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特集

極限世界での物質の不思議なふるまいに挑む物理学。ダイナミックな世界観に酔いしれる名著が復刊!『数式を使わない物理学入門』

1963年に刊行され、半世紀のときを経て復刊した『数式を使わない物理学入門』。
もともとは光文社レーベル、カッパ・ブックスの一冊として刊行され、1963年の全書籍ランキングで6位に入るほどの人気を博した本です。
著者の猪木正文さんの次女、齋籐美都子さんに、編集担当がお話を伺いました。

著者の猪木正文さんはどんな人だった?


――このたび、猪木正文さんのご著書が復刊することになりました。私が、細胞生物学者で歌人の永田和宏さんと話す中で、永田さんが「自分の進路を決めた一冊」としてお話しいただいたのがきっかけです。


齋籐:思いもよらないことでとても驚きましたが、本当にうれしい出来事です。父は1967年に亡くなりましたので、もう50年以上が経ちます。本が出た当時は、私は高校生でした。


――猪木正文さんのことをぜひ聞かせてください。1911年生まれ、もともとは三重県のご出身ですよね。


齋籐:現在は伊賀市ですが、かつての名賀郡種生たなお村というところの出身です。私も行ったことがありますが、本当にのどかなところです。父は4人きょうだいの一番下で、きょうだいとは年が離れていたので、みんなから可愛がられていました。

 きょうだいたちは大人になってからも三重にいましたが、父だけが東京の大学を出て、理化学研究所に入所し、本まで出したので、家族のなかでは自慢だったようです。父の父は学校の先生と神主を掛け持ちしていましたし、きょうだいも教師でした。

 猪木というのは母方の姓なんです。猪木家はみんな医師で、今も三重県で総合病院をしています。


――学問に造詣の深いご一家ですね。猪木先生は、東京工業大学から理化学研究所に進まれました。


齋籐:理化学研究所では仁科芳雄研究室にいました。仁科先生は説明するまでもないかもしれませんが、日本の原子核物理のパイオニア的存在ですね。朝永振一郎先生や湯川秀樹先生も居られた研究室でした。

 仁科先生がお亡くなりになって研究室が閉じられることになり、どうしようかと思っていたときに、矢崎為一先生に誘われて、山梨大学に行くことになりました。


――山梨大学に行かれたのはいつくらいだったのですか。


齋籐:1951年だったと思います。ですので40歳のときですね。それまで山梨とは縁もゆかりもなかったのですが、家族で引っ越し、甲府市で暮らしていました。

 周囲を山に囲まれた緑豊かなところでした。学校の校舎の窓から、南に富士山、西に南アルプスの山々が見えたことを思い出します。

半年で29回重版という驚異的な売れ行き


――1963年に『数式を使わない物理学入門』が刊行されました。本を書かれた経緯をご存じですか。


齋籐:さあ……なんだったのでしょうか、わかりません。覚えているのは、おそらく締め切りの間際だったのだと思いますが、東京に呼ばれていって、カンヅメにされたと言っていました。当時カッパ・ブックスに「入門シリーズ」があって、その流れで物理学の入門書を父が書いたようです。


「宇宙の果てはどうなっているのか?」を説明するために、著者が用意したイラスト。本書では様々なイラストや比喩を駆使して、想像を超えた世界を伝えようとしている。


――もともと文章を書くのが得意だったのですか。


齋籐:聞いたことないですね。編集者の方が手直ししてくださったんじゃないかしら(笑)。家でも物静かで、あまりおしゃべりはしない人でした。仕事には熱心でしたよ。専門が実験物理で、宇宙線を研究していました。家では研究できませんから、大学から夜遅く帰宅することが多かったですね。


――当時、カッパ・ブックスは出版界を席巻しました。『カッパ・ブックスの時代』(河出書房新社)という本に詳しく書かれているのですが、この『数式を使わない物理学入門』も1963年の全書籍ランキングの6位に入ったそうです。また、今回の文庫化に当たって永田和宏さんが「文庫化に寄せて」を書いてくださったのですが、永田さんが持っている本は、刊行から半年後のもので、30刷とあるそうです。半年で29回も重版するというのは驚異的な売れ行きです。反響はいかがでしたか。


齋籐:それほど大げさなものではなかったと思います。ただ、野際陽子さんのラジオ番組に父が呼ばれて出演したことは覚えています。野際さんがまだNHKのアナウンサーだったころだと思います。

 あとは、新聞に本の広告が出て、田舎の父のきょうだいたちがとても喜んでいたのも覚えています。その後、父は親戚たちから「講演をして欲しい」と頼まれて三重まで行って話したのですが、帰ってきて「あんまり意味がなかったな」と笑いながら話していました。いくら数式を使わなくても、奇想天外な物理の話をされたら難しかったのでしょうね。


極限世界では、測定する人によって値が異なってしまう。そんなおかしなことが起こるのか?


――本書のあとにも次々と書籍を刊行されましたが、1967年に逝去されました。


齋籐:56歳でした。体調がすぐれずに入院し、検査をしているうちに亡くなりました。今でしたらすぐに原因がわかって治療できたのかもしれません。

 父のきょうだいはみんな長命なんです。父の姉は102歳まで生きたんじゃなかったかな。父だけが早く亡くなって、みんなとても悲しんでいました。

現代の知識も盛り込んで復刊!


――本書で猪木先生は、数式を使わずに物理学のダイナミックさを伝えています。現代の読者に届けるにあたり、物理学の進歩もありますので、筑波大学の理論物理学者である大須賀健先生に監修をお願いしました。


齋籐:父の本がこのような形で復刊されること、本当にうれしく思います。親戚にも送ろうと思います。本書を紹介してくださった永田和宏先生には本当に感謝しております。また監修してくださった大須賀健先生にもお礼をお伝えしたいです。



猪木正文『数式を使わない物理学入門 アインシュタイン以後の自然探検』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000052/


齋籐 美都子

『数式を使わない物理学入門』の著者・猪木正文さんの次女。

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