menu
menu

特集

機が熟しすぎてネタが危うく黒いバナナに!? 小野寺史宜さんの最新作は十年以上温めていた作家と編集者の物語

取材・文:編集部 

小野寺さんの最新作は作家と編集者を主人公にした物語です。本屋大賞2位になった『ひと』以降も、コンスタントに作品を書き続けている小野寺さん。なぜこのタイミングで自身にとって身近なテーマを書こうと思ったのか? 刊行に先立ち話をうかがいました。 

作家のことはいつか書こうと思っていた


――2019年本屋大賞2位になった『ひと』、アパートの住人と知り合ったことをきっかけに人と人がつながっていく『ライフ』など、近年精力的に作品を発表されていますが、普段はどんな執筆スタイルですか?


小野寺:ほぼ『食っちゃ寝て書いて』に書いたとおりです。僕はまずノートに手書きで下書きし、それからパソコンで本書きします。その段階になれば、午前四時台に起きてガーッと四、五時間書き、買物を兼ねた散歩に出て昼食、ガソリン切れで昼寝をしてからまた二時間ほど書く。と、そんな具合です。日によって、昼寝はがっつりします。作品にもありましたが、午後の保育園児ばりに寝ます。下書きを始めてからは、もう機械的にいきます。まったく休みません。四、五十日ぶっ続けで書きます。極端なことを言えば、曜日もわからなくなります。夏は終わったんだなぁ、と十月に思ったりもします。


――今回はそんな小野寺さんを彷彿とさせる作家と、編集者をテーマにした物語です。作品の構想はいつからお持ちでしたか?


小野寺:十年以上前から持っていました。作家のことはいつか書こうと、ずっとネタを温めていた感じです。いつもは設定などの大本となるネタを用意しておき、二年ほどかけて徐々に肉付けしていくのですが、この作品に関しては、書こう書こうで十年経ってしまいました。ちなみに、作家の横尾成吾は僕自身ではありません。だいぶ重ねてはいますが。


――ご自身の作家生活を振り返るような、ある種の区切りを伴う作品だと思うのですが、今回書こうと思ったきっかけは?


小野寺:単純に、KADOKAWAさんからゴーサインを頂いたからです。と同時に、寝かせに寝かせたことで機が熟してもいたのだと思います。サッカー選手を書き、ミュージシャンを書き、お坊さんを書き、あ、ど真ん中を忘れてた、と会社員も書きました。子どもも書き、大人も書きました。男性も書き、女性も書きました。ならそろそろです。初めは作家の話一本だったのですが、編集者の話と両立させるというアイデアを加えることができました。今書かせていただけて本当にたすかりました。これ以上待つと、熟しすぎて黒いバナナになるところでした。



――主人公の一人、編集者・井草菜種にはモデルがいますか? 編集者は小野寺さんにとってどういう存在なのでしょうか。


小野寺:モデルはいません。ただ、何人もの編集者さんと仕事をしてきたので、ところどころに皆さんそれぞれの特徴が出ているということは、もしかしたらあるかもしれません。編集者さんは僕にとって不思議な存在です。作家と編集者の関係は、なかなかほかに置き換えられないと思います。友人ではないですし、取引先と言ってしまえば、まあ、そうなのですが、それでも個人の色は強く出ます。出版社の窓口、と考えれば遠いのに、実際には近いです。そんな各編集者さんたちに手だすけをしていただきつつ、ある程度好きに書かせてもらっています。敬意を表して、今回、作中の出版社名をカジカワにさせていただきました。それを許してくださったことにも感謝しています。


――ご執筆にあたって取材はされましたか?


小野寺:一緒に仕事をしていながら細かなことまではよく知らないので、KADOKAWAの担当者さんに取材をしました。井草菜種と同じく男性、歳も近い。答えづらいことも多かったはずですが、いろいろ教えていただき、とても参考になりました。この作品を今回このタイミングでぜひ、と僕自身が思ったのは、やはりその編集者さんがいらしたからです。ちなみに、そのかたは医師の息子ではありませんし、元ボクサーでもありません。もちろん、菜種的な名前でもありません。

何も起こらないんじゃない、小さなことは5倍起きているんです


――作中のエピソードは何割ぐらいが実話ですか。


小野寺:エピソードそのものはほぼすべて実話です。子どもに銃で撃たれたこと。電子レンジを自力で運んだこと。あやしげな高校生たちから念のため逃げたこと。フトンを干していたらゲリラ豪雨に降られたこと。駅で怒る人を見たこと。停電に見舞われたこと。豆腐の容器のフィルムがはがしにくくなったのも事実です。一応言っておくと、クレームの電話はしていません。してたらこうなってたかもなぁ、と想像して書きました。各エピソードのなかで、僕は幼稚園時代の小脱走の話が好きです。マヨネーズ容器水鉄砲乱射後に逃亡。パンクです。



――作家と編集者の話ではあるものの、そこで描かれているのは出会いや別れ、これからに対する焦りや葛藤を持った等身大の人たちです。ご自身を含めて、現代社会に生きる人たちを描く際に心がけていることはありますか。


小野寺:まず、作家を書くと言いながら、いわゆるお仕事小説にするつもりはありませんでした。作家に対して編集者を立てたのも、作家が言いたいことを言うだけのものにはしたくなかったからです。結果として、世代も立場もちがう二人を描くことができました。横尾成吾には僕自身がある程度投影されていますが、井草菜種はちがいます。とはいえ、ベースには理解できる部分もあります。井草菜種は恵まれた環境で育った人物ですが、さほど成功体験がありません。他人から見ればまちがいなく成功者ではあるものの、本人にその意識がないのです。今、そういう人は案外多いのではないかと思います。それは横尾成吾も同じです。作家として本を出せてはいますが、本人は自分を勝者ととらえてはいません。常に二勝八敗。それが実感です。そのあたりを書こう。そこが出発点でもありました。現代社会に生きる人たち、に限らず、人を描くとき、僕は肌に近いところで書きます。心がけているわけではありませんが、自然とそうなります。そもそも事件や事象を書きたいのでなく、人のありようを書きたいので、そうなるのかもしれません。例えば、人は一日に何度もトイレに行きます。作家がそれをいちいち小説に書きはしません。書く必要がないからです。僕は時にそれも書く。書きたくなってしまう。と、そんな感じでしょうか。話をつくってからそこに人をあてはめるのではなく、人に動いてもらうイメージです。だからトイレにも行ってしまう、というような。僕の小説では大きなことが起きないとよく言われますが、僕自身は密かにこう思っています。いや、でもね、小さなことはほかの小説の五倍起きてますよ。


――作家・横尾成吾と学生時代の友人・弓子の関係も非常にリアリティがありました。作家と編集者のパートナーシップと同様に、男女の関係性はどのように描こうと思われましたか。


小野寺:この作品の構想を持ったそのときから、弓子の存在は頭にありました。そこは十年経っても揺らぎませんでした。男女の関係性は多様だと思います。こうと決める必要はない、と言えるかもしれません。と言いながら、ついつい決めてかかったりもしてしまうのですが、決めてかからない人同士の関係は決めてかかる人同士のそれとは当然変わってくるはずです。知り合いがたくさんいるなかで、全員と同じ関係を築く必要があるわけでもありません。横尾成吾と弓子の関係は、横尾成吾と井草菜種の関係にも通じます。書いているときにでなく、書き終えてからそう思いました。普通、横尾と弓子みたいにはいかないでしょ、と言われたら、いきますよ、と僕は答えます。



食っちゃ寝て書くだけ


――物語終盤、これまでの小野寺さん作品にはなかったような「仕掛け」があります。これは当初から盛り込もうと思っていたのですか。


小野寺:何かやりたいと思っていましたが、この形にしようと思ってはいませんでした。横尾成吾同様、書きだす直前に思いつきました。実は僕、自身の投稿暗黒時代にはこの手のことを結構やっています。話のどんでん返しとかそういうことではありませんが、凝った構成のものを書いたりはしていました。見せ方を工夫する、というようなことです。今もよくやる複数人の一人称などはその名残かもしれません。その一人称自体がまさにそうですが、たぶん、限定された状況が好きなのだと思います。一晩の話とか、一つの町の話とか。


――いずれの登場人物も、先の見えない中で自分と向き合って前に進もうと一歩を踏み出します。いま社会が大変な状況の中、どんな風にこの本が読まれてほしいと思いますか。


小野寺:どんな風に、というのはまったくありません。ただただ読んで楽しんでほしいです。横尾、アホかよ。ジョン一郎って何だよ。そんなふうに感じてちょっと笑っていただけたらそれで充分です。


――ご自身はこのコロナ禍で、生活スタイルに変化はありましたか? また、世の中の変化を見て、なにか思うところはありますか。


小野寺:生活スタイルに変化はありません。食っちゃ寝て書くだけなので、変わりようがないのです。健康維持のための散歩なら今もしていいようなので、僕は構想練り練りタイムも兼ねて日に一時間ほど歩くのですが、さすがに人を見なくなりました。一時間歩いてすれちがうのは十人と飼犬三匹、といった状況です。それにはちょっと揺すられます。そのあたりのことはいずれまた別の作品で書いてみようと思っています。あともう一つ。先日のニュースによれば、この流れから、健康によいということで納豆やキムチなどの発酵食品が売れているとか。日ごろの食生活はその二つ頼みなのにそれらが僕の手に入らなくなったら困るなぁ、とも思っています。


――最後に、ご自身の今後の展望をお聞かせください。


小野寺:展望と言えるほどのものは特にありません。これからも人のありようを、食っちゃ寝て書いていきたいです。

小野寺史宜『食っちゃ寝て書いて』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000249/


小野寺 史宜

1968年、千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール讀物新人賞を受賞。2008年、第3回ポプラ社小説大賞優秀賞受賞作の『ROCKER』で単行本デビュー。他の著書に『みつばの郵便屋さん』シリーズ、『太郎とさくら』『本日も教官なり』『それ自体が奇跡』『ひと』『夜の側に立つ』などがある。

紹介した書籍

関連書籍

MAGAZINES

カドブンノベル

最新号
2020年8月号

7月10日 配信

怪と幽

最新号
Vol.004

4月28日 発売

小説 野性時代

第201号
2020年8月号

7月13日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

心霊探偵八雲12 魂の深淵

著者 神永 学 イラスト 加藤 アカツキ

2

あしたの華姫

著者 畠中 恵

3

これやこの サンキュータツオ随筆集

著者 サンキュータツオ

4

暴虎の牙

著者 柚月裕子

5

虜囚の犬

著者 櫛木 理宇

6

心霊探偵八雲 COMPLETE FILES

著者 神永 学

7/6~ 7/12 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

アクセスランキング

TOP