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レビュー

嫌われ疎まれても、真実を追う者たちがいる。 警察×報道ミステリ!――『事件持ち』伊兼源太郎 文庫巻末解説【解説:川本三郎】

交錯する2つの使命を、圧倒的なリアリティで描き出す社会派ミステリ。
『事件持ち』伊兼源太郎

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

事件持ち』著者:伊兼源太郎



『事件持ち』文庫巻末解説

解説
かわもと さぶろう(評論家)

 若い新聞記者が殺人事件を追う。読者は読むうちにこの新聞記者に感情移入してゆく。苦労を惜しまず関係者に取材し、警察の動きに神経をとがらせ、事件を追う若い記者の熱意にかれると同時に、この若者が終始「新聞記者とは何か」「取材とは何か」を自分に問い続けている、その誠実さ、しんさに心打たれるからである。
 警察小説というものはある。そこでは新聞記者は傍役でしかない。それに対し、この小説は若い新聞記者を主人公にしている。新聞記者小説とでも呼ぼうか。その点で非常に新鮮である。作者自身、新聞記者をしていたというから、若い頃の体験、苦労が反映されているのだろう。
 主人公はながてつぺいという二十五歳の新聞記者。ほうにち新聞社の千葉県の支局で働く。入社二年目。まだ仕事ずれしていない。いい意味で青臭いところがある。だから殺人事件を取材することになると、被害者の家族に取材する時に、相手の心を傷つけてはいないかと悩み続ける。その悩む姿がこの小説のしんになっている。
 夏、殺人事件が起こる。千葉県なら市にある干潟に近いところで男の絞殺死体が発見された。被害者はなかだいという三十一歳の会社員。ちょうど三日前に、ふなばしでも同じような殺人事件が起きた。こちらの被害者はあいざわくにというやはり三十一歳の会社員。手口が似ていたこと、しかも、被害者は同じ小中学校に通っていた。
 警察は同一犯による犯行と考えて捜査を始める。永尾は警察の動きを視野に入れながら独自の取材を始める。
 現場近くの住人に目撃者はいないか。永尾は夏の暑いなか、一軒一軒、回って歩く。特ダネは地道な取材でしか生まれない。しかし、殺人事件の取材は、人の心に踏み込むのだから簡単には進まない。
 被害者の同級生だった男は「別に何も話したくありません。あなたたち、何様なんです?」と取材を拒否する。「人の不幸にたかって楽しいですか。大人のする仕事ですか」とまで言われる。殺人事件を取材する新聞記者が必ず一度は体験する取材拒否である。そこでつまずいては仕事は出来ない。といって仕事と割り切って「人の不幸」に立ち入ることも若い永尾には出来ない。「青臭い」とベテランの記者は笑うだろうが、永尾は仕事と割り切ることは出来ない。「仕事」と「人の不幸」のあいだで終始、揺れ動く。
 この小説がいいのは、悩み続ける永尾の姿を決して否定せず、むしろ青臭い悩みを持ち続ける永尾に寄り添っていることだろう。
 現在、新聞社は斜陽産業といわれている。部数はどこの社も減少している。IT社会に、足を棒にして歩きまわり取材する新聞記者は時代に合わないとされる。何よりも「人の不幸」を取材することに心の負担がある。
 永尾の後輩の一年生は、すでに二人社を辞めている。「誰もが嫌がる話を聞き出して、紙面にするのに何の意味があるんです?」と後輩に言われると、永尾は反論出来ない。自分でも「意味」が分からないままに、事件が起こると現場に駆けつけ「人の不幸」の取材をする。
 加えるに、よかれと思って書いた記事が思いがけず当事者を傷つけることもある。永尾は数日前、牛乳配達車が若い女性をはねて怪我をさせた事故の記事を書いた。牛乳店の実名を書いた。その牛乳店の女性が抗議の電話をしてきた。実名を出されたために、朝から配達キャンセルの電話がやまないという。
 牛乳店の女性は悲鳴のように言いたてる。「ウチをつぶして楽しいんですか。新聞社は弱い者の味方じゃないんですか」「私たちの生活なんてどうだっていいんですか」。
 永尾は思いがけない抗議に「頭を強く殴られたような衝撃を受けた。記者は原稿化された後の被疑者や被害者の人生を背負う必要はないし、できるわけもない。それでも」。
「それでも」に込められた、言葉に出来ない思いのなかに、若い記者の悩み、苦しみがある。「報道の自由」「知る権利」と言った大義名分の裏には、新聞記者の無数の「それでも」がある。
 殺人事件の報道には、被害者の家族の談話が必要になる。事件に打ちひしがれている家族の心に踏み込む。つらい仕事である。永尾は被害者の中田大地の父親に勇を鼓して、いまの思いを聴く。案の定、父親は怒った。
「あんた、それでも人間か」
 新聞記者は「それでも」、この批判に耐えなければならない。
 別の日、中田大地の葬儀が行なわれる。報道陣が集まる。遺影と遺骨を抱えた遺族におびただしいカメラのフラッシュがたかれる。なかには、車のボンネットに覆いかぶさるように身を乗り出し、車内の遺族にフラッシュを浴びせる他社の記者もいる。
 その無神経な姿を見て、永尾は思わずその記者を力ずくで車からひきはがす。口論になる。「やめろ」「いい子ぶってんじゃねえッ。仕事だッ」「だから、きっちりやるべきだッ」。永尾の若い正義感からのけんだし、もしかしたら自分も時と場合によってはこの乱暴な記者のようになるかもしれないという怖れもあったかもしれない。ただ、いつも「新聞記者の仕事とは何か」を考え続けている永尾にとって、遺族に平気でカメラを向ける他社の記者が醜く見えたことは確かだろう。
 後日、永尾は改めて中田の両親に会いにゆく。ためらいはあったが「当たって砕けろ──」しかない。そこで中田の母親から思いもかけない優しい言葉をかけられる。「永尾さんのおかげで、あの時は車を進められました」。あの混乱の様子を中田の母親は見ていた。そしてこう続けた。「あなた、哀しそうな眼をしてたもの」。この小説の感動的な一瞬である。記者のつらさをきちんと分かってくれる遺族もいる。「記者は現場から逃げ出さず、正面から踏み込んでいくべきなのだ。そして、事実を粛々と報じる。その先に待っているのが──」。ここでも作者は「──」と思いを言葉にはしない。それでも永尾の気持は読者に確実に伝わってくる。
 人間らしさを時に失わないと取材は出来ないかもしれない。しかし「哀しそうな眼」を忘れては記者の資格はない。この小説は、若い永尾が殺人事件の取材という困難な仕事を通して成長してゆく物語になっている。

 一方、この小説のもう一人の主人公は、ざきようすけという県警捜査一課の刑事。妻と就学前の子供がいる。有能な刑事だが、永尾が「新聞記者の仕事とは何か」と問い続けているのと同じように津崎は、有能であるにもかかわらず「警察の仕事とは何か」を考え続けている。
 父親は同じように刑事だった。以前、幼女殺人事件の犯人を挙げられなかったために世間の批判を浴びた。家にまで指弾の電話がかかってきた。少年時代に父親の苦しみを見ただけに津崎の「警察の仕事とは何か」の思いは強い。その疑問に作者は安易な答えを与えていない。ただ、かろうじてこう書く。
「たとえ結実せずとも、しんに全身全霊をかけて物事に取り組む人間が非難されない社会であってほしい──という感情が(注、津崎には)芽生えた。この気持ちこそ、理想の原点ではないのか」。
 永尾も津崎も悩み、苦しみながら自分の仕事に誇りを持って生きようとしている。二人が別々に語られてゆきながら、次第に相手を意識するようになったところで、事件は解決する。警察小説、ミステリではあるが、永尾と津崎の人間味豊かなキャラクターによって後味のよい作品に仕上がっている。みごとというしかない。さらに加えれば、永尾を「永尾っち」と親しく呼ぶたちばなという女性記者が気持のいいコメディ・リリーフになっている。無神経な他社の記者と永尾がやりあったと知った時、彼女はいう。「それでこそ、男の子だと思うなあ」。いい同僚ではないか。
 表題の「事件持ち」とは、「自分の持ち場でやたら大きな事件が発生する記者」のことだという。

作品紹介・あらすじ



事件持ち
著者: 伊兼源太郎
発売日:2023年08月24日

嫌われ疎まれても、真実を追う者たちがいる。 警察×報道ミステリ!
千葉県下で猟奇連続殺人事件が発生。絞殺された被害者は、いずれも手指を切断されていた。入社2年目の訪日新聞記者・永尾哲平は、取材で訪問した近隣住民・魚住優に不審感を覚える。一方、捜査一課の津崎庸介も魚住が被害者と同級生だったと知り捜査を進めるが、魚住は失踪。手がかりを掴めない県警は、訪日新聞にある取引を持ち掛けるが……。警察と報道。交錯する2つの使命を、圧倒的なリアリティで描き出す社会派ミステリ。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303000863/
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