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特集

今話題の『ロウソクの科学』もラインナップ! 理系作家・池澤夏樹が薦める「科学への好奇心をそそる本」10選

ノーベル化学賞が決まった吉野彰さんが「化学に興味を持つきっかけ」として紹介したことで、『ロウソクの科学』が話題となっています。
進路選択で理系か文系か迷っている、この機会に科学に触れてみたい、そんな方のために、理系出身の作家・池澤夏樹さんにおすすめの科学書を伺いました。


池澤夏樹さん(撮影:内海裕之)


理系と文系の間で迷う若い人のための科学書の勧め

 吉野彰さんのノーベル化学賞受賞をきっかけにファラデーの『ロウソクの科学』の読者が増えたという。この20年ほど、日本人の科学者の中からノーベル賞の受賞者が続出している。その一方で国は目先の利を生まない基礎科学の教育予算を減らすと言っている。戦後の長い地道な教育・研究の努力が今の受賞に至ったことがわかっていない。
 ぼくは作家だが実は理系脱落の身。科学を職業にはできなかったけれど興味はずっと続いていた。次々に出る発見や新しい説を追いかけて本を読み、上野の国立科学博物館やワシントンD.Cのスミソニアンなど博物館に足を運び、国立天文台野辺山の電波望遠鏡や神岡のスーパーカミオカンデ、ハワイのすばる望遠鏡などを見学した。
 生まれたのは1945年だが、それから今までの科学の歩みは目覚ましい。ぼくが幼い時、ビッグバンやプレートテクトニクス、遺伝子の実体がDNAであること、などの学説はなかった。数学で言えばフェルマーの最終定理も四色問題も未解決だった。そういう話題をわくわくしながら追いかけて今に至っている。

 大学入試を前にして理系か文系かと迷った。
 誰だって20歳くらいで一生の方針を決めるのはむずかしい。文系ならば目指すは文学、できることならば創作者だから、これは自分で本を読めばなんとかなるだろうが、理系はトレーニングだ。よき教師と整った環境が要る。そう考えて某大学の理工学部物理学科に進んだ。3年はまじめに学んだのだが授業がだんだんむずかしくなる。とりわけ数学のセンスが自分には足りないとわかった。
 で、文系の道に戻ることにして、大学には行かず一人で本をたくさん読んだが、それが実って作家になれたのは40歳くらいになってから。人生というのはうねうねと長い道である。

 では、理系と文系の間で迷っている若い人のために、科学とはどういうものかがわかる本を何点か紹介しよう。吉野彰さんを研究者にするきっかけになったのは『ロウソクの科学』だった。同じような効果を期待しよう。
 何を読むか? 文学ならばまずは古典ということになるけれど、科学の古典はむしろ科学史に属する。つまりニュートンやダーウィンの著作をそのまま読んでも科学入門にはならない。最新の啓蒙書の方がずっと親切でわかりやすい。それを頭に置いて、それでも古典にも目を配って選んでみよう。

ロウソクの科学

ファラデー 角川文庫
https://www.kadokawa.co.jp/product/201202000088/


 吉野さんの縁でまずこれを挙げる。イギリスの王立研究所(ロイヤル・インスティチューション)という施設で毎年クリスマスの時期に行われる公開講義の記録。ファラデーは1927年から何回もこのこの講義をしているが、そのうちの1861年の回がこの話だった。彼は貧民の出ながら科学の研究者として、電磁気学から化学まで多くの発見を成した。科学ぜんたいの条件が整ったブレイクスルーの時期に登場した天才と言えるだろう。
 そういう人物が研究の傍ら、今で言うところのサイエンス・コミュニケーターとして若い人たちを科学の世界に導いていた。聴衆を前に実際に実験をしながら化学の原理を伝える。これも今の言葉で言えばサイエンス・カフェである。
 ロウソクは身近にあった。電灯が発明されるのはずっと先の話だ。それを材料に炎を見ながら物質というものの本質をていねいに段階を追って解いてゆく。物質を相手にするのが化学で、物体を相手にするのが物理と覚えておこう。
 ごく簡単な器具を用いた実験で化学反応の正体を明らかにし、物質が元素からなることを教える。流れの作りかたがうまいし話術も巧み。このまま再現すれば短い科学映画になるだろうし、あるいはもう YouTube あたりにあるかもしれない。

めんそーれ!化学 おばあと学んだ理科授業

盛口満  岩波ジュニア新書
https://www.iwanami.co.jp/book/b427331.html

 今、ファラデーとまったく同じことをしている人の報告。場所は19世紀のロンドンではなくてたった今の沖縄。講義の聞き手は一般の若い人たちではなくて戦争をくぐり抜けたおばあたち。戦争と戦後の混乱で初等教育を受けられなかったから、教科書の知識はなくとも世間知がたっぷりある。
 (「めんそーれ」は沖縄語で「いらっしゃい」の意。)
 ある回にはファラデーと同じようにロウソクを使う。まずは蜜蝋を溶かして小さなアルミカップに流し込んでロウソクを作る。芯がなければ火は点かないことを確認。次に普通のロウソクを砕いて試験管に5センチくらいまで入れ(必ず屋外で)、カセットコンロの火で熱する。ロウは溶けてやがて沸騰する。それを裏返しに置いたクッキー缶の蓋に一気にあける。すると「ひっくり返された中身は、白いけむり状となって広がったかと思うと同時に、ぼわんと自然に火がつく」。派手で楽しい実験。
 この本が愉快なのは、ロンドンと違って受講生の方が賑やかなこと。理科の勉強の途中からいくらでも話が逸れる。砂の話をして、沖縄の白い砂と対照するために千葉県の砂を見せる。もとは白かった砂が汚れて黒くなったのかという声が上がる。【55】「こんな黒い砂の上で海水浴をするんですか?」とか、千葉の砂は評判が悪い。沖縄の砂は珊瑚礁が砕けたものだから白いけれども、千葉の砂は山の岩石が砕けたものだから黒っぽい。更には砂鉄も混じっている。すると、「本土には、鉄くずが多いんですか?」という問いが飛来して、砂鉄が天然自然のものであることを説明する。「鉄の暴風」とまで言われた沖縄戦の後、残された砲弾などの鉄くずは沖縄の資源だった。
 科学は身辺から始まる。

旅人 ある物理学者の回想

湯川秀樹 角川ソフィア文庫
https://www.kadokawa.co.jp/product/201008000371/


 理系と文系の間で迷っている若い人に最もふさわしい本。
 というのもこの人が迷いつつ最後に物理学を選ぶに至る道がゆっくりと丁寧に書いてあるからだ。彼は日本で初めてのノーベル賞の受賞者であり、敗戦で落ち込んでいた日本人にとってそれは大きな励みだった。しかし結果がすべてではない。大事なのはそこに至る過程であって、若いというのはその出発点に立つことだから。若い彼は自分が何に向いているか探りながら歩んだ。
 学者の家系である。父は先駆的な地質学者。後に振り返ってみれば兄の一人、貝塚茂樹は中国古代史の泰斗、弟の小川環樹は中国文学者。秀樹の最初の勉強は祖父による漢文の素読だった。こういう家庭環境に生まれた秀樹が文系と理系の間で迷ったのもよくわかる。
 篤実な人柄がよくわかる上等の自伝で、学校生活とか、結婚の事情、日々の習慣などを書く筆が誠実で気持ちがいい。初めから理系一途ではなかったが、「等差級数の和を求める公式は、中学校で代数を習った人なら、誰でも知っている。が、私はたれからもそれを教わったわけではない……その公式を適用するのと同じ操作を、私は私流にやっていた」【100】というエピソードはたしかガロアの伝記(『ガロアの生涯──神々の愛でし人』著者はL.インフェルト)にもあった。1から50までの数の総和を求めるのに1+50に25を掛けるというあのやりかた。してみると湯川秀樹はやはり理科アタマだったのか。
 彼は理論物理学の最前線をさまよい、1934年に原子核をまとめる力は中間子と呼ぶべき粒子にあると考えて論文を発表した。これが戦後になってノーベル賞を受ける。
「理論物理学という学問は、簡単にいえば、私たちが生きているこの世界の、根本に潜んでいるものを探そうとする学問である。本来は、哲学に近い学問だ」【49】という言葉が新鮮に響くのは、最近の賞が実利的な成果に与えられることが多いからかもしれない。
 * これを読んだ後は朝永振一郎の『鏡のなかの世界』などがお勧め。

ワンダフル・ライフ バージェス頁岩と生物進化の物語

スティーヴン・ジェイ・グールド ハヤカワ文庫NF
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/90236.html

 この何十年か、生物学には派手な話題が多い。その一つは遺伝の仕組みだが、ここでは進化学の方を見よう。ダーウィンの進化論が化石など古生物学の発見に後押しされてみるみる変貌を遂げた。ドラマティックでダイナミックなその動きの最適な事例を書いたのが『ワンダフル・ライフ』である。
 生命は38億年ほど前に誕生して、しかし地味に暮らしていた。それが今から5億7千万年ほど前にいきなり爆発的に種の数を増やした。これを「カンブリア紀の爆発」と呼ぶ。カナダ西部のバージェス山の中腹の頁岩という(本のページが重なったような層状の)岩の中にとんでもない形の動物の化石が折り重なって出てきた。あまりに奇怪なので絵に描いても誰も信じないほど。アノマロカリスとかハルキゲニアとかピカイアとか。これらの動物の出現をきっかけにさまざまな説が立てられた。大きく分けて断続的進化論と漸進的進化論。前者を代表する論客がこの本の著者であるスティーヴン・ジェイ・グールドで、後者の代表がリチャード・ドーキンス。
 グールドはともかくおしゃべりで才筆で、だからこの本は文庫で600ページにもなったのだが途中で止めるのは不可能。次々に話題を繰り出して、ものすごく広い範囲から漫画などの引用を連ねて、しかし本筋から外れることはなく、先へ先へと読ませる。
 * これを読んだ後では『眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く』(パーカー 草思社)がお勧め。なぜカンブリア紀にいきなりたくさんの動物が出てきたか、目の覚めるような鮮やかな説明をしてくれる。
 更には『ドーキンスvs.グールド 適応へのサバイバルゲーム』(キム・ステルレルニー ちくま学芸文庫)も。

星界の報告 他一篇

ガリレオ・ガリレイ 岩波文庫
https://www.iwanami.co.jp/book/b247000.html

 本当の古典である。啓蒙書ではなく観測とその結果の解釈をそのまま書いた論文のような本。
 17世紀の初め、イタリア人のガリレオ・ガリレイは自分で製作した望遠鏡で月と木星と恒星を観測した。その結果を緻密にメモし、自分が見たものの実体が何であるかを推理した。月の表面はざらついている。太陽の光が当たる角度によってさまざまな現象が起こるが、これを説明するには月にも山や窪地があると考えるしかない。それまでのキリスト教の宇宙観では星の世界は完璧であるはずで、月も滑らかな球体と思われていた。つまりガリレオは地上と天界が同じように物質から成っていること、つまり連続であることを発見した。コペルニクスの地動説を補強し、続くニュートンの万有引力の発見の準備をしたと言えるだろう。
 『星界の報告』は文庫本で本文が80ページほど。手書きの図も多く、論旨を追うのはむずかしくない。
 * 現代の望遠鏡の実力を知るには海部宣男著『カラー版 すばる望遠鏡の宇宙 ハワイからの挑戦』(岩波新書)がお勧め。観測のための望遠鏡を自分で作ったという点で海部さんとガリレオは似ている。

以下は科学への更なる好奇心をそそるための参考リスト

新訳 ビーグル号航海記 上・下
ダーウィン 平凡社
https://www.heibonsha.co.jp/book/b159181.html
 
素数の音楽
マーカス・デュ・ソートイ 新潮文庫
https://www.shinchosha.co.jp/book/218421/

日本人はどこから来たのか?
海部陽介 文春文庫
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167912321

ファーブル昆虫記(全6巻)
集英社文庫
http://fabre.shueisha.co.jp/

理不尽な進化 遺伝子と運のあいだ
吉川浩満 朝日出版社
https://www.asahipress.com/rifujin_web/

二重らせん
ジェームス・D・ワトソン 講談社文庫
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000159902


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