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幾つかの「言葉」を腹の底から体感せしめるために 物語があり、登場人物がおり、文章の技芸があった——蝉谷めぐ実『おんなの女房』【評者:吉田大助】

物語は。

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おんなの女房』蝉谷めぐ実(KADOKAWA)

評者:吉田大助



 小田和正が作詞作曲した『言葉にできない』は、AメロとBメロで自分が抱えている哀しさや悔しさ、嬉しさを詳しく述べたところで、それらの感情の深さや複雑さは本質的に「言葉にできない」ゆえにラララ……というラ音だけのサビがくる。「言葉にできない」という結論は、言葉を費やした後で伝えられてこそ意義がある。同じように「多様性」という言葉も、ただ単にお題目的に掲げられても伝わらない。いくつかのケーススタディが提示され、それらを元に「多様」への想像力が開かれた時に、語句の意味が鮮やかに胸に迫ることとなる。物語には、それができる。
『化け者心中』で第一一回小説 野性時代 新人賞を受賞してデビュー、同作で第一〇回日本歴史時代作家協会賞新人賞と第二七回中山義秀文学賞をW受賞した、蝉谷めぐ実。待望の第二作『おんなの女房』は前作同様、舞台は文政期の江戸、歌舞伎役者を取り巻く人々の物語だ。
 主人公の志乃は武家に生まれ、男を立てよ、子を産むことこそが女の仕事と父に叩き込まれた箱入り娘。二十歳になる手前、父が決めた相手だからと素性を一切知らぬまま、木挽町(現在の銀座)で暮らす夫の許へと嫁いできた。ところが……〈目の前には女の己より美しい女がいる〉。夫である新進気鋭の若女形・喜多村燕弥は、芸と心根を磨くために普段から女の恰好をしている。男の部分を決して見せようとはせず、志乃の肌に触ることもない。〈どうしてこのお人は私を女房にしたのだろう〉。この「謎」が、第一章の終わりで早々と明かされたところから物語はギアを上げていく。
 志乃の五感にフォーカスした一人称語りを採用し、江戸歌舞伎の世界を仮想体験させることによる読み手の没入感は前作以上だ。特に、折々に繰り出される比喩表現が、直接的な描写以上に志乃の心情を表し、感情移入を煽る。例えば、志乃にとって燕弥はこれまで出会ってきた此岸の人々とはあまりに違う、彼岸の存在である。けれども、志乃は分断を憂うだけでなく、彼岸に橋をかけたいと思っている。〈(引用者註・燕弥は演じる役に)成り代わるというよりは、そのお芋のように役が染み込んでいると言った方が近いかもしれません。だから日によって漬けが甘い日と漬けが深い日がございます〉。「成り代わる」という彼岸の言葉ではなく、実感に合った言葉を使うことで、燕弥という存在を己の世界に引きつけ理解しようとしていることが、比喩を通して伝わってくるのだ。
 第二章では、燕弥とも関わりのある立役の女房・お富が志乃の前に現れる。さらにもう一人、お才という全く違うタイプの女房も。一方で、女形にとって屈指の役柄として知られる三姫(『鎌倉三代記』の時姫、『祇園祭礼信仰記』の雪姫、『本朝 廿 四孝』の八重垣姫)の物語、恋に殉ずるヒロインたちの苛烈な生き様もまた、さまざまな規範に囚われて生きてきた志乃の価値観をぐらぐらと揺さぶっていく。その先に現れるのが、志乃が燕弥に抱いた「言葉にできない」感情であり、あるいは男女のかたちの「多様性」なのだ。ワードだけ取り出してしまえばありふれた慣用表現に思えるそれらを、読み手に腹の底から体感せしめるために、物語があり、登場人物がおり、文章の技芸があった。クライマックスの「活劇」っぷりはまるで、拳銃に言葉を込めてぶっ放す良質な西部劇のよう。
 濃厚かつ軽妙な語り口に引き寄せられるまま最後の一行に辿り着いた瞬間、歓声が聞こえた。この物語を愛する人は自分以外にもたくさんいる、と確信したからだと思う。

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化け者心中』 蝉谷めぐ実(KADOKAWA)

 時は文政、所は江戸。中村座の新作舞台の役者の中に、「鬼」が紛れ込んでいる──。元女形と鳥屋のホームズ&ワトソンコンビが暴いた謎の先に現れるのはやはり、「言葉にできない」感情と、男女のかたちの「多様性」。併せて読めば作家性を痛感できる、蝉谷めぐ実のデビュー作。


『化け者心中』 蝉谷めぐ実(KADOKAWA)


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