『欺す衆生』(新潮社)で第10回山田風太郎賞を受賞された月村了衛さんに、
山田風太郎作品をオススメしていただきました。
「初めて読む山田風太郎5作品」というお題を頂戴した。今回は忍法帖に限らず風太郎作品全般から、というご依頼である。
ということで、忍法帖は一本に絞り、できる限り傾向の異なるジャンルから選択してご紹介したい。
1.『柳生忍法帖』
まず忍法帖からはこれ。忍法帖真の代表作と言えば『魔界転生』であるのは衆目の一致するところ。風太郎先生も自らの代表作として挙げておられるくらいである。
しかし『魔界転生』は、実は忍法帖としては最大の異色作でもある。なにしろ出てくる忍法が森宗意軒の使う「魔界転生」一つだけなのだ。それ以外は、天草四郎が使う風太郎汎用忍法の「髪切丸」くらい。しかも忍者の忍法対決ではなくて、宮本武蔵以下、日本最強剣豪オールスターズ対柳生十兵衛の剣法対決なのである。
七人衆対七人衆のような、敵味方忍者同数対決が忍法帖の基本フォーマットであるので、ここでは涙を呑んで外すことにする。
では何を選ぶかというと、素直に忍法帖第一作『甲賀忍法帖』を挙げればよいところなのだが、他作品に触れた後では、オーソドックスに過ぎるような気がして(私には)どうしても物足りない。まったく贅沢な言い草である。
そこで『柳生忍法帖』だ。これとても忍法帖としては『魔界転生』と同様の理由でフォーマットから外れてくるのだが、やはり全体のスケール感と、忍法帖最大のヒーロー柳生十兵衛初登場というポイントを考慮して強くお勧めしたい。
https://www.kadokawa.co.jp/product/201008000050/
2.『警視庁草紙』
忍法帖と並ぶ、山田風太郎の開拓した一大ジャンル「明治もの」。その中で最高作というとまず『警視庁草紙』を措いて他はあるまい。明治ものの最初の長篇でもある。
筆者が高校生の頃、文春文庫で文庫化されたのも僥倖だった。史実と虚構、実在の人物と架空の人物とが入り乱れ、波瀾万丈の物語空間を現出させる。のちに筆者を含む多くの作家が踏襲した手法を生み出したのだ。
奇想天外な物語を綴りながら、あくまで史実に沿うことを原則とし、歴史を変えることは決してない。忍法帖の場合と同じく、ここで大風太郎の生み出したルールもまた後世において基本の作法となっていく。
https://www.kadokawa.co.jp/product/201002000110/
3.『戦中派不戦日記』
角川文庫の忍法帖シリーズで山田風太郎に目覚めた少年にとって、『戦中派不戦日記』は幻の書であった。それが昭和六〇年、講談社文庫から再刊された。書庫から引っ張り出してきて今見ると、活字の小ささに驚くというか、隔世の感がある。
ともかく本書は、青年山田風太郎の内省的、冷笑的、そして虚無的内面を知る上で必読の書であり、昭和二十年という時代を活写した比類なき記録文学として、歴史的評価も定着している。
https://www.kadokawa.co.jp/product/201002000111/
4.『妖説太閤記』
これまた風太郎先生自ら代表作の一本と自負しておられる傑作。私が所有しているのは旧装幀の講談社文庫版(昭和五三年発行)で、当時の講談社文庫はとにかく紙質がよかった。ゆえに今でも黄ばみは少なく、それだけでとても嬉しい。本稿執筆真っ最中の私は、蠟燭片手に深夜の書庫を漁っては奇声を上げている人になっていて、我ながら怪しいにも程がある。
唐突に素に戻ってしまったが、「妖説」と謳いながら本書は実に真っ当な太閤記であるというのが当時の私の印象だった。それは今も変わっていないが、少年期から臨終の時まで、人生という時間の流れを大いなる無常感とともに表現している。それが小説というものの醍醐味であるということを本書から学んだ。
賢明なる読者はすでにお察しのことと思うが、書庫を渉猟する際、私は蠟燭を使っていない。その部分のみ些か盛ってしまったことを取り急ぎお詫びしたい。
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5.『おんな牢秘抄』
最後は作者自薦の『妖異金瓶梅』にしようかとも思ったが、風太郎先生の臍曲がりぶりに倣ってこちらを採る。質的にはもちろん『妖異金瓶梅』と双璧をなす完成度。
『妖異金瓶梅』の猟奇テイストも捨て難いが、こちらの人情味や浪漫の爽快さを私は愛する。
内容は今で言う「連作短篇」の時代ミステリで、小伝馬町のおんな牢に潜入した主人公が、虐げられた女囚達に絡む事件の謎を解いていくというもの。
最後にすべての作がつながっていくという構成が素晴らしく現代的だ。大風太郎の早すぎる発想、天才性に瞠目されたい。
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月村了衛(つきむら・りょうえ)
1963年大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。2010年に『機龍警察』でデビュー。12年に『機龍警察 自爆条項』で第33 回日本SF大賞、13年に『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、15年に『コルト M1851 残月』で第17回大藪春彦賞、『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞、19年『欺す衆生』で第10回山田風太郎賞を受賞。
▶▶「小説 野性時代」2019年12月号では、
第10回山田風太郎賞の選評&月村さんによる受賞記念エッセイをお楽しみいただけます。
こちらで、「偏愛する忍法帖」作品が挙げられています。