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明日が永遠の来ない世界で私たちは――宮野優『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』レビュー【評者:柞刈湯葉】

全ての人類が「今日」を繰り返す新世界SF。
『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』レビュー

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トゥモロー・ネヴァー・ノウズ

著者:宮野優



書評:柞刈湯葉

「ループもの」である。この小説を分類するならば、「異世界転生」なみに聞き飽きているであろうそのジャンル名に収まる。
 1日を終えて床に就き、目を醒ませば新たな1日がやってくる……と思いきや、なぜかカレンダーの日付は昨日のまま。すでに体験したはずの1日が繰り返され、それを認識しているのは自分だけ。主人公はその状況に驚きつつもやがて適応し、ループの謎を解き明かして脱出を図る(あるいは図らない)。小説に漫画、アニメにゲームなど、広く使われ、もはや設定業界のフリー素材と言える。
 この「素材」の用途としては、主人公に少しずつ違った状況を与えて内面を多角的に描く、あるいはその特異な状況を利用して難事件を解決させる、もしくは同じ状況に追い込まれたパートナーを用意し、恋愛あるいは敵対関係におく、といったものがある。いずれにせよ、世界から取り残された1人(あるいは2人)だけにフォーカスを当てた、きわめて個人的なジャンルといえる。
 ところが本作『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』は、同じ1日を繰り返すという素材を使用しつつも、その目的が定番から大きくはみ出している。ループが感染症のように人から人へと拡大し、最終的に人類全体が同じ日をループし続けるという異常事態に陥ってしまうのだ。
 するとどうなるか。まず町の治安が急速に悪化する。なにしろどんな罪を犯しても、警察に捕まって収監されても、1日が終われば自宅のベッドに元通り。あらゆる証拠は消滅してしまうのだ。こうなっては全ての法律は意味をなさない。
 しかし被害者側もループで記憶を持ち越しているので、先回りで相手を捕らえようとして、自警団的な組織を構成していく。特に睡眠のタイミングが鍵で、たまたまループする瞬間に起きていた人間は「ナイト・ウォッチ」と呼ばれ、先手を打って行動できる強みを活かし、率先して犯罪者を取り締まる役割を担う。
 そして人類全体のループ化が完了すると、たとえカレンダーは動かなくとも人々の記憶が残るので、社会が時間の概念を取り戻す。秩序も徐々に回復し、過去のループ中の出来事について「ひどい時代だったな」「まだ九十周も経ってないでしょう」と、あたかも時が進んでいくように話し出す。後遺症の心配がないゆえの過激な格闘技興行、大陸を隔てられて会えなくなってしまった恋人たちなど、みな明日の来ない社会で、それぞれの生き方を模索していく。
 つまり、本来は個人にフォーカスする手段であった「ループ」を人類全体に適用し、「主観記憶以外の情報が残らない社会」というSF的な舞台を作り出すことで、その社会のほうにフォーカスを当てるという、アクロバティックな世界観になっているのである。
 全5話で、すべて異なる5人の主人公の一人称視点だ。日本の学生から北米のボクサー、アフリカのジャーナリストなど、様々な立場からこの混沌の世界が描かれる。器用に文体が書き分けられているので複数一人称にありがちな不自然さがないし、随所に仕込まれたちょっとした叙述トリック的な仕掛けも小気味良い。
 ちなみにループのタイミングは地球全体で統一されているらしく、日本では真夜中だが、北米では真っ昼間に突然ループするというずいぶん厄介そうな状況になっている。とはいえそれも慣れの問題か。
 特に魅力的なのは、時間の軛を逃れた世界で、図書館の本を少しずつ読み進めていく少女。読書好きならばこの状況は憧れてしまうのではないだろうか。彼女の背負っている過酷な使命について目をつぶれば、という条件付きだが。

作品紹介



トゥモロー・ネヴァー・ノウズ
著者:宮野 優
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2023年4月28日

復讐者が、高校生が、世界王者が、全人類が「今日」をループする。

私は、最愛の娘を凌辱した挙げ句に殺した犯人を――許せなかった。少年法に守られて、極刑にもならずに、今ものうのうと生きている、あの鬼畜、あの悪魔。娘のいない人生など、何の価値もなかった。私自身は、どうなってもよかった。だから包丁を握りしめ、メッタ刺しにして殺してやったのだ……、罪にふさわしい罰を与えてやったのだ……! しかし、我に返った私は復讐の決行を決意した瞬間まで引き戻されていた。何度殺しても、何度殺しても、時計は先に進まない――。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322212000987/
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