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マジックは続く――蝉谷めぐ実『おんなの女房』レビュー【評者・伊東 潤】

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蝉谷めぐ実『おんなの女房



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▼『おんなの女房』試し読みはこちら
https://kadobun.jp/trial/onnanonyoubou/d4k9zw18ga8s.html

マジックは続く

蝉谷めぐ実『おんなの女房』レビュー

評者:伊東 潤(作家)

 小説はマジックで、小説家はマジシャンだ。文字を連ねるだけで独自の世界を構築し、読者をそこに引き入れたら放さない。その吸引力が強い作家だけが生き残っていく。
 蝉谷めぐ実氏のデビュー第二作『おんなの女房』も、相変わらずの強い吸引力を感じさせる作品だ。まずこのタイトルがいい。デビュー作『化け者心中』を読んでいる方なら、「おんな」が女形を意味し、その女房が主役だと容易に想像できるだろう。
 そう、デビュー作に続き、本作は江戸時代の役者たちの世界を描いた作品だ。
冒頭で「ときは文政ぶんせい、頃は皐月さつき」と書いているので、展開されてゆく物語が文政年間(一八一八~一八三〇)のとある年の五月が中心だと分かる。
この文政年間という時代は、大塩平八郎の乱や生田万の乱などが起こる激動の天保年間(一八三〇~一八四四)の前にあたり、勝海舟、岩倉具視、西郷隆盛、大久保利通ら明治維新の功労者たちが生まれた時代だ。江戸時代は最後の平穏を迎えており、駘蕩な空気がいまだ残っていた頃になる。
物語の舞台は、江戸の文化を代表する江戸三座の一つの森田座。ちなみに森田座とは、江戸町奉行所によって歌舞伎興行が許された官許三座の一つで(ほかの二座は中村座と市村座)、三座の中では最も経営が苦しく、経営破綻による休座をしばしば起こしている、いわくつきの芝居小屋だ。
そこに喜多村燕弥という「春の雷の如くぴしゃりと現れた若女形」が登場することで物語が始まる。この比喩がまたいい。どうして「春の雷」が「ぴしゃり」と現れるのか分からないが、なぜかこうとしか表現できない絶妙な味わいがある。
視点人物が、燕弥ではなくその女房というところがまた面白い。その女房に武家出身という設定を持たせることで、読者と同じ目線で江戸時代の芝居小屋の世界をウォークスルーしていくという趣向なのだ。つまり芝居のことなど何も知らない女房と一緒に、読者は江戸の芝居を学び、次第にその世界の一員となり、物語の中に溶け込んでいくのだ。
しかも著者の蝉谷氏は、早稲田大学文学部の演劇映像コースを卒業し、卒論のテーマが「文化文政時代の歌舞伎」なのだから、歴史考証に隙はない。
これだけの道具立てが整ったところで、この作家特有のリズム感ある文章による物語が展開されていく。まさに落語の名調子を聞いているようだ。
色彩感を重視していることもこの作家の特徴の一つで、随所に色の描写があり、まさに極彩色の江戸が再現されている。物語世界の構築には視覚だけでなく、嗅覚、触覚、味覚といった五感を繰り返し描くことが大切で、それによって読者の脳裏に、無意識に作品世界のイメージが出来上がっていく。この作者はそれが巧みで、天性としか言いようのない絶妙な配分を披露する。
肝心の内容だが、本作は女形の燕弥とその女房の志乃を中心に展開していく物語だ。女形になりきることで本来の自分を失いかける燕弥を、現世に引き止める役割を志乃が果たしているところが鍵となる。だが燕弥は役者の道を究めるため、日常生活から女形になりきることを自分に課しており、志乃の存在が芸にとっては邪魔にもなる。
文中の台詞にあるように、「あいつの体は女とお姫さんを留めおくのに精一杯。そこにもう一人男を入れて、使い分けるだなんてそんな器用さは持ち合わせちゃいない。それどころか女として仕立てた体は焼き上げたばかりの伊万里いまり焼のように繊細だ。異物が入り込むと一気にそこからひびが入る」という矛盾を内包している(ここの比喩もうまい)。
つまり女房は、そんな燕弥の芸道の邪魔にならないようにしながら、自分の居場所を見つけていかねばならない。その奮闘ぶりが、また健気で可愛いのだ。
新人にとってデビュー二作目というのは実に大切だ。デビュー作というのは、誰もがそれまでのたまりにたまった創造力をマグマのように噴き出すので、その熱気に煽られて高評価を得られやすい。自分事で恐縮だが、私のデビュー作の『武田家滅亡』(KADOKAWA)は、単行本で3刷、文庫で20刷まで行っている。
だが二作目は難しい。同じ方向性の作品で固定読者を安心させるか、全く違った趣向の作品で勝負を懸けるかで、その後の作家キャリアが大きく変わってくる。
この作家の場合、実に巧妙な戦略で二作目に挑んだ。すなわち自分の得意とする江戸の歌舞伎という世界を出ずに、しかし前作の鬼というギミックを排除したことで、リアリティ溢れる役者たちの物語を紡いでいくことにしたのだ。つまり前作から陸続きの世界を描きつつ、より洗練された物語世界を目指したことになる。これこそ脱皮と呼べるだろう。
この作家が第三作にどんな作品を用意しているのか。いかなる方向に進むのかは分からない。だがマジシャンの彼女のことだ。無類の吸引力で贔屓の読者を放さず、また新たな読者を開拓できるような作品を披露してくれることだろう。

作品紹介



おんなの女房
著者 蝉谷 めぐ実
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年01月28日

『化け者心中』で文学賞三冠。新鋭が綴る、エモーショナルな時代小説。
ときは文政、ところは江戸。武家の娘・志乃は、歌舞伎を知らないままに役者のもとへ嫁ぐ。夫となった喜多村燕弥は、江戸三座のひとつ、森田座で評判の女形。家でも女としてふるまう、女よりも美しい燕弥を前に、志乃は尻を落ち着ける場所がわからない。
私はなぜこの人に求められたのか――。
芝居にすべてを注ぐ燕弥の隣で、志乃はわが身の、そして燕弥との生き方に思いをめぐらす。
女房とは、女とは、己とはいったい何なのか。
いびつな夫婦の、唯一無二の恋物語が幕を開ける。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000165/
amazonページはこちら



『おんなの女房』試し読み



とざい、とーざい。――いびつな夫婦の、恋物語の幕が開く。【 蝉谷めぐ実『おんなの女房』試し読み#1】
https://kadobun.jp/trial/onnanonyoubou/d4k9zw18ga8s.html


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