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レビュー

ポジティブなイメージがある「守る」という動詞を 今一度吟味してみることから ── 朝倉宏景『サクラの守る街』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
物語を愛するすべての読者へ
ブレイク必至の要チェック作をご紹介する、
熱烈応援レビュー!

『サクラの守る街』朝倉宏景(講談社)

評者:吉田大助



 まっとうに働く人たちの物語が読みたい。その人たちの心に、彼らとはまた違った現場で働く自分の心を寄り添わせ、冷めた部分や傷ついてしまった部分を回復させたい。そう思ったなら、朝倉宏景の小説がうってつけだ。甲子園のグラウンド整備で知られる実在の職人集団・阪神園芸をモデルにした『あめつちのうた』がロングランヒットを続けるなか、最新作『サクラの守る街』で朝倉が題材に選んだ職種は、警備員。誰もが知る職種の、知られざるリアルが封じ込められている。
 本編四章+αの狂言回しは、東京・新宿のビルに本社を置くサクラ警備保障株式会社、二九歳の人事部次長・佐久良基輝だ。会社は六年前に従業員が金庫から三億円を強奪した事件により、信用を地に落とした過去があった。その事件の心労から前社長の父は亡くなり、今は兄・光輝が社長を務めている。基輝は人事部員として採用面接や社員のヒアリングに赴く際、常に一つの質問を投げかける。あなたは何をまもりますか? その質問は、〈相手のことを深く知りたければ、その人自身が何を大事に思い、守っているかを知ることだ〉という亡き父の教えから得たものだった。
 その質問に答える人物が、本編四章の主人公となっている。構成が発明的だ。法律によって定められた警備員の四つの業務、「1号警備」から「4号警備」までを一章ごとに配分している。例えば、フィクションで取り上げられる機会も多い「4号警備」は、いわゆるボディガードの業務。「第3章 4号警備『それは、もちろん正義です』」では、女性による女性クライアント限定の身辺警護、という新興部署に配置転換された二六歳の東菜生の活動を追う。警備業における「守」と「護」の違い、「見せる警備」と「見せない警備」といった専門知識をドラマに盛り込み、門外漢の読者にも分かりやすく伝える手つきはさすがお仕事小説のエキスパートだ。
 第1章に登場する3号警備は、現金輸送をはじめとした貴重品運搬警護業務。不良時代に暴行事件を起こした過去を持つ塩浜英次が、父のコネでサクラ警備に入社し、自らの希望で現金輸送の業務に就く。すると、不良時代の仲間が近寄ってきて……。最終第4章の題材は1号警備=施設警備。美術館で働いている人々の多くが、警備員だったとは! その知られざる業務を綴った新鮮さの中に、アートミステリーとしての堂々たる風格が宿る。著者の新境地だ。
 もっとも心を震わされたのは、「第2章 2号警備『最低限の生活だよ』」だった。妻を亡くし一人暮らしの八五歳の男沢睦男は、2号警備─交通誘導と雑踏警備に従事するアルバイト従業員だ。遠回しにクビを言い渡しにきた基輝に向かって、「生涯現役を目指しとります」。何を守りたいかという問いに対しては、「最低限の生活だよ」。それだけではない。中学校教師だった経歴や子ども食堂を開いていた過去、これまでの人生で培ってきたプライドが、睦男に「(誰かを)守る」という動詞を捨てさせなかった。しかし、「(誰かに)守られる」という動詞を受け入れる人生も悪くないのではないか? この価値観の転換のドラマは、警備員を題材にしたからこそ表現可能となった。
 このエピソード以外にも、「守る」という動詞にまつわる考察が、全編にわたって顔を出している。そこにはウクライナ戦争を始めとする、現代の世相も色濃く反映されている。〈警備会社に限らず、守る、という大義名分を背負うと、人間は歯止めがきかなければ、どこまでも突っ走りかねないということだ〉。ポジティブなイメージがある「守る」という動詞を、今一度吟味してみること。そこから、自分の人生や、自分の仕事への思いを再確認してみること。警備会社でまっとうに働く人たちのまっとうな物語である本作の、メッセージの射程は驚くほど広い。

あわせて読みたい

朝倉宏景『あめつちのうた』(講談社文庫)

東京出身の雨宮大地は高校卒業後、大阪に拠点を置く阪神園芸に就職し、甲子園のグラウンド整備を担当する部署に所属となった。先輩曰く「トンボに三年、散水に三年、すべての仕事をマスターするのに十年」。グラウンドを支える側の物語は、支えられる側の物語と表裏一体であり、人間ドラマの輪は二重三重に折り重なっていく。


『あめつちのうた』朝倉宏景(講談社文庫)


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