加藤文元さんの著書『宇宙と宇宙をつなぐ数学』の刊行を記念したトークイベント。お話の後、質疑応答を行いました。質問のある方は用紙に記入し、それを司会者が読み上げ、加藤さんが答えました。思いがけない専門的な質問も出るなど、来場者の意識の高さを感じさせました!
>>【前編】IUT理論が生まれたセミナーのマル秘ノートを公開!
――(司会者、以下略) 最初の質問です。「この本に対する望月先生の感想は聞きましたか」という質問をいただきました。
加藤:はい、聞きました。「いい本を書いてくれてありがとう」と言われましたし、この本が売れたことについても「よかった、よかった」と、とても喜んでいましたね。この本では彼が書いてくれた「刊行によせて」も収録しています。
―― 次の質問です。「望月先生はブログで、英語では表現しにくい、日本語のほうが伝えやすいことが書かれていました。これはどういう意味でしょうか」というものです。望月先生は海外で長く暮らしていたので英語には不自由されていないとも紹介されていましたよね。
加藤:うーん……これはすごく深い話だと思います。望月さんは、英語と日本語は根本的に違っていて、日本人はやはり英語で話すことの本当の意味はわからないし、またその逆も真なりというようなことをよく言っていたように思います。望月さんは英語はネイティブのような方ですが、それでもそういったことが生じているのですね。私には具体的にはよくわからないのですが……あまり答えにならず申し訳ありません。
ただ望月さんはいろいろな壁を気にする方で、言葉の壁もそうですが、数学の中の壁、心の壁、ときには心壁論など、いろいろな壁のことを言っていました。
―― 続いての質問です。「IUT理論を学ぶのに前提となる知識を勉強するとしたら、何年くらいの計画になりますでしょうか」。
加藤:これはわかりません。人それぞれだとは思いますが、どんなにがんばっても2、3年はかかるのではないかと思います。かなりいろいろなことを勉強しなければいけないと思います。
―― 次の質問です。「望月先生と仲良くなったきっかけは何ですか」。
加藤:本の中にも書いたのですが、初めて会ったのは、パリの研究集会です。1997年の5月くらいだったと思います。私はそのとき、4月から7月までパリにいて、望月さんもほぼ同じ時期にパリのポアンカレ研究所にいました。当時、私は駆け出しの研究者。学位をとったのがその年の1月の終わりで、翌2月から九州大学の助手になったところでした。
望月さんとは最初からすぐに打ち解けたという感じでもなかったような気がしますが、それから少しずつ研究集会などで話をするようになりました。私の研究集会に来ていただいたこともありましたね。
忘れられないのは伊丹空港のラウンジで、彼の生い立ちの話から数学に対する彼の気持ちなど、いろいろなことを話したときのことです。会ってからもう数年たっていましたが、そういう意味では親友といえたのではないかな、と思います。
―― 次はかなり専門的で私にはよくわからないのですが読みます。「黒川信重先生が書籍『ABC予想入門』(PHPサイエンス・ワールド新書)で、IUT理論とF1との関係について書かれていますが、フロベニオイドがF1に相当するのでしょうか。互換からフロべニウス+モノイドなので、これがF1のようにも思います。では、フロベニオイドはどのような役割を果たしているのでしょうか」。
加藤:なかなか専門的なことまでよく理解されて質問されている方ですね。F1との、つまり黒川先生たちがやってらっしゃる絶対数学と、このIUT理論の関係というのは一筋縄ではいかないと思います。
何かが、F1の類似というものがどこかにあって、そこをF1だと思って絶対数学の見方をすれば見やすくなるのかというと、決して僕はそうではないと思います。おそらく、絶対数学とIUT理論は、違う理論だという印象を私は持っています。
実はこの問題に関して、つい最近、望月さんとメールのやり取りをしました。そこで望月さんも、やはりF1の類似そのものがあるわけではないということをはっきりと明言されています。もちろん、F1らしきものはあるんですね。例えば、彼が言う「コア的」な対象というのがそれなのですが、1対1対応があるわけではないんですね。
なかなか一筋縄ではいかないというか、曰く言い難いところがありますが、私はそれほど強い関係があるようにはちょっと思いません。ですので、関係がないといったらいいすぎかもしれませんが、別物なのではないかという印象を持っています。
―― 次の質問です。「ABC予想が解けたかどうかにかかわらず、IUT理論には価値があるということで、そういうものかと感心しました。一方で、弱いABC予想からは「フェルマーの最終定理」を示せないが、強いABC予想からはフェルマーの最終定理が解ける、とありました。一数学ファンとしては、いつの日か、『強いABC予想が解決したからフェルマーの最終定理が示せるんだ!』と言いながらお酒を飲んでみたいです」。
加藤:私もそういうお酒を飲みたいです。今のご質問は、「強いABCの展望は?」ということでよろしいでしょうか。それについてはわかりません。それはまったくわからないです。強いABCというのは、要するに1乗ではダメなところを2乗だったら大丈夫だというものなのですが、それはまだなんとも……まだうまくいかないのではないでしょうか。もうひとがんばりしないといけないという感じがします。ですから、強いABC予想が解決するのは、たとえば来年とか再来年とかではなくて、来世紀かもしれません。そこはなんとも言えないですね。
―― 次です。「加藤先生が数学の問題に取り組む中での得意なアプローチ、技はありますか」
加藤:私、計算が好きなんですよ。自分ではあまり計算しないほうだと思いますが、計算したくなるときがあります。そういうときは計算します。計算は黙々とやりますから、無心になれるというか。おもしろいし、楽しいんですよね。ゆっくり計算すると間違うリスクも少ないので、噛み締めながら計算するのが好きですね。それが私の得意なアプローチかな、と思います。
ただ計算できるという状況まで持っていくのがなかなか大変です。だから計算するネタがないときは大学の積分の計算などをしています。すごく楽しいです。
―― 続いての質問です。「2012年のIUT理論の発表以降、加藤先生と望月先生はどんな議論をされていたのでしょうか」。
加藤:2012年に望月さんが論文を発表したとき、僕は熊本にいました。そのころ、彼とは何年か、ほぼ没交渉の状態でした。2012年の9月に、熊本大学でIUTのサーベイレクチャーをしたので、そのときにはメールのやり取りはしたと思います。それから、熊本大学に彼を呼んだこともあって、電話を何度かした記憶がありますね。そのくらいでした。
議論が再開したのは、やはり「マスパワー2017」のおかげです。川上量生さんからほぼ命令みたいな感じで「やってね」ということでしたので、これは大変なことになったと思って、望月さんとそこからいろいろ相談を始めました。
今はだいたい月に1回くらいのペースで、スカイプで話しています。だいたい、いつも土曜日の夜です。家のちゃぶ台のところに座りながらスカイプをしています。私はすでにもう飲んでいることも多くて、「なんか、顔が赤いですよ」とよく言われます。そんな感じで議論をしています。
―― 続いて。「IUT理論によって暗号論は変わりますか。暗号理論は変わりますか」。
加藤:わかりません。ですが、変わるかもしれません。というのは、僕自身、情報科学の分野などにもし応用されたらすごいと思っているのです。二つの数学の舞台を設定し、その間でどういう通信ができて、どういう通信ができないか、ということを形式的に決めておいて、その決めごとの中でどのくらいのことができるのか、ということをIUTは行います。ですからある意味、非常に情報理論っぽいとも思うのです。
実は、純粋数学という側面もありつつ、そういった情報数学というか、情報学と関係する可能性があるのではないかと、僕は直観的に思います。理屈で何か知っているというわけではないのですが。
―― 続いての質問です。「望月先生とのセミナーではどのようなやり取りをしながら議論を進めていくのですか。何か特徴などあったら知りたいです。それと、望月先生と加藤先生、数学的視点や思考方法などに差はありますか」。
加藤:本当に普通に会話をします。基本的には望月さんがずっとしゃべる。私はそれを聞く。わからないことがあったら質問する。で、最後に感想を述べる。そういう感じですね。ですから特別なことはないですね。
―― 同じ方からの質問です。「望月先生と加藤先生、数学的視点や思考方法などに差はありますか」。
加藤:数学的視点の差はものすごくあると思います。彼は既成の数学や数学はこうあるべきだ、ということにまったくとらわれずに、どんどん新しいことをやれる人です。口では言うのは簡単ですが、なかなかできるものではありません。私もそうしたいと思いつつも、できないところも多いです。
望月さんは非常に大胆不敵です。既存の数学でうまくいかなくても、「だったら新しい数学作ればいいじゃないか」と、すごく前向きなところもある。数学的視点という意味でも、人間的にもだいぶ、私はかなり彼から学ばせていただきました。
私は2007年以降、数学の啓蒙書をいろいろ書かせていただきました。最初は2007年9月刊の『数学する精神』(中公新書)です。そのころ、すでに望月さんとセミナーをして久しかった。望月さんとの交流が私に影響を与えていたことは、今あの本を見返しても間違いないですね。
数学に「これが数学だ」というような、決まりきったものは何もないんだという視点は、望月さんとのセミナーで培われたと思います。もしかしたら全然違う数学が、あと何十年かの間に始まるかもしれないと書いたのですが、それはまさに望月さんが今やっていることの完成する日が間近だろう、という期待を込めました。そういう意味でも私は非常に影響を受けたなと思っています。
―― 次の質問です。「IUT理論とリジッド幾何学は関係ありますか」。
加藤:これまた微妙な質問ですね。私はリジッド幾何学を専門にしています。リジッド幾何学というのは、実数や複素数などではない、p進数体などのいわゆる非アルキメデス体の上で行う解析幾何学のことです。IUT理論とリジッド幾何学。関係ないわけではないです。ただ、IUT理論を含め、いわゆる整数論の問題っていうのは大域体上の問題でありますが、リジッド幾何学っていうのは局所体上の問題なんですね。局所体上の話なので、解析が使えます。そういう意味では関係ないとは言えませんが、たとえばがっぷり四つで、どちらかがどちらかを含んでいる、などという関係ではないんですよね。えーと、このくらいにしておきましょうか。
―― はい、そうします。次です。「たし算がかけ算より難しい理由はなんですか」。
加藤:自然数全体の集合というのは、かけ算に関しては無限個のベースを持っています。整数を生成するベースは素数です。素数は無限個あって、すべての整数というのは有限個の素数のべき乗の積で、一意的に記述できるわけですね。素因数分解です。素因数分解を見れば、整数の特徴というのがバリエーション豊かに表れてくるわけです。そういう意味で、かけ算構造というのは非常に豊かな構造なんですね。要するに、無限個のベースがあって、無限個の色を持っていると思ったらよいのではないでしょうか。スペクトラムが無限個あるということなのです。
一方で、たし算構造というのはベースが1個しかありません。1というのが唯一のベースで、すべての自然数が1から生成されます。すべてがモノトーンな世界です。
かけ算で見ると無限個のグラデーションがあったのが、たし算で見るとモノトーンになってしまっている――ここがやはり大きな問題なのではないかと思います。たし算の構造を考えた瞬間に、それまであった豊かな違いというのが、みんなわからなくなってしまう。雲散霧消してしまう。そこがむずかしいのではないでしょうか。
―― 続いて。「望月さんは自分の理論を作ったときにどう思ったのか、話していたら教えてください」。
加藤:彼は自分の理論に対して常にポジティブであり続けていましたが、これは大切なことだったと思います。つまり、自分の理論はすごく自然だという確信をずっと持ち続けていたということです。その確信を強固なものにするために我々はセミナーを行っていたと思うのです。
ですから私も、これは自然だなと思ったときは「本当にこれは素晴らしいです。ビューティフルです」というふうに言っていました。あまり否定的な言い方を我々はしませんでしたね。彼も「こんなことやってもダメなんだけどな」というようなことは一回も言わなかったと思います。
―― 続いての質問です。「今後、どのように世界の数学者の理解を得るように活動されるのでしょうか」。
加藤:むずかしい問題ですね。たとえば、この本『宇宙と宇宙をつなぐ数学』を出したということもその活動の一つではないでしょうか。この本は数学の専門的な本ではないですし、IUT理論が査読を通るために何か資するものであるという認識はまったくありません。ですが、IUT理論がいかに自然なものであるかを現代の数学の時流の中で、ある程度、位置付けることができるものであると思っています。単に宇宙から来たものではないんだということを、プロの数学者に対してもメッセージとして発することができるのではないかと思っています。
それ以外にももちろん、いろいろな活動をしていかなくてはなりません。たとえば2020年度、京都でIUTに関する研究集会も予定されています。
―― 次の質問です。「ヒルベルトとボエボドスキーなど、優れた数学者が根源的な数学の方法について考えるのは、興味の対象が数学的対象からそれを行う人間の側に移ったときという気がしたのですが、無限積について望月先生の考察も何か関係することがあるでしょうか」。
加藤:確かに極限を理解するために人間の直観を理解したいというのは望月さんらしいと感じます。彼はやはり、数学のやり方として「何が最も自然な考え方なのか」「自然だからこそ正しいのではないか」という考え方を非常に強く打ち出してきた人だと思います。
望月さんは、人間が自然言語を扱うことによって起こるさまざまな曖昧さを超えて、100%コンプリートな言語を作ることができるはずだという、非常に強い信念を持っています。今も持っているかわかりませんが、そういうところから心壁論などもでてきているのではないでしょうか。
望月さんもときどき、ボエボドスキー(1966年生まれのロシア出身の数学者。代数的サイクルに関する業績で2002年フィールズ賞を受賞。2017年死去)の話をしますし、ボエボドスキーにはかなり共感していたのではないかと思います。その点からも、望月さんが、自分のやっている数学を人間という視点で見ていたということは間違いないですね。自分が一体どういうふうに思考して、どういうふうに考えるから自然なのだろうか、という。
何か関係があるのかと言われると、ちょっと言いづらいのですが。こんなところでよろしいでしょうか。
―― 次の質問です。「数学をやっていて良かったことは何ですか」。
加藤:一般論的な質問ありがとうございます。いろいろな人と知り合うことができたことはよかったと思います。
望月さんはやはり天才だと僕は思うのですが、数学をやっていなかったらおそらく知り合えなかっただろうと思います。
数学の世界は広くて狭いです。世界中に多くの数学者がいるといっても、おそらく数千人のオーダーだと思います。その中で代数の中の、たとえば僕でしたら代数的数論幾何とか、数論的代数幾何とか、リジッド幾何関係の部類の数学というと、世界で100人くらいのソサイエティになります。そうなるとすぐに世界一の人とアクセスができるようになるわけです。
つまり、本来はものすごく雲の上の人であっても、すぐそこにアンドリュー・ワイルズ(「フェルマーの最終定理」を証明したイギリスの数学者)がいるということになるんです。しかもそういった人たちと幸運にも共同研究ができたりします。たとえば私は、オーファ・ガバーという人と一緒に論文を書いたことがありますが、彼はもう本当に人間ではないな、サイボーグだな、と思うほどです。
いろんな人と知り合えて、自分の数学の幅を広げることができたというのはとても良かったと思います。
皆さんも、数学者になる必要があるかといえば必ずしもそうではないと思いますが、数学をやっていれば何かいいことが必ずあると僕は思います。
―― それでは最後の質問です。「望月先生とのセミナーを続ける中で、加藤先生自身、これならばうまくいきそうだと思った瞬間はいつなのでしょうか」。
加藤:むずかしい質問ですね。基本的に僕はずっと、これならばうまくいくと思っていました。望月さんもずっとそう思っていたと思います。そして実際、うまくいったのだと思います。ですから、いつかといえば、「最初からだった」というのが答えになると思います。
その中での特別な瞬間はやはり、IUT極限の概念は回避できることを発見した瞬間です。彼にとっては非常に重要な発見で、その瞬間は特にそう思いました。
―― 先生、今日はありがとうございました。ご来場いただいた皆さまも本当にありがとうございます。
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