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『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』レビュー
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『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』
著者:宮野 優
書評:三宅香帆
SF作品の魅力のひとつに、「壮大な思考実験ができる」ことがある。
もし、日本が沈没してしまったらどうなるだろう?
もし、男女のほかにもう一つ性別があったらどうなるだろう?
もし、生殖を管理される世界になったらどうなるだろう?
もし、タイムマシンが発明されたらどうなるだろう?
それらはすべて頭の中で思考実験をおこなっているただの妄想なのだが、しかし妄想から私たちの日常の真実を炙り出せることがある。すぐれたSF作品は、壮大な思考実験から、私たちの現実の様相を浮き彫りにする。
そういう意味で、本書もまた古典的なSF作品の一ジャンル、「ループもの」という思考実験を扱いながらも、新しい実験に挑んでいる。
本書は、「もし、地球上に存在する全員が、『同じ日』をループし続けたら、どうなるだろう?」という思考実験に挑んだ一作なのである。
連作短編集である本書は、話ごとに主人公が変わる。
殺された娘の復讐を誓っている親。学校に集まり自らを守ろうとする女子高生。交通事故に遭ったボクサーなど、さまざまな人の立場から「ループし続ける一日」を描く。
社会は少しずつ、ループする日常に慣れ始める。
たとえ復讐のために誰かを殺しても、翌日には殺した相手が生き返っているのだ。なぜならその日はループしているから。
あるいは減量のために甘いホットケーキを食べるのをやめていたボクサーも、ホットケーキを食べるようになる。なぜなら明日の自分の身体にはホットケーキを食べたことがなかったことになっているから。
そうして人類は、社会は、このループする奇妙な日常に適応していく。
しかしそれでも、前と全く同じルールで日常を運用したままではいられない。
「ループしてる人間は何をやっても、一日経てばなかったことにできる。そりゃあ好き放題やる奴が出てきますよ」
「しかもループする人間は増えていくかもしれない。もし大勢の人がループするようになったら……?」
(『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』より引用)
はたして、この「ループ」はどのような仕組みで広がっているのか? そして私たちは「今日やったことも明日なかったことになる」世界で、倫理観をもって、未来を夢見て、生きていられるのだろうか? それとも、未来のない世界には、倫理は存在しないのだろうか? そんな問いに迫った小説となっているのだ。
私たちが社会的規範を守り、そして自分を律して生きようと思えるのは、先の見えない未来が存在しているからだ。未来がどうなるか分からないからこそ、私たちは人と協力しながら、自分を管理する。未来で罰されたくはないし、痛い目にも遭いたくない。そして今辛い環境にあっても、いつかここから脱することができると思えるから、頑張ろうと奮起できる。
未来はどうなるか分からない。だから私たちはより善く生きようと思える。
だが「ループ」し続ける社会に、未来はない。ただ今日だけがある。そして今日の積み重ねは、明日に作用しない。
そのような社会になった時、人間は、どのように生きることになるのだろう?
そんな思考実験をおこなっているのが、本作なのである。
さまざまな人間の立場から「ループし続ける一日」を描いた小説。それは翻って、不安定だとしても変化してゆく未来がある私たちの希望を照射する物語でもある。
未来のない世界に迷い込んでしまった登場人物たちは、何に、誰に希望を見出すのか? そして彼らはどのように生きることを選択するのか?
「同じ日をループすることになった」奇妙な運命の人々の日常を、ぜひ読んでみてほしい。
作品紹介
トゥモロー・ネヴァー・ノウズ
著者:宮野 優
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2023年4月28日
復讐者が、高校生が、世界王者が、全人類が「今日」をループする。
私は、最愛の娘を凌辱した挙げ句に殺した犯人を――許せなかった。少年法に守られて、極刑にもならずに、今ものうのうと生きている、あの鬼畜、あの悪魔。娘のいない人生など、何の価値もなかった。私自身は、どうなってもよかった。だから包丁を握りしめ、メッタ刺しにして殺してやったのだ……、罪にふさわしい罰を与えてやったのだ……! しかし、我に返った私は復讐の決行を決意した瞬間まで引き戻されていた。何度殺しても、何度殺しても、時計は先に進まない――。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322212000987/
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