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その所業、人か、鬼か――中山義秀文学賞ほか2賞受賞の規格外デビュー作!――『化け者心中』蝉谷めぐ実 文庫巻末解説【解説:澤田瞳子】

第27回中山義秀文学賞をはじめ文学賞三冠の特大デビュー作!
『化け者心中』蝉谷めぐ実 

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

化け者心中』著者:蝉谷めぐ実 



『化け者心中』文庫巻末解説

解説
さわ とう(作家)

 ときはぶんせい、ところは
 かつて江戸じゅうの人々の人気を一身に背負いながらも引退に追い込まれた元女形・むらととすけぼくとつな鳥屋・ふじろう。この二人が放り込まれる芝居小屋の謎を鮮やかに描いた本作は、作家・せみたにめぐのデビュー作にして第十一回小説 野性時代 新人賞受賞作。そして刊行翌年には第二十七回なかやましゆう文学賞を最年少受賞し、筆者の作家生活の幕開けを鮮烈に彩った衝撃作である。
 ──あたかも江戸時代をひらひらと自在に泳ぎまわりながら書いているような文章。こんなにぴちぴちした江戸時代、人生で初めて読んだのである。脱帽!
 とは本書の四六判刊行時、小説 野性時代 新人賞選考委員であったもりひこが寄せた言葉であるが、確かに「ぴちぴち」と評するにふさわしいエネルギーが、この作品にはおういつしている。
 個性的な登場人物たち、彼らの抱える複雑な愛憎……だがそれにも増してその物語を特徴づけているのは、まるでゴムボールが跳ねるが如く勢いのよいその語りである。
 擬音語・擬態語を多用するとともに、江戸の風俗を巧みに織り込んだ文体は、読み進めるほどに読者を江戸の芝居町のこんとんへといざなう。テレビ時代劇が激減した当節、時代小説は現代人にみが乏しいと言われるが、筆者の文体はそんな人々の胸倉をつかみ、極彩色の江戸の幻へと引きずり込むエネルギーではちきれんばかりだ。
 蝉谷めぐ実は大学文学部、演劇映像コース専攻卒。幼い頃から祖母に連れられて歌舞伎に親しみ、卒論のテーマはせい期の歌舞伎というから、その身体に歌舞伎のリズムが血肉となって息づいていることは間違いない。しかしだからといって、この特徴的な作風をそれだけに求めるのは、作者に失礼というものである。
「床の上の頭を口の中に押し込み、ぱきり、ぽきり、がじごじ、ちゅるちゅるり」
 たとえば鬼が人をらった折の光景が、本作ではこれほどに簡潔なオノマトペだけで表現されている。
 筆者は恩師である早稲田大学文学部教授・だまりゆういち氏との対談において、十九世紀の口語を知る上で何が勉強になるかを児玉氏に尋ね、教えられた江戸落語を片っぱしから聞いて、その節回しを学んだと明かしている。いわば本作に満ちる疾駆感は、江戸に少しでも近づこうとする試行錯誤の成果。一九九二年生まれの筆者が自らの努力で切り開き、わが物とした表現であればこそ、この文章は多くの読者を力強く魅了するのだ。
 本作に続く第二作『おんなの女房』で第四十四回よしかわえい文学新人賞を受賞した筆者は、二〇二三年七月には魚之助と藤九郎に再びコンビを組ませた『化け者手本』をじようしている。『化け者心中』のテーマを「愛」とすれば、『化け者手本』の主題は「恋」。名女形に嫁いだ武家の娘を主人公とする『おんなの女房』でも同様であったが、手に入らぬものをあしりするほどに恋うやるせない心情の描写は、この筆者の真骨頂と言えるだろう。
 ところで本作には複数の芝居の演目が登場するが、そのうちの一つ、「ざきしんじゆう」の作者であるちかまつもんもんは、芸に関して次の言葉を残したと言われている。
「近松答曰(中略)。芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也。(中略)虚にして虚にあらず実にして実にあらず。この間に慰が有たもの也」(づみかん『浄瑠璃文句評註 難波土産』)
 芸というものは、本当と噓の境界にあるものである。噓であるが噓ではない、本当であるが本当ではない。この微妙な境界部分に観客の満足があるのだ──というこの言葉は、日本文芸史における虚構論の先駆けとされ、現代においてもたとえば平成九年(一九九七)、第百十六回あくたがわしよう受賞作「家族シネマ」(ゆう)の選評に「虚実皮膜の妙」の言葉が用いられもしている。
 まだお読みでない方にはネタバレとなってしまうが、本作『化け者心中』は座元と狂言作者、六人の役者がそろったある夜、鬼が誰かを食い殺し、彼に成り代わったとの出来事が大前提に位置付けられている。鬼がいる世界という一点に関して言えば、本作が「作り物」、つまり「虚構」であることは明々白々。しかし鬼が誰に成りすましているのかを解く過程で明かされる人々の心性は、あまりに痛々しく切実で、読み手の胸をちりちりと甘やかに焼く。それはまさに「虚にして虚にあらず実にして実にあらず」の真骨頂であり、だから本作は時代小説の枠組みをはるかに超え、令和の時代の読者たちを強くき付ける。なぜならそこには「虚にして虚にあらず実にして実にあらず」の枠組みによって、過去でありながら過去ではない、現在の我々にも通じる痛々しいまでの生のどうこくが描かれているためである。
 そしてもう一つ、「虚実皮膜」という観点から言及を避けるわけには行かぬのは、本作の主人公であるしらうお屋田村魚之助という元女形の存在である。かつてそのぼうからいつせいふうし、美しい脚の中を白魚が上って行くようだとたたえられた魚之助。芝居小屋の外でも女として生活を続けた彼は、ある日、舞台に押し入った男に足を切られ、その傷が元でを病んで、両足を失う。この魚之助のキャラクターが、幕末に活躍し、三十四歳の若さで亡くなった女形、三代目さわむらすけを下敷きにしていることは、田之助の経歴からも明らかであろう。
 十六歳でもりの立役者となった田之助は、その美貌から所縁ゆかりの髪型や化粧品が爆発的な売れ行きを見せるほどの人気を博したが、その気性はけんかいかつ勝気で、小屋内でのいざこざも絶えなかったとされている。そんな田之助は舞台上の事故から壊疽を病み、片足を失った後はアメリカから取り寄せた義足をつけて舞台に立ち続ける。壊疽の進行から四肢のすべてを失ってもなお役者であることを止めず、最終的に狂死に近い死に方をした彼はこれまで、みながわひろの長編『花闇』、すぎもとそのの短編「女形の歯」など多くの小説に描かれてきた。
 過去を題材とする時代・歴史小説において、実際の出来事をそのまま描くのはたやすい。難しいのはむしろ、過去をしやくし、消化し、換骨奪胎してまったく新たなる物語に変化させることだ。筆者は田之助を下敷きにこの変化を行い、異色の登場人物を作り上げた。その手腕と肝の太さには、まったく感嘆するしかない。
 思えば本作は、男と女、鬼と人、現実と芝居、そして虚言とまことのあわいをたゆたい、どろりと溶け合うその境目にもがき苦しむ人々の物語である。現実の澤村田之助と虚構の田村魚之助。その狭間はざまに描き出される極彩色の江戸を、存分にお楽しみいただきたい。

作品紹介・あらすじ



化け者心中
著者 : 蝉谷めぐ実
発売日:2023年08月24日

その所業、人か、鬼か――中山義秀文学賞ほか2賞受賞の規格外デビュー作!
ときは文政、ところは江戸。ある夜、中村座の座元と狂言作者、6人の役者が次の芝居の前読みに集まった。その最中、車座になった輪の真ん中に生首が転がり落ちる。しかし役者の数は変わらず、鬼が誰かを喰い殺して成り代わっているのは間違いない。一体誰が鬼なのか。かつて一世を風靡した元女形の魚之助と鳥屋を商う藤九郎は、座元に請われて鬼探しに乗り出す――。第27回中山義秀文学賞をはじめ文学賞三冠の特大デビュー作!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303000882/
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