新時代のテロを通じて「平和の」意味を問う、傑作冒険小説
『終末のアリア』レビュー
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『終末のアリア』
著者:辻 寛之
書評:西上心太
イスラム過激派テロ組織・アルカイダによって引き起こされた、アメリカ同時多発テロ事件から20年後にあたる2021年9月11日の午前8時46分。国会議事堂に無人偵察機が激突し炎上するというテロが起きた。一方その前日、警視庁に一人の男が保護を求めて出頭していた。アメリカから国際手配されている赤星瑛一という日本人である。自分がイスラム過激派のメンバーだという米国の主張を鵜呑みにするな。このままではCIAに暗殺される。身の潔白を証明したいので正当な取り調べをしてほしいと赤星は主張する。だが赤星の願いも虚しく、アメリカへの引き渡し手続きは完了し、彼を乗せた警察車両は羽田空港に向かう。
ところがそれを見透かしたかのように、テロリストからの要求が伝えられた。即座に羽田空港の発着便を全便欠航せよ、さもなくば旅客機を狙ったハイジャックを実行するという内容だった。さらに赤星を解放しないと羽田だけでなく日本中に混乱が広がるという警告も届く。
赤星の出頭と無人偵察機によるテロ事件は繋がっているのか。赤星自身が黒幕なのか。テロリスト側の正体はもとより、その狙いは何処にあるのか。
本書『終末のアリア』は辻寛之の約1年9カ月ぶりとなる6作目の長編小説である。辻寛之は1974年富山県生まれ。第22回日本ミステリー文学大賞新人賞を『インソムニア』(2019年)で受賞しデビューした。この受賞作は南スーダンに派遣され、「駆け付け警護」任務を付与されたPKOに従事した自衛隊の活動と、その後の日報隠蔽問題、及び帰国した隊員たちに自殺者が多く出た現実のトピックをヒントに、大胆な解釈で物語化した作品だった。2作目の『エンドレス・スリープ』(2020年)は港湾倉庫で発見された五体の冷凍遺体をめぐる事件を、死の恐怖を感じない体質を持つ刑事が追っていく警察小説だ。続いて麻薬取締官・霧島彩シリーズの3作品、すなわち『エーテル5.0』(2021年7月)、『ブラックリスト』(同年9月)、『レッドデータ』(同年11月)を矢継ぎ早に発表する。以上が辻寛之のこれまでのキャリアである。
本書はデビュー作同様、国際情勢や国防問題などが密接に絡んだスケールの大きい作品のためより期待が高まる。さらに警察組織も重要な役割をはたすなど、これまで書いてきたジャンルを生かした内容になっている点にも注目したい。
政府はテロには屈しない、テロリストの要求には応じないと、お題目のような決まり文句を発表する。テロリスト側はその決定を嘲笑うかのように、周到に準備された次の一手をくり出していく。変電所のシステムが異常をきたし、都心のあちこちで大規模停電が発生する。自衛隊のシステムに埋め込まれていたウイルスも活動を始め、レーダーなどの警戒システムがダウンし、自衛隊は目も耳も失った状態に陥ってしまう。さらに総理の会見放送も乗っ取られてしまうという体たらく。緊急国家安全保障会議が立ち上げられるが、硬直した縦割り行政の弊などにより、有効な手が打てないまま時ばかりが過ぎていくのだ。
物語は二つの視点が中心となって進んでいく。一つ目が内閣官房副長官の秘書官である風間政彦の視点だ。彼は防衛省からの出向組で、集団的自衛権、敵基地攻撃能力を信奉し、それが平和維持の道であると信じている人物だ。二つ目が警察庁警備局外事情報部国際テロリズム対策課長の榊原恭司警視正である。これまで無駄飯食いの部署と揶揄されてきたが、日本の命運の鍵を握る赤星瑛一と対峙して彼の真意を探っていく。風間のパートからは政府の動きと意向が、榊原のパートからは赤星のこれまでの凄絶なキャリアと、それに伴って志向するようになった、世界平和を目指すための逆説的な手段など、本書のテーマに関わるもろもろが展開されていく。また、各章のタイトルをご覧になればわかるように、何時何分まで細かい時間が記されている。ときおり挿入される赤星視点の回想シーンを除けば、この二人を中心に政府側と警察側の動きを交互に描くことで、スピーディに推移する事態の渦中に読者を誘っていくのである。
また物語が、基本的に警視庁と総理官邸という二つの場所を中心にした密室劇になっていることにも注目したい。榊原が赤星のこれまでの人生を引き出すことで、取調室はイラクやシリアの悲惨な戦場につながっていく。そして総理官邸に集約される情報を受ける風間の目を通して、読者は各国の思惑や日本周辺の海域での緊張を知るのである。警視庁の取調室、総理官邸の会議室という閉鎖空間から、過去も含めグローバルな世界にまで物語は大きな広がりを見せるのだ。実に巧みな構成といえるだろう。
24時間というタイムリミットが迫る中で、個人や国家それぞれの心情と思惑が交錯して、カタストロフ回避のために力を尽くす。戦争のあり方を大きく変えるサイバー戦争、国家観で異なる「正義」。すべては神の意思であり、神は怒りの業火でこの国を滅ぼすだろうという言葉の真意は?
前代未聞のテロの行方を描いた辻寛之の新たな代表作は、いまこの時代にこそ読まれるべき傑作である。
作品紹介
終末のアリア
著者 辻 寛之
発売日:2023年08月01日
新時代のテロと、「神」に護られた容疑者。本当の敵は、どこにいる――?
2021年9月11日午前8時46分、国会議事堂に無人偵察機が墜落・炎上した。
同時多発テロから20年後のこの日、誰が何を目的にテロを起こしたのか? そしてなぜターゲットは日本なのか――。
奇しくも同じ日、アメリカが国際指名手配するイスラム過激派テロリスト・赤星瑛一が警視庁に出頭してくる。このままではCIAに暗殺される、身の潔白を証明させてほしいと保護を求めてきたのだ。
警察はテロ犯の疑いをもって赤星の身柄を拘束するも、その後に次々とサイバーテロが発生、取調室の赤星は「神の裁き」だと繰り返すばかりで犯人像はまったく掴めない。
首相官邸、防衛省、警察庁は一枚岩になりきれず右往左往、具体的な対策を打ち出せないでいるうちに、東京の電力供給がストップし、国民生活にも被害が及び始める。
大混乱の最中、追い打ちをかけるように北朝鮮のミサイル発射を知らせる警報が鳴る・・・・・・。
突如訪れた国家と世界の危機に、「平和の国」日本はどう立ち向かうのか。
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