構成・文:吉田大助
「好き」からは逃れられない。【直木賞作家・澤田瞳子×文学賞三冠・蝉谷めぐ実】歴史的初対談!
『星落ちて、なお』で第165回直木賞を受賞した澤田瞳子と、デビュー作『化け者心中』で文学賞三冠を達成し、待望の第二作『おんなの女房』を発表したばかりの蝉谷めぐ実。歴史時代小説の先輩と後輩は、ともにデビュー作で中山義秀文学賞を受賞している。同賞の最年少記録を更新した澤田の年齢を、さらに更新したのが蝉谷だ。二人には、実は他にもさまざまな共通点があり、作家としての深い共感があった。歴史に残る、これが初対談!
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史料が少ない古代と
史料が多すぎる江戸
澤田:蝉谷さんの作品を読んだのは、義秀賞の選考が初めてでした。蝉谷さんは、非常に文章表現がお上手でいらっしゃる。巧みな比喩を使うとかそういうことではなくて、言葉のリズムだったり、物事、対象に対する寄り方が非常に美しいんですよね。それはどんな作品を書いても使えるテクニックなので、この方が手がけられれば、これまであった既存のテーマを扱ったとしてもまた全然違う見え方をするんだろうなと思いました。
蝉谷:作家としてしばらく生きていける、という自信をいただきました……。
澤田:おおげさな!(笑)
蝉谷:私は澤田さんの小説を読むたびに、打ちのめされるんです。最初に読んだのは『満つる月の如し 仏師・定朝』だったんですが、最後のシーンは何度読んでも涙が出るし、最後の部分を読んだだけで、それまでのお話の流れがぐわっと全部蘇ってくる。こういう作品を書きたくてしょうがないのに私は書けない……というジレンマが毎回しんどいんですけど、やっぱり手が伸びちゃうというか、澤田さんの本が出ると読まずにはいられないところがあります。
澤田:恐れ入ります。蝉谷さんはすごく褒めてくださるけど、私はまだデビューして10年と少しで、業界的には30年、40年、50年と書いていらっしゃる大先輩が大勢おいでじゃないですか(笑)。その方々から見れば、私なんかまだまだひよっこ。他の方の作品を読んで打ちのめされたり、自分の作品に対して「あぁ……」となったり、もっと小説がうまくなりたいって願っているのは私も一緒です。
蝉谷:そうなんですね! 余裕を持って書いてらっしゃると勝手に思っていました……。澤田さんの小説は、情報の密度がすごい。「ああ、もっといろんなことを勉強しなければ」と読むたびに思うんです。
澤田:いや、勉強しているように見えるだけですから。もちろん必要なことは調べますが、代わりのきくことなら、勉強しないで済むように書けばいいんですよ。例えば「ここで僧侶を出したら、話がややこしくなる。当時の状況を調べ直さなきゃいけなくなる」と思ったら、町人に変えちゃうんです。
蝉谷:なるほど!(笑) 澤田さんは、天平文化や古代を扱った小説をいっぱい書いていらっしゃいます。先行作品が少ないものをあえて選んだのか、それとも自分のお好きな時代を選んだのでしょうか。
澤田:両方ですかね。もともと家に歴史小説や時代小説がいっぱいあって、小さい頃から読んではいたんです。ただ、今一つピンと来なくて。のめり込むほどではないなぁと思っていた中で、ふと手にした杉本苑子さんの古代ものがめっちゃ面白かったんですよ。「古代ってこんなふうに書けるんだ!」と驚きました。とはいえ杉本さんも古代のすべてをカバーしていらっしゃるわけではないですし、やはり歴史時代小説界全体でいえば古代の作品は少ない。既存作品とかぶらないぞ、となったのが大きかったです。まだだいぶ空きがありますよ。いらっしゃい、いらっしゃい。
蝉谷:絶対書けないと思います!(笑)
澤田:そんなことないですよ。ただ朝井まかてさんや天野純希さんにも一生懸命勧誘活動をしているんだけど、なかなか来てくださらない(笑)。古代は史料が少ないから、勉強するのが少しでいいからラクですよ。江戸ものなんて、調べようと思えばどこまでも調べられるからキリがないじゃないですか。蝉谷さんが手がけられている、たくさんの史料の中から情報を掬い上げて、物語を紡ぐやり方のほうがずっと大変だと思うんです。
蝉谷:確かに江戸の、歌舞伎の史料は結構残っています。ただ、『おんなの女房』に関していうと、歌舞伎役者の女房に関する記載はそれほど残ってなかったので、逆にもう好き放題書いてやれって気持ちでした。
澤田:あ、それが古代です。仮に間違ってても、滅多にバレないわって。
蝉谷:(笑)。
澤田:もともとの知識がおありなわけですよね。知識をたくさん持っているということは、その中から取捨選択したうえで必要な情報をギュッと作品に詰められることでもある。それが蝉谷さんの言葉のリズムとか地の文の豊かさに入ってくるんだと思います。
小説を読むということと
赤の他人と暮らすということ
蝉谷:『おんなの女房』は、『化け者心中』を書いている時に出合った史料が着想のきっかけでした。今回の小説の中も出てくる、江戸時代の『女意亭有噺』という歌舞伎役者の女房をランク付けした評判記です。役者だけでなく、役者の女房までも勝手に評価してしまう歌舞伎文化の俗っぽさが面白いなと思い、これを元に何か書いてみたいなと。
澤田:『化け者心中』について、私は義秀賞の公開選考会ではいい意味でも悪い意味でも「鳥籠のような世界」と申し上げました。『おんなの女房』は空間的な広がり、それから人物の広がりが前作よりぐっと前面に出ていました。例えば、主人公の志乃さんは女形の女房ですが、他にも2人の面白い「役者の女房」が途中で現れて、夫婦のかたちが三者三様に描かれていきますよね。それと、主人公は「武家の娘」です。役者街の中で完結しない、武家という外部の存在が取り入れられている。『化け者心中』とはまた違う女形の描き方も含めて、非常に面白く拝読しました。
蝉谷:ありがとうございます。前作はメインの登場人物たちが男性ばかりでしたが、今回は男性も出しつつ女性をしっかり書きたいという気持ちがありました。澤田さんのご指摘いただいた「広がり」を自分の作品にどのように取り入れるかというのは、今後も含めた課題だなと思っているところだったので、すごく嬉しいです。
澤田:『おんなの女房』に出てくる女房たちは、役者という絶対的な存在を間近で見つめる目である。われわれが小説を読む、知らない世界を読む、知らない人物たちを読むことは、夫婦として赤の他人と暮らすということにも非常に関わってくるのかなって感じました。そもそも小説って、自分の人生以外をじっと見つめる行為じゃないですか。それって、妻と夫の関係と同じだと思うんですよね。
蝉谷:直木賞を受賞された澤田さんの『星落ちて、なお』は、芸術の残酷さ、血ではなく墨で繋がった家族の愛憎などいろいろな要素を含んだお話でしたが、夫婦とは何か、妻の人生とは何かという話でもあるなと感じました。このお話は、「画鬼」と呼ばれた絵師であり父親でもある河鍋暁斎の葬儀から始まるのですが、絵のことしか考えない兄に対して、娘のとよさんは葬儀の準備のあれこれを一手に引き受けている。物語の冒頭から、女性の苦悩をまざまざと見せつけられた形です。それでもとよさんは、「女性は結婚したら家に入って家庭を守るべし」という女性観に対して、抗いますよね。結婚して子供を産んでも絵へのどうしようもない執念は消えなくて、優しくて理解のある夫がいても離別の道を選ぶ……。とよさんの生きざまに惹かれました。
澤田:『星落ちて、なお』は、自分が書く気はなかったんですよ。担当さんと話していて、「河鍋暁斎って子どもいたんだね。あんな親父持つと大変だよね」って。娘の話を誰かに書いてほしいな、それを読者として読みたいなという気持ちがあったんです。そうしたら、「澤田さんが書いてください」と(笑)。
蝉谷:『若冲』の時は、伊藤若冲を主人公にされたじゃないですか。でも今回は、天才そのものではなくて、その娘さんを書かれてらっしゃる。
澤田:とよは父親同様、絵を生業にしていますが、暁斎のような人を惹きつけるカリスマはない、普通の人として表現しました。私は普通な女性を書きたかったんですよ。天才画家の人生は『若冲』で一度書いたから気が済んでいたし、カリスマとか天才の話は他のみなさんも書かれているのでもういいかなって。
蝉谷:私は江戸時代の歌舞伎が好きで、芸のために普段から女性の格好をしていた女形が好きなんです。好きだから、その存在を他の人にも知ってもらいたいと思って、小説を書いているところがあります。澤田さんは本当にいろいろな時代や題材を取り上げてらっしゃいますが、やはり「好き」から始まっていくという感覚がおありなのでしょうか。
澤田:「好き」もありますが、私は「知りたい」っていうのが最初かな。「この人、なんでこんなふうなんだろう?」「この出来事、本当はどうだったんだろう?」ということが知りたい。例えば『火定』であれば、「天平時代に天然痘と思しき疫病が大流行」と日本史の教科書には書いてあるけれども、『続日本紀』を見るとその出来事についての記述はほんのわずかです。でも、死者が当時の人口の三分の一とも言われる大災厄です。その歴史的事象の中で庶民がどう生きたかを知りたかったから、想像して書いてみたんです。
蝉谷:最近出された『輝山』もそうですよね。石見銀山の発掘に参加した「庶民」の姿がしっかり描かれています。
澤田:『輝山』は、石見銀山に行ってみたかったんですよ。小説の題材にしたら、取材に行けるかなと(笑)。蝉谷さんはこれからも女形をまた書いていかれると思うし、そのうち女形ではないものを書かれる時が来るでしょうけど、根本の部分で流れているものは絶対共通すると思うんです。例えば人の恋人って、当人は気づいてないけど、第三者からみると「あの人の元カノたちってどことなく顔似てるよね」ってことがあると思いません? それと一緒。人間が選ぶものはどこかに共通の「好き」があるんです。
蝉谷:なるほど(笑)。「好き」からは逃れられないんですね。
澤田:うん。ですから、作家は素敵なお仕事です(笑)。自分の好きなことをお仕事にするわけじゃないですか、小説家って。幸せなことですよね。
二人の意外な共通点は……
大学で事務職しています!
澤田:蝉谷さんは、デビュー作で義秀賞を受賞なさった経緯が同じですし、他人とは思えないところがあります。しかも、大学で職員として働いてらっしゃるんですよね。私は大学院を出て歴史にまつわるエッセイを書き始めた時に、フリーランスだと図書館が使えないなと困っていたら、研究室の教授から「アルバイト来る?」と言ってもらえて。図書館を使うために研究室で週1回アルバイトをするようになり、今でも毎週母校に通っているんです。
蝉谷:先ほど頂戴した名刺に、「客員教授」とありましたが……。
澤田:去年からその肩書きが付きました。おそらく母校史上初のアルバイト職員兼客員教授です(笑)。
蝉谷:私も今母校で、契約社員として事務で働いています。もともと広告代理店で働いていたんですが、忙しすぎて小説を書く時間が取れず、転職しました。図書館の資料が借り放題になるから母校で働く、という動機は澤田さんとまったく同じです(笑)。
澤田:じゃあ、フルタイムで働いておいでなのですね。
蝉谷:はい。そちらで一応の生活費は工面できますし、小説がうまく書けていない時は、働くことで強制的に気持ちを切り替えることができる。机から一旦離れて、原稿を無理矢理ちょっと寝かせるというのもいい作用があるなと思っています。締め切り前は、仕事の時間を使って小説が書きたいって思うこともあるんですけれども(笑)。澤田さんは基本的に、ずっと机に向かってらっしゃるわけですよね。それは精神的にすごくタフなことだなと、今の私は感じてしまいます。
澤田:そうですね。だから私は今でも週1回、アルバイトしているのかも。生活の場でも職場でもない、もう一つの場所を確保していたほうが、気持ちのバランスが取れるのかもしれません。ちなみに蝉谷さん、3作目は?
蝉谷:3作目も書き下ろしで、『化け者心中』の続編になります。澤田さんは、今年もたくさん出されるんでしょうか。
澤田:3月に講談社さんから『漆花ひとつ』という院政期の短編集が出ました。あとは毎日新聞で連載していた額田王の小説が6月に刊行されるはずです。もう一冊年末に、いま連載中の作品が出せるといいな、という感じでしょうか。
蝉谷:すごすぎる! こうやって澤田さんと対談するきっかけにもなったので、義秀賞を受賞できて本当に良かったです。
澤田:コロナ禍になってしまって、新人さんは大変じゃないですか。パーティーがなくなったから先輩たちにも会いづらいし、新しい編集者さんとの出会いも少ない。だから、これからも相談したいことがあればなんでも聞いてください。私も自分の時の選考委員でいらっしゃる安部龍太郎先生や竹田真砂子先生に受賞後にお声がけいただいて、分からないことを教えてもらったりしてきたんですよ。
蝉谷:では……もし『おんなの女房』が義秀賞の選考に選ばれていたとしたら、どういったマイナスの点を挙げられましたでしょうか?
澤田:それを聞くって、蝉谷さんは結構マゾ!?(笑) ――いや、言い換えます。小説がうまくなりたいって野心がありすぎ!
作品紹介
化け者心中
著者 蝉谷 めぐ実
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2020年10月30日
第11回小説野性時代新人賞
第10回日本歴史時代作家協会賞新人賞
第27回中山義秀文学賞
その所業、人か、鬼か――規格外の熱量を孕む小説野性時代新人賞受賞作!
江戸は文政年間。足を失い絶望の底にありながらも毒舌を吐く元役者と、彼の足がわりとなる心優しき鳥屋。この風変りなバディが、鬼の正体暴きに乗り出して――。
「あたかも江戸時代をひらひらと自在に泳ぎまわりながら書いているような文章。こんなにぴちぴちした江戸時代、人生で初めて読んだのである。脱帽!!」(森見登美彦氏)
「早くもシリーズ化希望!」(辻村深月氏)
「作品の命というべきものが吹き込まれている」(冲方丁氏)
と、選考委員全会一致の圧倒的評価。
傾奇者たちが芸の道に身をやつし命を燃やし尽くす苛烈な生きざまを圧倒的筆致であぶりだした破格のデビュー作!!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000161/
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おんなの女房
著者 蝉谷 めぐ実
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年01月28日
『化け者心中』で文学賞三冠。新鋭が綴る、エモーショナルな時代小説。
ときは文政、ところは江戸。武家の娘・志乃は、歌舞伎を知らないままに役者のもとへ嫁ぐ。夫となった喜多村燕弥は、江戸三座のひとつ、森田座で評判の女形。家でも女としてふるまう、女よりも美しい燕弥を前に、志乃は尻を落ち着ける場所がわからない。
私はなぜこの人に求められたのか――。
芝居にすべてを注ぐ燕弥の隣で、志乃はわが身の、そして燕弥との生き方に思いをめぐらす。
女房とは、女とは、己とはいったい何なのか。
いびつな夫婦の、唯一無二の恋物語が幕を開ける。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000165/
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龍華記
著者 澤田 瞳子
定価: 770円(本体700円+税)
発売日:2021年09月18日
南都焼討──平家の業火が生む、憎しみと復讐。著者渾身の歴史小説。
高貴な出自ながら、悪僧(僧兵)として南都興福寺に身を置く範長は、都からやってくるという国検非違使別当らに危惧を抱いていた。検非違使を阻止せんと、範長は般若坂に向かうが──。著者渾身の歴史長篇。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000323/
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とざい、とーざい。――いびつな夫婦の、恋物語の幕が開く。【 蝉谷めぐ実『おんなの女房』試し読み
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紗久楽さわ×蝉谷めぐ実 メイキング・オブ『化け者心中』 めくるめく江戸歌舞伎の世界〈前編〉
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