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特集

正義が疑わしき時代に。 元新聞記者の著者が、記者と刑事の物語に託す未来。伊兼源太郎『事件持ち』インタビュー

取材・文:編集部 

タイトルである「事件持ち」。あまり聞きなれない言葉ではないでしょうか。事件持ちは記者用語で、自分の持ち場で頻繁に大きな事件が発生する記者を示す言葉です。
著者の伊兼さんは元新聞記者。デビュー以来、東京地検特捜部や政治家秘書などを主人公にした社会派ミステリを手掛けてきましたが、実は長編で記者モノを書くのは『事件持ち』が初めてだと言います。マスコミへの批判も多く、フェイクニュースも蔓延るこの時代に、真正面から報道と捜査の意義を問う小説を書いた理由とは。創作秘話を伺いました。


――伊兼さんはもともと新聞記者だったと伺っております。『事件持ち』というタイトルに込めた思いを教えて頂けますでしょうか。


伊兼:記者を主人公にした長編小説を手掛ける際は『事件持ち』という言葉をタイトルに使いたいと、ずっと思っていました。この“事件持ち”という言葉は新聞業界では古くから、「お前の持ち場でやたら事件が起きるなあ、さては事件持ちだな」みたいに使われています。新聞記者は若手時代に必ず事件取材をします。そこで新聞記者としての基礎を学ぶんです。私はこの事件取材そのものに新聞記者の宿命というか業を感じますし、事件持ちという言い回しはそれを端的に表している気がするんです。今回、このタイトルに相応しい内容だなあと自分でも思います。

 ちなみに記者だった当時は必死に否定していましたけど、私自身も事件持ちでした。記者時代の同期はどこから新刊が出るのを嗅ぎつけたのか、久しぶりに連絡してくるなり「ネタに困って自分のことを小説にしたのかよ」と揶揄ってきました。



――『事件持ち』は、猟奇的な殺人事件の真相を追う若手記者・永尾哲平と、悩める捜査一課の刑事・津崎庸介が主人公です。戸惑いながらも自分の仕事に真剣に向き合う姿には誰もが共感できると思いました。キャラクターを書くにあたり、特にこだわった点は何でしょうか。


伊兼:本当の恰好良さとは何か、です。これはこの『事件持ち』に限らず、今のところ私が小説を書く際に据える軸の一つでもあります。

 マスコミも警察も色々と批判が多い組織なのは皆さんもご承知の通りです。でも、マスコミにも警察にも現場で踏ん張り、なんとか現状を改善しようと苦闘している人も存在するのではないでしょうか。私はそう信じたいですし、そんな人が恰好良いと思っています。

 また、登場人物が一人の人間としてちゃんと存在することも大事にしました。フィクションなんですけど、少なくとも私の中では登場人物は一人一人存在しています。


――物語に記者としての経験を反映された部分もあるかと思います。作中で語られる永尾が抱えている悩みは、当時ご自身も感じていたものなのでしょうか。


伊兼:私は事件持ちだったので、大きな事件や事故を取材する機会が多く、毎日どこかしらの現場にいました。特に一年目は、取材していた以外の記憶がほぼありません。遺族や被害者周辺と接するたび、「他人に迷惑をかけて何をやっているのだろう」「遺族の感情を抉るような取材に何の意味があるのか」という葛藤を抱えざるを得ませんでした。大きくとらえれば、報道なんて世の中に必要なのかとも考えたこともあります。当時は答えを導き出せませんでした。でも、『事件持ち』という小説を書いているうち、答えらしきものを見出せた気はします。もっとも、私が抱えていた葛藤は記者経験者なら多かれ少なかれ、誰しも一度は頭を悩ますことだとも思います。

 経験の反映といえば、作中に書いたサボり方……違うな、体を休ませる時間の捻り出し方については、ほぼ実体験です。


――新聞記者だけを主人公とせずに、刑事の津崎の視点からも書いたのはなぜでしょうか。


伊兼:新聞記者というのは取材対象がいてこそ成立する職業だからです。そこで、相手方の事情や内面もきっちり描いた方が、この事実が鮮明になりやすいと思いました。どんな職業でもそうでしょうが、記者は特に相手の立場や心情を知ることが大事な職種であり、取材対象者を仔細に描けば、自ずと記者に求められている能力や機微が浮かぶはずです。その取材対象者の中でも警察官は、若い記者にとって初めて対する社会の壁です。そこで警察側の視点も取り入れてはどうか、と考えた面もありました。


――熱い記者や刑事が活躍する一方で、家族など身内にだけ優しく、他人には無関心な人たちの姿も描かれます。昨今の新型コロナウイルスを巡る報道でも、自分は大丈夫だから関係がない、と外出する人々の姿が取り上げられました。こうした他人への無関心という風潮について、伊兼さんはどう感じていらっしゃいますか。


伊兼:徹頭徹尾、自己中心的で他人に無関心という人は少ないのではないでしょうか。新型コロナウイルスを巡る報道でも、ニュースになるということは、それがごく一部の人の行動だからとも言えます。つまり多くの人は他人のために行動しているわけです。

 そのごく一部の人たちには、他人のためにすることは結局自分のためにもなるという視点と、他者を思いやる想像力が弱まっているのでしょう。じゃあ、どうすれば理解してもらえるのか。残念ながら即効性のある方法はないと思います。他人に無関心な人に、利他的になることのメリットを説明してもうまく伝わらないでしょうから。利他的になれば回りまわって自分のためになることを理解するには想像力が不可欠ですが、それは一朝一夕に養えませんので。

 想像力って日々の行動で増したり減ったりする能力ではないでしょうか。どんなジャンルの小説であれ、それを読むことは想像力を鍛える大きなトレーニングになるはずです。なんせ書いてあるのは文字だけです。演者さんはおろか、映像や絵すらもない。それでいて読む人の脳内で世界が構築され、文字の連なりに感情移入できるんですから。人間の想像力ってすごいですよね。

 日本は災害も多いですし、世界的に見れば未知の感染症が発生・流行する周期も短くなってきているので、今後も何度となく今回のような想像力が問われる危機が訪れるでしょう。出版業界の片隅にしがみついていられるうちは小説を書き続けることで、多くの人の想像力を支える一助になりたいと思っています。


――作中では、記者クラブやフェイクニュースの話が出てきます。新型コロナウイルス騒動でも、フェイクニュースの拡散が話題になりました。ネット全盛の時代において、従来の紙メディアの役割はどのように変わっていくと思いますか。


伊兼:より一層、新聞社が培ってきた取材力は世の中に不可欠になってくると思います。

 ただでさえ次から次に情報が押し寄せてくる社会ですし、今後ますますフェイクニュースが蔓延るのは必至です。そこで求められるのは速報性のみならず、情報の分析力、真偽の選別、小さなニュースから深く社会を掘る洞察力などですが、我々はいちいちそんなことをする暇なんてないですよね。仕事や勉強など、他にやらなきゃいけないことが山ほどあるんですから。そこで新聞社の出番なんです。もちろん、簡単な仕事じゃない。だからこそプロの存在価値は高まるわけで、「この難しいミッションを絶対に達成してやる」という矜持や覚悟を記者の方々には期待します。新聞離れが進む現在において、真摯に情報を扱うことは新聞社の活路にもなるのではないでしょうか。たいした記者でもなかった上、すでに辞めた人間にこんなことは言われたくはないかもしれませんけど。

 あと、紙を扱っていることは重要な強みだと思います。私自身、紙に印字された原稿を確認していると、パソコンの画面上では読み飛ばしていた点に気づくことが多々あります。紙で文章を読んでいる時の方が思考力は増しているんでしょう。デジタル全盛だからこそ、紙メディアは紙ならではの強みをもっと生かした紙面づくりを考えていいのかもしれません。


――『事件持ち』は、永尾と津崎が新聞・警察という組織が抱える正義に振り回されながらも、自分たちの答えを見つけだしていく物語だと思います。最近では、政府、企業、検察などの組織における正義という言葉自体に疑問が投げかけられていると思います。今こうしたテーマで小説を執筆した理由をお聞かせください。


伊兼:腕まくりし、「さあ、いっちょ正義について書いてみよう」と……すみません、嘘です。記者を軸にした小説を書こうとした結果、勝手に正義も一つのテーマになっていたのが正直なところです。そもそも私は正義とは何か説明できません。正義と対立する概念は悪ではなく、別の正義という指摘もあるくらいで、つまり今自分が掲げている正義は、誰かにとっては正義ではない可能性も十二分にあるわけです。正義という言葉自体、なんだか胡散臭くなってきますよね。

 一方で、そんな正義を旗印にして、猛然と突き進む組織や個人がいるのも現実です。自分はそうなるのが嫌で小説で「正義」についてあれこれ検討しているのかもしれません。

 個人的には、ここに小説の力を感じます。

 正義のように曖昧なものだけど、皆が拠り所にする価値観を改めて考えてみるきっかけになるわけですから。先ほどの想像力の問題にも繋がっていきますよね。


――今年は『事件持ち』に続き、6月に『地検のS』(講談社文庫)、7月に『Sが泣いた日』(講談社)、8月に『事故調』(角川文庫)が刊行される予定で、KADOKAWAと講談社で4カ月連続刊行キャンペーンを組ませて頂いております。伊兼さんがこの4作品で書いた、あるいは今後書きたい一貫したテーマや思いがあれば教えてください。


伊兼:今のところ私が書くどの小説にも、自分の頭で物事を考えることの大事さ――という土台があると思います。自分の頭で考えられるからこそ、お仕着せの正義に流されませんし、自分自身のことや属する組織のことも疑えるわけですから。

 効率や手軽さを求める現代では、自分の頭で物事を考え、汗をかき、泥臭く、実直に歩みを進めるタイプの人間は時代遅れかもしれませんが、そういう人物を今後も定期的に書いていきたいです。先ほども申し上げた通り、私は恰好良い人だと思うので。

 もっとも、今は誰も小説なんて読む気がしないかもしれません。特に私が書くような現実と地続きのタイプの小説は。でも、いずれ私が書くタイプの小説の力も必要になってくるはずで、その時のために「出版事業に関わる人が無理をしない範囲で」という条件付きで、小説を生み出し続けることが大事だと考えています。

伊兼源太郎『事件持ち』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000358/


伊兼 源太郎(いがね・げんたろう)

1978年、東京都三鷹市生まれ。上智大学法学部卒。新聞社勤務を経て、2013年に『見えざる網』で第33回横溝正史ミステリ大賞を受賞。著作に『事故調』『外道たちの餞別』『巨悪』『地検のS』『金庫番の娘』『ブラックリスト 警視庁監察ファイル』『密告はうたう』。

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