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2023年、必読の家族小説――木内 昇『かたばみ』レビュー【評者:仲野 徹】

ラスト、きっとあなたは泣くだろう
『かたばみ』レビュー

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かたばみ

著者:木内 昇



書評:仲野 徹(生命科学者)

 こんなに明るい気持ちにさせてくれる物語は読んだことがない。第二次世界大戦中から戦後にかけて、運命に翻弄されながらも力強く生きる東京下町の人たち。やり投げの選手だった山岡ていを軸に夫の権蔵、「息子」の清太、さらにその家族をとりまく人々。困難に敢然と立ち向かうという訳ではなく、ただ、ひたすらに毎日を生きていく。そしてそこに幸せが湧き上がってくる。
 戦争が影をおとす暗い時代のことなど何も知らない。なのに、読みながらどうしてこんなに心が揺さぶられ続けるのかが不思議だった。あとからゆっくりとストーリーを振り返ってみて、わかったような気がした。登場するすべての人に共感できていたからだと。
 とはいえ、え~ありえへんのとちゃうんか、この人は何やねん、と言いたくなってしまうくらいキャラのたった人ばかりである。でも、こういうシチュエーションだったらこういう行動もありかもしれん、と思わされてしまうのがすごい。そのあたりが小説家の力量というものだろう。
 たとえば、悌子と権蔵の結婚である。やり投げ選手としてかつて日本代表にもなるレベルだったガタイの大きな悌子が、キャッチボールもできないひ弱な権蔵と一緒になるのを決意するところだ。ある唐突な発言がきっかけで周囲に押し切られ、お互いに知ってはいたが好きでもなかった人とひとつ部屋で暮らすことになる。
 親炙する内田樹先生の『困難な結婚』(アルテスパブリッシング)を思い出していた。「結婚は誰としてもいい」などと、マッチング・アプリ業者が腰を抜かしそうなことを書いてある本だ。誰と結婚してもやっていけるくらいの度量があらまほしというのが内田先生のお考えである。この伝でいくと、悌子も権蔵もすこぶる度量が大きいということになる。そして、ふたりの生き方はまったくそのとおりになっていった。
 結婚のエピソードだけからだと悌子は流されがちな女性と思われるかもしれないが、決してそのようなことはない。むしろ真逆で、正しいと思えば後先を考えずに思い切ったことをしてしまう。国民学校での代用教員時代には、軍国教育を強いる学校に対して。そして、自分が面倒を見ている子どものために、信念を曲げず果敢な行動をとる。戦後には、現代では信じられないレベルのジェンダー問題にも敢然と立ち向かったほどだ。
 幼なじみで初恋の人、早稲田大学野球部のエース・神代清一の子、三歳の清太を養子として引き取る時も即断だった。この本の後半は、不思議な縁で繋がれた三人家族がどう成長していくかがメインになる。「家族」とはなにかを考えさせられているうちにラスト、きっとあなたは泣くだろう。それも、予想していたのとすこし違う涙を流しながら。
 木内昇さんとは読売新聞の読書委員として二年間ご一緒し、それも、文字通り机を並べさせてもらった仲である。真面目な委員の先生方をよそにしょうもないことを言っては笑いあっていた。そんな明るい木内さんなのだが、なぜか作品はえらく暗い(←個人の感想です)。いつも、「作品と作者の雰囲気が違いすぎますやん」と言っていたのだが、今回の作品はどんぴしゃりだ。一気に読み終え、号泣しましたとメールを送ったら、「えー、仲野さんが!?」(笑)という失礼なコメントと「悌子さんは自分の体格をまんま参考に」と書いてある返事が来て爆笑。さすがはソフトボール選手としても活躍されている木内さん。もしかしてとは思ったけど、親しき仲にも礼儀あり、体格のことはさすがに遠慮してメールに書かへんかったのに。
 東京新聞などに一年間にわたって連載された小説なので、500ページ越えと長い。それだけで尻込みする人がいるかもしれないが、ちょっと待った!登場人物はもちろんだが、この本の素晴らしいところは、すべてのエピソードが面白くて、まったくだれたりしないところにもある。長いから面倒とうっちゃるのではなくて、長い時間楽しめそうだとワクワクしながら手に取ってもらいたい。

作品紹介



かたばみ
著者 木内 昇
発売日:2023年08月04日

2023年、必読の家族小説
「家族に挫折したら、どうすればいいんですか?」
太平洋戦争の影響が色濃くなり始めた昭和十八年。故郷の岐阜から上京し、日本女子体育専門学校で槍投げ選手として活躍していた山岡悌子は、肩を壊したのをきっかけに引退し、国民学校の代用教員となった。西東京の小金井で教師生活を始めた悌子は、幼馴染みで早稲田大学野球部のエース神代清一と結婚するつもりでいたが、恋に破れ、下宿先の家族に見守られながら生徒と向き合っていく。一方、悌子の下宿先の家主の兄である権蔵はその日暮らしを送っていたが、やがて悌子とともに、戦争で亡くなった清一の息子・清太を育てることになった。よんどころない事情で家族となった、悌子、権蔵、清太の行く末は……。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322110000639/
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