恋が殺すのか、それとも芸が殺すのか。
大入りの芝居が終ねたあと、
転がる死体がひとつ、またひとつ。
『化け者手本』蝉谷めぐ実
好きという、あるいは恋という。
かたちのない、その思いをなにで証す?
獣ならば、季節ごとのお役目で済むものを、うっかり本能を手放した人間様は煩悶する。意味と証しを求めてしまう。
まして人間をやめた「化け者」ならば――?
ときは文政、ところは江戸。芸の頂点で足を失い、隠棲する超絶美形の元女形・
大人気の演目『仮名手本忠臣蔵』終演後の客席に、首が折られた男がひとり。両耳に突き立てられた棒は何の見立てか。見立て殺しである以上、それは衝動ではありえない。下手人には何かの意図がある。その意図が全うされるまで殺しは続くと踏んだ座元は二人に謎解きを頼んできたのだ。
大の男の首を折ったのは、酒に酔った力士かはたまた火消し? しかし、魚之助と藤九郎は知っている。夢と現のあわいに、演じる者と観る者の欲望が渦巻くこの場所では、時として人外の存在が牙を剥く。
いやいや、人の道を踏み外した化け者であることにかけては役者たちだって負けてはいない。そして化け者は、なんということのないふつうのひとの顔をしながら、客席にだって息づいているのだ。そいつらを探り、挑発し、時に自らを生餌とせんばかりに事件に深入りしてゆく魚之助のことが、藤九郎は心配でならない。そして、第二の事件が起こった--。
前作『化け者心中』の眼目が「あやかしは誰だ」のWHOダニットだとすれば、本作のそれは「あやかしは何故」このようにひとを殺めるのか、のWHYダニットだ。繰り返される「何故」は、呪いに似ている。己の思いに、行為に、意味を求めずにいられない呪いだ。ひとと、ひとの心を持ってしまった者だけがかかる呪いだ。
それはあやかしだけでなく、この物語に登場するすべてのひとを絡めとっている。芸のためとて競って非道に生きようとする役者たちのことも、未成熟な心を振り絞るようにして恋の神様に願掛けをする娘たちのことも。
探偵・魚之助も例外ではない。いや、魚之助こそが最も強い呪いを受け、血みどろでもがいているのだ。だからこそ、謎を解かずにいられない。そして、ただひとり呪いとは無縁の藤九郎は、そんな魚之助を支えずにいられない。
「あんたとあたしがわかり合うことは、この先ずうっとありはしませんのや」
「わかり合えねえのは良いことなんですか。俺はあなたとわかり合いたい」
いくら互いを大切に思っても、すれ違い続ける魚之助と藤九郎。ひとがひとである限り絶えない暗い流れの、彼岸と此岸から手を伸ばしあうこのふたりだけが、呪われ続けてきた者たちに救いの光をあてる。
このクライマックスが本当に、すごい。デビュー作を送り出した森見登美彦(小説 野性時代 新人賞選考委員)をして「こんなぴちぴちした江戸時代、人生で初めて読んだのである」と言わしめた著者の描く約200年前のリアルは、無双の輝きを放っている。同時にここに至って物語は、2023年、今をまっすぐ指してもいるのだ。なので気がつけばわたしたちも客席にいて、呪われた彼らの痛みに涙し、魚之助と藤九郎がもたらした光に自分たちも救われ、割れんばかりの拍手を送っている。
呪いは本当の意味で終わっていないのかもしれない。それは今も続いているのかもしれない。だから、魚之助と藤九郎の道行きはきっとまだまだ続くし、わたしたちは彼らに喝采を送り続けるのだ。
(カドブン季節労働者K)
書籍紹介
化け者手本
著者 蝉谷 めぐ実
発売日:2023年07月28日
「さあ、化けもん暴きの幕が開くで」。文学賞三冠「化け者」シリーズ!
「命を天秤にかけてこそ、示せるものがあるでしょう?」
ときは文政、ところは江戸。
心優しき鳥屋の藤九郎と、稀代の女形だった元役者の魚之助のもとに、中村座の座元から事件の話が持ち込まれた。
舞台の幕が下りたとき、首の骨がぽっきり折られ、両耳から棒が突き出た死体が、客席に転がっていたという。これは何かの見立て殺しか。
演目は「仮名手本忠臣蔵」。死人が出るのはこれで二人目。
真相解明に乗り出したふたりだったが、芸に、恋に、義に、忠に生きる人の姿が、彼らの心を揺さぶって――。
『化け者心中』『おんなの女房』で話題をさらった新鋭が放つ、極上上吉のエンタメ時代小説!
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