小説すばる新人賞デビューの新星、増島拓哉さんの最新刊『飢える骸』が、2025年12月22日(月)に発売されました。
組へのクーデターを謀る二人の極道が、「絶対に手を出してはいけない男」を利用しようとしたことで転がり始める、圧巻の極道エンターテインメント! 刊行を記念し、その冒頭を全3回に分けて特別公開します。
抗争、謀略、敵対組織、公安、裏切り、絆――全部盛り!
あの大沢在昌さんに「やりすぎ」と言わせた小説、気になりませんか?
とにかくページを捲る手が止まらないことをお約束します。是非お楽しみください!
増島拓哉『飢える骸』試し読み(3/3)
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駄菓子屋の店内に入った。所狭しと駄菓子が陳列されており、棚の上には在庫の段ボールがぎっしりと並べられている。左側の壁には、野球選手のサイン色紙が壁一面に飾られていた。
小学校低学年と
「選び過ぎやって。金、足りひんやろ」
日焼けした少年が甲高い声で太った友達に突っ込みを入れ、三人で大口を開けて笑っている。
瀬良は目を細め、
男児らが瀬良に気付き、小声で話し始めた。
「おい」
低い声で呼び掛けると、凍り付いた
瀬良は襟足を伸ばした長髪をオールバックにし、白い麻のスーツを着て、サングラスを掛けている。極道然とした格好は、そうしたイメージを持たない男児にとっても、威圧的に映るらしい。
瀬良は買い物かごを突き出し、破顔した。
「ええやろ、大人は。好きなモン、買い放題やぞ」
沈黙のあと、男児達が顔を綻ばせた。
「
お調子者らしい少年が口を開いた。
「おう、せやろ。お前らもビッグになれ」
男児達がそれぞれ
瀬良はスナック菓子をかごに入れると、レジに向かった。奥から、老齢の女性店主が顔を出す。レジ袋に入れられた駄菓子を受け取り、一万円札を差し出した。
「釣りはいいっすわ。あいつらにその分、選ばしたってください」
「あら。ありがとうございます」
店主が微笑を浮かべて頭を下げる。
店を出て、ベンツの後部座席に乗り込んだ。滑らかに、車が動き出す。
ラムネを口に運んだ。甘酸っぱさが舌の上で弾け、溶けていく。購入した駄菓子の袋を片っ端から開け、黙々と
「食うか。ラムネはやらんけど」
「いえ、結構です。ありがとうございます」
運転席の
「最近、寒なってきたな」
「ええ」
「お前、冬はキツいやろ。アトピー」
「はい」
必要な事柄以外、村岡が自分から口を開くことはない。会話を広げることもない。
快適な乗り心地のまま、車が地下の駐車場に進入していく。黒塗りの車が横一列にびっしりと駐車され、車の横ではそれぞれ黒いスーツを着た男達が直立不動の姿勢を取っている。空いている端のスペースに、ベンツは駐車した。
瀬良は窓から他の車を眺めた。センチュリー、セルシオ、レクサスが一台ずつ、残る五台は全てトヨタのワンボックスカーだ。
村岡が素早く車から降り立ち、後部座席の扉を開いた。瀬良が降りると、男達が野太い声で
「一人で行くから、待っとけ」
エレベーターまで歩き、乗り込んで二階に上がる。扉が開くと、屈強な男達が立っていた。一人が気付き、恭しく頭を下げられる。
「ご苦労様です。どうぞ。こちらです」
名乗るまでもなく、案内される。列席者の顔と名前を覚えさせられているのだろう。
細い廊下を進み、朱塗りされた木の扉を押し開いた。
四十平米ほどの薄暗い部屋だ。天井から複数の和傘が
「ご苦労様です」
瀬良はサングラスを外し、背筋を伸ばしたまま一礼した。
「おう、瀬良坊。来たか。
「どうも」
空いている席に腰を下ろした。何処かの組員が緊張した面持ちで、飲み物を聞きにやってくる。
「ビール。普段はセクキャバですか、ここ」
隣に坐る
「ああ。一階、二階、三階、全部セクキャバや」
古田が度の厚い眼鏡を押し上げて言った。
今この場に腰を下ろしているのは、七代目游永会の中心勢力となる直系十団体のナンバーツー達だ。各団体のトップ達は、七代目游永会の執行部を構成する最高幹部である。今後、定期的に十団体の若頭が集まって「若頭会」と称される話し合いの場を設けよとのお達しが、執行部から届いた。今日は、その初回だ。執行部の決定を共有・再確認し、下部組織にまで周知を図ることが目的らしい。
運ばれてきたビールを流し込んでいると、また一人、男が入ってきた。瀬良同様、組員を従えていない。
瀬良は口許を緩め、右手を高く挙げた。
「遅いぞ」
「すみません、事故で急に渋滞ができまして」
森山は瀬良以外の男達に視線を向け、頭を下げた。地味なグレーのスーツを着、整髪料で前髪を自然に立ち上げて額を出している。一重で切れ長の目をしており、色白で唇も薄い。まるで極道には見えない
「兄弟、こっちや。ここ坐れ」
瀬良は自分が坐る二人掛けソファの空いている座面を
「
「
森山がため息と共に近付いてきた。
「全員、揃ったな」
古田が脂ぎった頬を
古田が手をひらつかせると、組員達が素早く部屋から出ていった。
「ほな、始めよか」
「あれ、女の子はなしですか。折角、こんな場所でやんのに」
瀬良は周囲を見回した。
「そんなリスキーな真似、今はようせんわ。世知辛いっちゅうか、肩身の狭い時代やからな。瀬良坊は、相変わらずベンツ乗っとんか」
「ええ。極道はやっぱ、ベンツでしょう」
にこやかに言うと、場が笑いで弾けた。
「景気ええのう、ホンマに」
「まだ若いんで」
またしても、和やかな笑い声に包まれる。
「極道の世界も不景気や、言うたかて、皆さんならベンツに乗る余裕くらいあるでしょうに」
「もう見栄張るような時代やあらへん。アルファードはええぞ、防弾加工しやすい。ベンツは、鉄板入らんやろ」
「ベンツとか外車ディーラーは、特に審査がシビアやしな。購入者の背後に俺らがおるって分かった時点で、暴対法でお縄やろ」
口々に、否定や不満の声が
「ナンボでも、やりようはありますよ。教えましょか」
「いらん。ベンツ乗ってパクられるやなんて、割に合わん。携帯電話の契約も銀行の口座開設も拒否。挙句の果てに、五人以上で集まっただけでパクられる時代や」
古田が鼻を鳴らして言った。
游永会と巌組は現在、暴力団対策法に基づき、特定抗争指定暴力団として扱われ、様々な制限を課せられている。その一つに、警戒区域の設定がある。兵庫県や大阪府の一部都市を筆頭に、両組織の拠点となる十府県十九市町が、各都道府県の公安委員会によって警戒区域に指定されている。区域内では、対立組織の組員に接触を図ることはもちろん、同じ組織の者同士が五人以上集まったり組事務所を使用したりしただけで、即座に逮捕の対象となる。
「人権もクソもあらへん」
誰かが
瀬良はパーラメントを取り出して口に
古田達の愚痴は続いた。暴力団への締め付けが緩かった時代を口々に懐古している。
「老人ホームやな」
呟くと、
若頭会の中で、瀬良と森山だけが四十代だ。他の八名は皆、六十代か七十代である。四十代で直系団体の若頭の地位に就いているのは、組織の未来を託された有能株の
「まあまあ、こんな愚痴ばっか言うてても、
古田が
「まずは、巌組との抗争について。これは今まで通り、末端の組員まで一人ずつ切り崩していく方針に変わりはない。資金力から何から、うちが巌組に負ける要素はない。巌はもう、自暴自棄みたいなもんや。一人ぼっちになっても、最後まで戦うつもりやろう。ただ、いくら奴でも、一人で游永会を相手にできるはずはない。
古田が粘っこい口調で言い、各々が神妙な面持ちで頷く。
瀬良は無表情のまま、ビールが半分ほど残ったグラスに吸い掛けの煙草を捨てた。透き通った
(気になる続きは、本書でお楽しみください)
作品紹介
書名:飢える骸
著者:増島拓哉
発売日:2025年12月22日
大沢在昌氏、賞賛! 新鋭が放つ、圧巻の〈極道エンタメ〉!
大沢在昌氏、賞賛!!
「やりすぎだろ、増島。」
関西を拠点とする日本最大の暴力団・游永会。その最大派閥の若頭・瀬良は、兄弟分の森山とクーデターを画策する。それは、かつて「骸」と恐れられた元殺し屋・巌が率いる巌組と游永会の抗争激化を煽り、その混乱の中で両組織のトップを殺害するというもの。しかし瀬良たちが動き出す直前、巌は游永会組員を自発的に襲い始める。巌を抗争に向かわせる手間が省けたと喜び、これを利用しようとする瀬良と森山だったが、巌は二人の想定を遥かに超えた“化物”だった......。
小説すばる新人賞受賞の新鋭が放つ、制御不能の極道エンターテインメント!
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