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この本に出会えて良かった——辻村深月・新刊『この夏の星を見る』レビュー【評者:早見和真】

この物語は、あなたの宝物になる。
辻村深月『この夏の星を見る』レビュー

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この夏の星を見る

著者:辻村深月



一人の作家の大きな「祈り」

書評:早見和真

 すべての小説に「泣ける」という感想が有効とは思わないが、『この夏の星を見る』は、泣けてしまって仕方がなかった。
 本当に、不意をついてグッとくる場面がいくつもあった。もちろん辻村さんが意図したところもあっただろうが、そうじゃないシーンもたくさんあったのではないかと思う。
 いずれにしても、登場人物たちを徹底して肯定しようという辻村さんの強い思いに触れるたびに感情が込み上げた。物語の中に「祈念」という言葉にまつわるやり取りが出てくるが(ちなみにそこも泣ける場面の一つではあるが)、この小説はまさに一人の作家の大きな「祈り」にあふれている。

 2020年の夏の、つまりはコロナ禍の最初の夏の、星空を巡る物語だ。茨城、東京・渋谷、長崎・五島列島の、顔も知らなかった中高生たちをつなぐのは、それぞれの夜空に広がる星と、パソコンの画面。
 それまで信じ込んでいた日常の“当たり前”を徹底的に奪われていった学生たちは、「諦めること」や「我慢すること」といった、唐突にやって来た次なる“当たり前”と懸命に折り合いをつけながら、自分たちのやれることを模索する。そして巡り合うのは、自作の望遠鏡で指定された星を探す〈スターキャッチコンテスト〉という名のかけがえのない大会と、その先のもう一つのイベントだ。
 ここに描かれているのは、青春時代という誰もが経験する「普遍」と、コロナ禍という「特殊」の両極だ。彼女ら、彼らは、その狭間で、もがき、ときめき、苦しみ、言葉を交わしながら、少しずつ、でも多くのことを悟っていく。
 物語の終盤、ある登場人物がコロナに思いを馳せ、気持ちを吐露する場面がある。
「コロナの年じゃなかったら、私たちはこんなふうにきっと会えなかったから。どっちがいいとか悪いとか、わからないね。悪いことばかりじゃなかったと思う」
 このセリフは、間違いなく物語の一つの核であると思う。しかし、それ以上に僕が胸を鷲づかみにされたのは、直後に記された文章だった。
〈単純に割り切れない、とはもちろん思う。(中略)だけど、今だけはこう言ってもいいような気がした。〉
 若い読者と適切な距離を取りながら、簡単にわかったような顔はしたくない。でも、悪いことばかりだったとは思ってほしくない──。そのあとに続く文章にも、僕は辻村さんのそんな思いに、祈りに触れられた気がして、うれしくなった。
〈これくらいの特別は──お願い、私たちにください。〉

 どうすれば、この素晴らしい小説をさらに多くの人に読んでもらえるのか。迷っている人の背中を押すことができるのか。
 書評のプロであるわけではない僕は、恥も外聞も芸もなく、『傑作です。お願いだから読んでください』『本当に傑作です。お願いだから──』という身も蓋もない文言だけでマス目を埋めてしまった方が、いっそ届くのではないかという思いすらある。
 でも、さすがにそれはできないので、一人でも多くの読者を獲得できることを信じ、僕の個人的な話を書かせてもらう。
 一つは、この本を読んでいる最中に、ネットで天体望遠鏡を購入してしまったこと。本書を読んで「望遠鏡で星を見たい」と胸を弾ませない人はいないだろう。
 もう一つはさらに個人的なことで本当に恐縮なのだが、この夏、僕はたまたまいくつもの仕事が重なってしまい、毎日カツカツという状況だった。
 そんな中でこの本の書評を依頼してもらった。尊敬する作家の、大好きな作品だ。「やります!」と即答したい気持ちは山々だったが、今回だけは時間が許しそうになかった。
 一度は担当の編集者にやんわりとその旨を伝えた。しかし、彼は引き下がってくれなかった。8月上旬に設定されていた〆切を「9月まで待つ」とまで言ってくれたのだが、でも、それじゃダメだと不意に思った。この本だけは、夏の間に、しかもなるべく早い時期に読んだ方が、物語にとっても、読者にとっても幸せであるはずだ。
 そう思うのなら、自分自身が一日でも、一刻でも早く書くべきだ。最後はそう腹を決め、謹んでお引き受けすることにした。つまりはその熱意を信じてほしいという身も蓋もないお願いではあるのだが、それでも、この本を手に取ったすべての人に「出会えて良かった」と感じてもらえることを僕は疑っていない。
 簡単に想像のつくような、わかりやすい涙ではないと思う。
 けれど、何かしらの場面に、思いに、文章に、読む人はきっと心をつかまれる。
 そして、夜空を見上げることになるだろう。
 そんな人が一人でも増えることを心の底から願って──。
 僕はいまから『〆切を遅らせてください』という泣きのメールを、各社に送ろうと思います。

作品紹介



この夏の星を見る
著者 辻村深月
発売日:2023年06月30日

この物語は、あなたの宝物になる。
亜紗は茨城県立砂浦第三高校の二年生。顧問の綿引先生のもと、天文部で活動している。コロナ禍で部活動が次々と制限され、楽しみにしていた合宿も中止になる中、望遠鏡で星を捉えるスピードを競う「スターキャッチコンテスト」も今年は開催できないだろうと悩んでいた。真宙(まひろ)は渋谷区立ひばり森中学の一年生。27人しかいない新入生のうち、唯一の男子であることにショックを受け、「長引け、コロナ」と日々念じている。円華(まどか)は長崎県五島列島の旅館の娘。高校三年生で、吹奏楽部。旅館に他県からのお客が泊っていることで親友から距離を置かれ、やりきれない思いを抱えている時に、クラスメイトに天文台に誘われる――。
コロナ禍による休校や緊急事態宣言、これまで誰も経験したことのない事態の中で大人たち以上に複雑な思いを抱える中高生たち。しかしコロナ禍ならではの出会いもあった。リモート会議を駆使して、全国で繋がっていく天文部の生徒たち。スターキャッチコンテストの次に彼らが狙うのは――。
哀しさ、優しさ、あたたかさ。人間の感情のすべてがここにある。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322208000289/
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