第27回中山義秀文学賞をはじめ文学賞三冠の特大デビュー作!
『化け者心中』蝉谷めぐ実
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『化け者心中』著者:蝉谷めぐ実
『化け者心中』文庫巻末解説
解説
ときは
かつて江戸じゅうの人々の人気を一身に背負いながらも引退に追い込まれた元女形・
──あたかも江戸時代をひらひらと自在に泳ぎまわりながら書いているような文章。こんなにぴちぴちした江戸時代、人生で初めて読んだのである。脱帽!
とは本書の四六判刊行時、小説 野性時代 新人賞選考委員であった
個性的な登場人物たち、彼らの抱える複雑な愛憎……だがそれにも増してその物語を特徴づけているのは、まるでゴムボールが跳ねるが如く勢いのよいその語りである。
擬音語・擬態語を多用するとともに、江戸の風俗を巧みに織り込んだ文体は、読み進めるほどに読者を江戸の芝居町の
蝉谷めぐ実は
「床の上の頭を口の中に押し込み、ぱきり、ぽきり、がじごじ、ちゅるちゅるり」
たとえば鬼が人を
筆者は恩師である早稲田大学文学部教授・
本作に続く第二作『おんなの女房』で第四十四回
ところで本作には複数の芝居の演目が登場するが、そのうちの一つ、「
「近松答曰(中略)。芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也。(中略)虚にして虚にあらず実にして実にあらず。この間に慰が有たもの也」(
芸というものは、本当と噓の境界にあるものである。噓であるが噓ではない、本当であるが本当ではない。この微妙な境界部分に観客の満足があるのだ──というこの言葉は、日本文芸史における虚構論の先駆けとされ、現代においてもたとえば平成九年(一九九七)、第百十六回
まだお読みでない方にはネタバレとなってしまうが、本作『化け者心中』は座元と狂言作者、六人の役者がそろったある夜、鬼が誰かを食い殺し、彼に成り代わったとの出来事が大前提に位置付けられている。鬼がいる世界という一点に関して言えば、本作が「作り物」、つまり「虚構」であることは明々白々。しかし鬼が誰に成りすましているのかを解く過程で明かされる人々の心性は、あまりに痛々しく切実で、読み手の胸をちりちりと甘やかに焼く。それはまさに「虚にして虚にあらず実にして実にあらず」の真骨頂であり、だから本作は時代小説の枠組みを
そしてもう一つ、「虚実皮膜」という観点から言及を避けるわけには行かぬのは、本作の主人公である
十六歳で
過去を題材とする時代・歴史小説において、実際の出来事をそのまま描くのはたやすい。難しいのはむしろ、過去を
思えば本作は、男と女、鬼と人、現実と芝居、そして虚言とまことのあわいをたゆたい、どろりと溶け合うその境目にもがき苦しむ人々の物語である。現実の澤村田之助と虚構の田村魚之助。その
作品紹介・あらすじ
化け者心中
著者 : 蝉谷めぐ実
発売日:2023年08月24日
その所業、人か、鬼か――中山義秀文学賞ほか2賞受賞の規格外デビュー作!
ときは文政、ところは江戸。ある夜、中村座の座元と狂言作者、6人の役者が次の芝居の前読みに集まった。その最中、車座になった輪の真ん中に生首が転がり落ちる。しかし役者の数は変わらず、鬼が誰かを喰い殺して成り代わっているのは間違いない。一体誰が鬼なのか。かつて一世を風靡した元女形の魚之助と鳥屋を商う藤九郎は、座元に請われて鬼探しに乗り出す――。第27回中山義秀文学賞をはじめ文学賞三冠の特大デビュー作!
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