「さあ、化けもん暴きの幕が開くで」。文学賞三冠「化け者」シリーズ!
蝉谷めぐ実『化け者手本』レビュー
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『化け者手本』
著者:蝉谷めぐ実
書評:末國善己
蝉谷めぐ実は、文政期の歌舞伎界を舞台に、新作台本の読み合わせ中に生首が転がるが誰も欠けておらず、鬼と入れ替わったとされる怪事件を、贔屓の客に足を斬られ一線を退いた名女形の田村魚之助と鳥屋の藤九郎が追う時代ミステリ『化け者心中』で、第11回小説 野性時代 新人賞を受賞してデビュー。同作は、第10回日本歴史時代作家協会賞の新人賞と第27回中山義秀文学賞も受賞した。
歌舞伎役者の妻に焦点を当てた連作短編集でミステリの趣向も盛り込まれている第2作『おんなの女房』では、第10回野村胡堂文学賞と第44回吉川英治文学新人賞を受賞しているので、驚くほどのスタートダッシュを決めた新人作家が登場したといえる。
待望の第3作『化け者手本』は、デビュー作の続編で、魚之助と藤九郎が再び奇怪な事件に挑むことになる。ただ前作とは直接の繋がりはないので、本書から読み始めても戸惑うことはないはずだ。
店に来た魚之助の飼い猫・揚巻を追うように魚之助を訪ねた藤九郎は、中村座の座元・中村勘三郎の命を受けた千代蔵から恐るべき話を聞く。市村座の『助六廓櫻賑』には及ばぬものの中村座の『仮名手本忠臣蔵』も十分な客入りだったが、ある日、枡席で耳の穴に棒が差し込まれた男の死体が見つかる。被害者の装飾は、首の骨を折られた後に施されたらしい。奉行所の詮議を避けるため被害者は親爺橋の下に運ばれ、それも一因で捜査は難航していた。
前作は限られた容疑者の中から犯人を絞り込む展開だったが、本書は、アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』、横溝正史『獄門島』などの名作ミステリでも使われた見立て殺人がメインである。そのため魚之助は、耳の穴に棒を突き刺すのが何の見立てで、なぜ見立てに拘るのかから犯人にたどり着こうとする。
見立ては歌舞伎とも関係が深く、本書で重要な役割を果たす『忠臣蔵』も、主君・浅野内匠頭の仇を討つため旗本の吉良屋敷に押し入った赤穂四七士の犯罪行為を礼賛できなかったため、舞台を太平記の時代に移し、高家の吉良上野介を高師直に、塩が名産の赤穂藩藩主・内匠頭を塩冶判官にしたが、これも見立てといえるだろう。
被害者は醤油問屋の手代・文次郎で、主人は娘のお徳と添わせるつもりだったが、文次郎は死んでしまった。この展開が『忠臣蔵』の勘平お軽の見立てになっているなど、著者は歌舞伎の見立てと見立て殺人を重ねながら複雑な筋立てと秀逸な謎解きを作っている。見立て殺人は読み飽きたというミステリ好きも満足できるはずだ。
大学で化政期の歌舞伎を研究していた著者らしく、舞台で失敗した役者は自腹で共演者などに蕎麦を振る舞った、幽霊役になり切るため忌み物の死体の服を集めた役者がいた、現代の“推し活”と変わらないほど熱心なファンの実情など、丁寧な時代考証で当時の歌舞伎界を再現したところは興味が尽きない。特に人間としての道理を捨てた「化け者」になってでも、道を窮めたいと考える役者たちの情念は、恐ろしいほどである。これらは見立て殺人を解決するための重要な伏線にもなっているだけに、緻密な構成も見事である。
文次郎の友人を名乗って醤油問屋を訪ねた魚之助と藤九郎は、親が決めた相手とはいえ、お徳は文次郎から簪を贈られたら喜んでいたとの話を聞く。だが普段から女性よりも女性らしくしている魚之助は、お徳の言動から文次郎との本当の関係を見抜く。そこへ現れた湯潅場買いは、市村座の『助六』で揚巻を演じて評判の女形・円蝶だった。その『助六』に殺しの場面で被害者の耳に簪を突き立てる演出があるのは偶然か、事件を知っていたからか、市村座では仕掛けがないのに花びらが降る怪現象も起き、犯人が男の首を折るほど怪力なこととも相まって、犯人は妖怪の可能性も出てくる。
勘平は、お軽と密会していたため主君の一大事に駆け付けられず仇討ちから外されるが、舅の与市兵衛は婿が仇討ちに復帰する資金を作るためお軽を売った。これにより勘平は悲劇に見舞われるが、仇討ちの連判状に名を連ね義士の名声を手にする。だが、お軽の献身は勘平ほど注目されていない。見立て殺人の謎を解く魚之助が浮かび上がらせるのは、お家、義、忠といった男たちが作った価値観に人生を翻弄されるお軽のような人たちの怨念なのである。
作中の見立て殺人は、同じ怨念が渦巻く現代日本の見立てともいえるので、それとどのように向き合うべきかを考えさせられる。
作品紹介
化け者手本
著者 蝉谷めぐ実
発売日:2023年07月28日
「さあ、化けもん暴きの幕が開くで」。文学賞三冠「化け者」シリーズ!
「命を天秤にかけてこそ、示せるものがあるでしょう?」
ときは文政、ところは江戸。
心優しき鳥屋の藤九郎と、稀代の女形だった元役者の魚之助のもとに、中村座の座元から事件の話が持ち込まれた。
舞台の幕が下りたとき、首の骨がぽっきり折られ、両耳から棒が突き出た死体が、客席に転がっていたという。これは何かの見立て殺しか。
演目は「仮名手本忠臣蔵」。死人が出るのはこれで二人目。
真相解明に乗り出したふたりだったが、芸に、恋に、義に、忠に生きる人の姿が、彼らの心を揺さぶって――。
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