決がくだされた。しかし、裁判において遺族を嘲笑うかのような石原の言動に触れて、宗佑の葛藤は変質する。新たな葛藤の内実は、由亜の母である真里亜の口を通して語られる。〈死刑が確定してもこれっぽっちも癒されない……〉。そして、この物語の根幹をなす発想が出現する。「石原の教誨をできないかしら」。続けて繰り出されるロジックは衝撃的だ。「あの男に生きたいと、もっともっと生きていたいと思わせたうえで、死ぬ直前に地獄に叩き落とす言葉を突き刺してほしい」。そのセリフに触れた瞬間、小説のタイトルを思い出す人は少なくないはずだ。「最後の祈り」とは教誨師が確定死刑囚に仕掛ける、未曾有の復讐劇に関わるものではないか? この予感の作り方が抜群にサスペンスフルで、抜群に巧い。
 物語はその後、予感が少しずつ現実化していくプロセスを丁寧に追いかけていく。宗佑が石原の元に近付き、なおかつ彼に教誨を受けさせる状態にまで至るのは相当な難題だが、意外性と納得感が常に五分と五分で共存している展開の数々によって、高いハードルが見事に飛び越えられていく。とはいえ、もしも宗佑が当初の信念を変質なくただ燃やし続け、復讐の実現をただただ望むだけであったならば、昭和の復讐劇だったろう。アップデートされた令和の復讐劇である本作は、違う。宗佑の心情は揺れに揺れまくる。
 ポイントは、2人目の語り手に石原が選ばれていることだ。加害者であり確定死刑囚である彼の内面、彼の変化、彼自身も忘れていた記憶。それらが少しずつ漏れ出ていくことにより、当初は「鬼畜」の一語で表現することが可能だった石原への共感が宗佑に──読者にも生まれていく。3人目の語り手である刑務官・小泉直也の存在も重要だ。直也が担う物語上の役割は多々ある(例えば、確定死刑囚が「普通の人間」であるように、絞首刑を執行する刑務官も「普通の人間」であるという事実の伝達)のだが、彼は刑務官の職務として、石原宛ての手紙の検閲をする。石原自身はいつも破り捨ててしまう手紙を、直也だけは読む。そして、そこで得た情報や感慨を読者に伝達してくれる。宗佑の心情の揺れだけではなく、直也の揺れにもまた読者は同期していくのだ。
 この物語にいったいどんな結末が訪れるのか。本来は一言たりともほのめかしたくないのだが、ひとつだけネタバレギリギリの部分を記すならば──なぜ裁判でも証言しなかった由亜の最期の言葉を、石原は宗佑に伝えたのか? その真相は作中で直接的には記されていないのだが、おそらくこうであろうと行間から感じ取ることになった瞬間、戦慄した。薬丸岳は今回、人間の無意識の領域にまで深々とくわを入れている。とにかく、小説として巧い。読者を結末部にまで必ず至らしめるためには、巧くなければならなかったのだ。
 人間が、人間に対してできることは何か。もしかしたら、これなのではないか。結末部に記された真実には、ささやかながらも莫大な人間讃歌が宿っていた。著者にとって紛れもない新境地である本作は、紛れもない最高傑作だった。

作品紹介・あらすじ

『最後の祈り』薬丸岳



最後の祈り
著者 薬丸岳
定価: 2,090円(本体1,900円+税)
発売日:2023年4月21日
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000359/

娘を殺した男がすぐ目の前にいる。贖罪や反省の思いなど微塵も窺えないふてぶてしい態度で。

東京に住む保阪宗佑は、娘を暴漢に殺された。妊娠中だった娘を含む四人を惨殺し、死刑判決に「サンキュー」と高笑いした犯人。牧師である宗佑は、受刑者の精神的救済をする教誨師として犯人と対面できないかと模索する。今までは人を救うために祈ってきたのに、犯人を地獄へ突き落としたい。煩悶する宗佑と、罪の意識のかけらもない犯人。死刑執行の日が迫るなか、二人の対話が始まる。動機なき殺人の闇に迫る、重厚な人間ドラマの書き手・薬丸岳の新たな到達点。

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