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特集

嫁いだ相手は、いまをときめく若女形 江戸語りに浮かぶ“女という生き物” 『おんなの女房』 蝉谷めぐ実

取材・文:河村道子 写真:TOWA

『化け者心中』で文学賞三冠。新鋭が綴る、エモーショナルな時代小説『おんなの女房』著者・蝉谷めぐ実インタビュー

※本記事は、「ダ・ヴィンチ3月号」に掲載されたインタビューを転載したものです。


おんなの女房
著者 蝉谷 めぐ実
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年01月28日


▼蝉谷めぐ実特設サイト
https://kadobun.jp/special/semitani/

“とざい、とーざい”。あの呼び込みの声が聞こえてきた。ときは文政、ところは江戸。一世を風靡したものの足を失い、舞台を降りた元女形と彼の足代わりとなる心優しき若者が、役者を殺し、その者へと成り代わった“鬼”を芝居小屋で探しゆく『化け者心中』で、颯爽と檜舞台に現れ、文学賞三冠をはじめ、やんやの大喝采を浴びた蝉谷さんが、次なる筆を進めた先は“女というもの”。

「『化け者心中』では、女形である自身を女として捉え、日々の暮らしでも女として生きようとする役者の業の深さ、芸のために男と女の境界線を越えたところにいようとする役者
の“女”をフォーカスしました。今作では女そのもの、たとえば、仕事を取るの? 私を取るの? みたいな現代にも通じるところのある、女の業の深さを書きたいと思いました」

そこで物語の芯に立ったのは、“目の前には女の己より美しい女がいる”と呆然とする女形の女房・志乃。ふた月前、顔も見ぬまま、父の決めたまま、お江戸三座のひとつ、森田座で評判の若女形・燕弥のもとへ嫁いできてから志乃は尻を落ち着ける場所がわからない。“なぜってこの人が、常に女子の姿でいるからだ”。

「尋常でも女である歌舞伎の女形はちょっと異質な存在。その女房になった人って、どういう気持ちになるんだろう、女って綺麗な人がいたらやっぱり自分と比べてしまうから、その相手が夫であったらどういう感情になるんだろうと、そこから心の奥底にある女というものが見えてくるのではないかと筆を進めました」

だがその女房、簡単に己の女の業の部分は見せないというか、自分でもよくわからない、というのが、蝉谷さんならではの人物設定の妙。志乃は通例に則れば、役者との婚姻など許されぬ武家の娘。武士の作法を叩き込まれ、幼少より貝原益軒の『女大学』を諳んじさせられてきた彼女が考えているのは、そんな夫を前にしながらも“女房としての収まりどころを早々と見つけ出して、女の役目を果たしていこう”ということ。

「自分は役者の女房であるべきか、燕弥という男の女房であるべきかを、志乃が探っていくことが、本作のテーマのひとつでしたので、そこを書くのであれば、志乃は真面目で、女というものの役割にがんじがらめになっている人にしようと思いました。さらに芝居をまったく知らない、その世界から遠く離れたところで生まれ育った人にしようと」

芝居のことなど右も左もわからない志乃の目線を通し、読む者もともに歌舞伎の世界へ、芝居小屋へ、そして役者をめぐる面妖な人間模様へと足を踏み入れていく。



作者が書く理由の根底にある“歌舞伎の面白さを伝えたい”

連作のかたちで語られていく物語、ひとつひとつの題名には燕弥の演じる姫様の名が付けられている。幕開け「時姫」は『鎌倉三代記』に登場する北条時政の娘。“ココン”。空桶を打つ音を合図に、燕弥の世話をする奥役の善吉がふいに芝居の筋を話し出す。その語りは水のごとく物語と溶け合い、“この本を書いたお人は女の三従を知らないのですか!”などという志乃の合いの手もまた滑稽で。

「演目も、物の名前も、現代ではあまり馴染みがないものなので、その説明を入れなければと。でも“ここから説明です”とならないよう、物語にどう入れ込んでいくかというところは大切にしました。赤い振袖を着ることが多いゆえ、“赤姫”と呼ばれるこの物語のなかの演目に登場してくる姫たちのように、父上を殺すぞとか、化け物になっちゃうとか、けっこう無茶苦茶をする姫が歌舞伎には多いんです(笑)。こんな姫様たちもいるから歌舞伎って面白いんですよ、だからもっと知ってほしいんです、というところは、私が物語を書く理由の根底にあるので、本作では芝居語りを多く入れていきました」

私はなぜこの人に求められたのか、という謎に志乃が向かう「時姫」で、彼女はある意味、女房として残酷な事実を知ることになる。

「けれど志乃はその“理由”があることに安心する。後々、彼女が出会うことになる名前の付けられないものこそが一番凄まじいものだから。誰かに言われた枠にはまって生きる方が楽だし、そこで自分の役割さえ果たしていければいいやと思う『時姫』での志乃が、様々な枠を自分で外していく様を追いかけていきました」

次なる「清姫」では、森田座の人気役者の女房・お富に、夫との密通の疑いをかけられ、それを機に役者の女房たちとのつながりが生まれていく。そこで交わされる女同士のお喋りはなんとも喧しく、愛らしい。

「女を大事に書きたかったので、志乃、お富、お才という役者女房3人は、練りに練って人物を造形していきました。3人のお喋りからは三者三様の女の価値観、夫婦の形が表れてきます。実は志乃以外の女房には参考にした逸話があります。『役者女房評判記』という役者の女房たちの顔、性根などが記され、それぞれ位付けをされているという本が江戸時代にありまして。彼女たちはそこに書かれている女房たちのエピソードや特徴が反映されています。役者のみならず、その女房まで番付表にしてしまうような歌舞伎の俗っぽいところ、江戸の人々のバイタリティを如実に表すその本は、本作執筆の起動力になりました」

女性視点の筆致のなか如実に現れた自分のなかの“女”

『化け者心中』では、なかなか作家デビューを叶えることのできなかった自身の焦りや嫉妬、絶望などが、登場人物のなかに込められていた。女性視点で書いた本作は、そんな“自分”がより濃く、登場人物たちのなかに現れてきたという。

「“女としての”という部分で、自分のあまり見せたくない部分が如実に出てきてしまいました。こんなにさらけ出してしまって、ちょっと恥ずかしいなと思うほどに」

章が進むにつれ、志乃の燕弥への思いには変化が表れてくる。まるで掌で大切に育てていくような恋心。そして燕弥も……。そんな折、燕弥が演じる姫様の相手役を務める仁左次と燕弥との間に恋の噂が。志乃は居ても立ってもいられなくなる。

「志乃が疑う仁左次と燕弥の関係は、現代で言うところのBL的なロマンス。仁左次の存在はこの作品のなかで絶対に書きたかったもの。でもそれ以上に著わしてみたかったのが、“はじかれてしまった人”。ふたりの関係性の蚊帳の外に置かれた志乃が抱えるどうしようもなさを書いていくうちに、私自身のなかにもある、はじかれてしまった者の持つ思いが、文章に溢れてきました」

そして幕引き前の「八重垣姫」で、人生の、夫婦の難問と立ち向かい、志乃は女として、女房として、自分の足で歩き出す。そして燕弥も―。

「心情がいろいろに動いていく志乃は“ぶれる人”。同じく燕弥も、俺は芸のために生きているんだ、と言いつつ、そこまでなり切れていない人で。役者というより、彼は役者をしている“人間”なんです。でも世の中、ぶれてしまう人の方が多いじゃないですか。どちらもぶれる志乃と燕弥の不安定な夫婦が、ふたりでどういう答えを出すかというところを見守っていただきたいなと思います」

そんな志乃が、知らず知らずのうち、自身の糧としていくのが、燕弥演じる芝居のなかの姫様たちだ。

「江戸時代にいた人たちも、舞台を観て、どこかしら自分の血肉にしていたと思うんですね。志乃も姫様たちに触れ、彼女たちを自分のなかに住まわせることによってどんどん変わっていきました。女という生き物の良いところも、悪いところもいっぱい書きましたので、志乃というひとりの女の生き様から、それをとくとご覧いただきたいです」

作品紹介・あらすじ



おんなの女房
著者 蝉谷 めぐ実
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年01月28日

『化け者心中』で文学賞三冠。新鋭が綴る、エモーショナルな時代小説。
ときは文政、ところは江戸。武家の娘・志乃は、歌舞伎を知らないままに役者のもとへ嫁ぐ。夫となった喜多村燕弥は、江戸三座のひとつ、森田座で評判の女形。家でも女としてふるまう、女よりも美しい燕弥を前に、志乃は尻を落ち着ける場所がわからない。
私はなぜこの人に求められたのか――。
芝居にすべてを注ぐ燕弥の隣で、志乃はわが身の、そして燕弥との生き方に思いをめぐらす。
女房とは、女とは、己とはいったい何なのか。
いびつな夫婦の、唯一無二の恋物語が幕を開ける。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000165/
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▼蝉谷めぐ実特設サイト
https://kadobun.jp/special/semitani/



『おんなの女房』試し読み



おんなの女房』試し読み#1
https://kadobun.jp/trial/onnanonyoubou/d4k9zw18ga8s.html


蝉谷めぐ実(せみたに・めぐみ)

1992年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部で演劇映像コース専攻、卒論テーマは化政期の歌舞伎。2020年『化け者心中』で第11回小説 野性時代新人賞を受賞、デビュー。同作で日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞を受賞。新世代の時代小説作家として注目を集めている。

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