【カドブンレビュー×カドフェス最強決定戦2017】
マイケル=ファラデーは1791年、ロンドンの貧しい鍛冶屋の次男として生まれ、学校にかよう年頃には製本屋で働くようになります。正式に学校で教育を受ける機会はありませんでした。
しかし、製本屋の主人の理解や兄の厚意、当時名を馳せていた化学者との出会いがファラデーの運命を変えます。苦労の末に彼は独学で科学を極め、現代の科学技術の基礎となる理論を発見するのです。
物理の教科書では電磁誘導、化学では電気分解の法則にその名を見ることができます。
1861年末のクリスマス休暇に、ロンドンの王立研究所でファラデーによって行われた連続6回の講演。
ロンドンのあらゆる階層の子供たちが集まったというこの講演の記録者は、タリウムの発見や陰極線の研究に業績を残したウィリアム=クルックス。
彼と聴衆がどんなに感動に満ちてファラデーのことばに耳をかたむけ、実験に見入ったことか。クルックスが巻頭に寄せた序文からは、150年以上を経た今も当時の熱気が伝わってくるようです。
「この宇宙をまんべんなく支配するもろもろの法則のうちで、ロウソクが見せてくれる現象にかかわりをもたないものは一つもないといってよいくらいです。」
そのことばどおり、講演は一本のロウソクの物語によってはじまります。
第一講では、ロウソクの原料や構造から、炎が静かに燃え続けるしくみを。第二講では、炎の明るさ、燃焼に必要な空気の存在、燃焼の結果生成される水について。さらに第三講、第四講と、つぎつぎにロウソクを用いた実験をおこない、燃焼のしくみを解説しながら第五講で二酸化炭素の存在を示し、第六講でついにロウソクの燃焼と人間の呼吸のあいだにある類似を証明して見せるのです。
燃焼とは、物質が酸素と化合して光や熱を出す現象である。
現代ではだれもが身につけている知識ですが、燃焼の原理を理解するまでに、ファラデーを含めた多くの科学者たちがどれほど実験と観察を積み重ねたことでしょう。
また、今日わたしたちが酸化や還元ということばでなにげなく片付けている科学反応を、ファラデーはロウソクをはじめとしたそれぞれの物質の“身の上話”と表現しています。
酸素や窒素、炭素など、この世界に満ちるあらゆる物質のもたらす変化やふるまいに壮大な物語を見出し、日々自然が語ることばに耳をかたむけてきた科学者らしい、ロマンチックな表現です。
科学とは本来、そんなふうに自然を理解するための方法だったのではないでしょうか。
1861年のクリスマスに灯された一本のロウソクは燃えつき、6回にわたる講演が幕を閉じたあとに、ファラデーのことばが残りました。講演の記録は当時の内容そのままに、現在も世界各国で読み継がれています。
それが『ロウソクの科学』。ファラデーから後世に生きるすべてのひとへ贈られた科学のともし火、大いなる遺産です。