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レビュー

『自閉症は津軽弁を話さない リターンズ』を書いて、"ふつう"がいかに"特殊"かわかってきた/松本敏治さん「文庫版あとがき」

新聞書評欄でも取り上げられて大きな反響を呼んだ『自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』。その続編が刊行されました。妻のひと言「自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ(話さないよね)」から始まった研究は新たな謎に挑みます。その過程で、 子どもはどうやって私たちにとっての“普通のこと”をできるようになるのかを捉えなおす必要があったといいます(角川ソフィア文庫版に「文庫版あとがき」として収録しています)。



「できない」にばかり目を向けていないか?

 本書は、『自閉症は津軽弁を話さない』の続編の文庫版です。内容は、大きく2つです。前半は、前書出版後に寄せられたコメントや情報を手がかりに考えた自分なりの自閉スペクトラム症(ASD)理解です。後半は、それまで共通語を話していたが方言を話すようになった事例についての報告です。ASDの人々が方言を使わない理由を本当に理解しようとしたことで、ASDの特性や発達をどう捉えるかという問題と正面から向き合うことを迫られました。こんな大きなテーマは私の力では無理だと思っていました。しかし、今回も研究領域を超えた方々からの助言を得たことで、なんとか自分なりに整理することができました。

 前書を読んだASDの方が「この本を読んだら定型発達の人がどんなふうに考えているのかがわかった」とコメントしているのを見かけました。私たちが“普通” “あたりまえ”と思っていることを、どこまで分かっているのだろうと感じるようになりました。私たちは、定型発達(TD)の人を基準に物事を判断します。

 “普通”はこういうふうに考えるだろう。こういう場ではこういうふうに振る舞うのが“あたりまえ”だというように。そしてASDの人の振る舞いは“普通”ではない、“あたりまえ”ではないと見えてしまいます。
 研究者も、ASDとTDの人のデータを比較して、その差に注目します。統計的に差があることで、TDは〇〇が行えるが、ASDは〇〇に困難があると報告したりします。
 つまり「出来ないこと」「困難」「違い」に目を向けます。ASD特性を「障害」として捉え克服するための支援や指導を考えるなら、困難や違いを列挙していくというのは正しいのでしょう。定型発達は多数者で、ASDの人々は少数者です。定型発達の人々から見れば、彼らの困難や違いに目が向くのも当然なのかもしれません。

 でもそれだけで、いいのでしょうか。人は時に、「そんなことは出来てあたりまえだ」と言います。では、どうやって“あたりまえ”になったのでしょう。私は“普通”ってなんなのか、定型に発達するとはどういうことかと考えるようになりました。どうやって普通の人は“普通”と言われるあり方になっていくのか。

 私は、ASDの人々と当事者会などで関わっています。ASDの方から、「なんでそう考えるのですか? なんでそうするのですか?」と聞かれた時に、うまく答えられないことがあります。相手の考えや行動を「普通とは違うよね。普通はこうするよ」とは言えても、自分が、どういうふうにしているのか。どうやってあたりまえに出来るようになったのかが説明出来ないことがたくさんあります。“普通” “あたりまえ”とみなすことで、“なぜそのように考え行動するようになっていったか”という問題を放置してきたのではないかと感じます。

 執筆を進める中で、私のASDの理解は大きく変わりました。本書の中には「もしも自閉スペクトラム症の子が25人、定型発達の子が5人のクラスがあったら」という章があります。読者の方が、もしこのクラスに授業参観にいったらどんな感想をもつでしょう。

 なんであの5人だけ、同じタイミングで先生を見るの!
 なんであの5人は似たような意見になっていくの!
 あとの子たちの意見はオリジナリティにあふれてるのに……

 このように考えたことで、TDと言われる人々がどうしてみな似たようなものの見方、考え方や社会的振る舞いを身に付けていくのかという疑問を持ちました。
 私は、定型発達の人々で見られる均質化・収束化のプロセスに目を向けることがASDの人々を理解する上で意味を持つのではないかと考え、その視点を本書で提案しています。

 本書の最後に「どうやら、(研究の)旅はまだ続きそうだ」と書きました。これは間違っていなかったようで、外国(アイスランド・チュニジア)で報告されているASDの人々のことばに関する不思議な現象(若いASDの人々はアイスランド語よりも英語を好んで話す。テレビなどでしか聞くことのない現代標準アラビア語を顕著に習得しているASDの子どもがいる)について調べています。また本書の最後に取り上げた英語しか話さないとされたお子さんのその後も追っています。これらは、「自閉症は津軽弁を話さない」という問題とどうつながるのでしょうか。その結果を、いつかご報告できればと思います。

作品紹介・あらすじ



自閉症は津軽弁を話さない リターンズ 「ひとの気持ちがわかる」のメカニズム
著者:松本敏治
発売日:2023年08月24日

「自閉症の子って津軽弁話さないよね」妻の一言から調査は始まった。10年間の研究のすえ妻の正しさは証明され、この変わった研究は全国紙にも載る結果に。それから数年後、方言を話すようになった自閉症児が現れた――。多数者である私たちはどう方言を話すか、相手の意図をどう読み取っているか。そもそも「普通」の発達とは何かを問うことで、ことばの不思議から自閉スペクトラム症を捉えなおそうと試みる画期的ノンフィクション。

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シリーズ作品紹介



自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く
著者:松本敏治
発売日:2020年9月24日

「今日の健診でみた自閉症の子も、お母さんバリバリの津軽弁なのに、本人は津軽弁しゃべんないのさ」――津軽地域で乳幼児健診にかかわる妻が語った一言。「じゃあ、ちゃんと調べてやる」。こんなきっかけで始まった「自閉症と方言」研究は10年に及び、関係者を驚かせる結果をもたらすものとなった。方言の社会的機能を「意図」というキーワードで整理するなかで見えてきた、自閉症児のコミュニケーションの特異性に迫る。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322003000236/
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著者略歴

1957年生まれ。博士(教育学)。公認心理師、特別支援教育士スーパーバイザー、臨床発達心理士。87年北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。稚内北星学園短期大学講師、同助教授、室蘭工業大学助教授、弘前大学助教授を経て、2016年弘前大学教 授。弘前大学教育学部附属特別支援学校長、同特別支援教育センター長を歴任。16年より教育心理支援教室・研究所『ガジュマルつがる』代表を務める。


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