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特集

祝!八重洲本大賞受賞! 「未来から来た論文」の面白さに触れられる『宇宙と宇宙をつなぐ数学』 加藤文元さんイベントレポート

 今春刊行された加藤文元さんの書籍宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃は、「難解な理論の独創性に触れられた!」「数学は得意ではなかったけど、理論の斬新さに感動した!」と、刊行当初から大きな話題を呼び、版を重ねています。
 刊行を記念して、東京・神保町の書泉グランデにて加藤先生によるトークイベントが行われました。本記事はそのダイジェストです。
 イベントは当初予定していた席が早々に満席となり、追加の席を設けるほどの盛況ぶり。小学校5年生から年配の方まで、まったく新しい数学の概念に少しでも触れようと、熱気あふれるひと時となりました。イベントの様子をぜひ本記事でも楽しみください!
 なお本書は、10月25日発表された第3回八重洲本大賞にて、大賞を受賞しました。


「IUT(宇宙際タイヒミュラー)理論」は、京都大学の望月新一教授が2012年に自身のホームページに発表した理論です。整数論の非常に重要でむずかしい予想問題である「ABC予想」の解決をも含むとされており、「未来から来た論文」と称されるなど、数学界に衝撃を与えました。

 発表から7年を経た今も、専門雑誌にアクセプトされておらず、数学界はこの理論を受け入れたことにはなっていません。その理由の一つが、「抽象概念が恐ろしく複雑に絡まりあっているため、人間業ではチェックすることは到底困難である」というものです。

 しかし、本書『宇宙と宇宙をつなぐ数学』の著者、加藤文元さんは、IUT理論の考え方が「自然な考え方」に根差しており、理論の斬新さと独創性は一般の読者でも十分理解できる、といいます。加藤さんは、IUT理論提唱者である望月教授と二人で定期的にセミナーを行ってきた数学者でもあります。

なぜ『宇宙と宇宙をつなぐ数学』を書くことになった?

加藤:はじめまして、加藤です。今日はお越しくださり、ありがとうございます。
 まず最初に、この本を書いたいきさつを少しお話ししたいと思います。きっかけは、「マスパワー2017」というイベントで数学の講演を頼まれたことでした。依頼したのはドワンゴの川上量生さんです。その前の年、2016年に私は、日本評論社から刊行した『天に向かって続く数』という本について少し講義をさせていただきました。
 その後、2017年5月くらいだったと思うのですが、川上さんと恵比寿で飯を食っているときに、「今度のマスパワーは、IUTをやりましょう」と言われたのです。私は即座に「いや無理です」とお断りしたのですが、「いや、やりましょう」「いや、無理です」とそういうやりとりがありまして、なんだかんだと言っているうちに、お酒も飲んでいたものですから、思わず「わかりました。ちょっと考えておきましょうか」とお返事していました。その2週間後にはドワンゴの会議室で、講演の打ち合わせが始まっていたのでした。

 講演にあたって、株式会社UEIの清水亮さんという方とも打ち合わせを重ねました。清水さんはとてもおもしろい方で、「数学なんか全然わかんない。本当に噛み砕いてもらわないと理解するのは絶対ムリ」とおっしゃる。私は講演で映そうと思うスライドを作って彼に見せるのですが、何度も突き返されました。そのやり取りでかなりブラッシュアップされたと思います。たとえば本の中にも出てきますが、現実の世界とドラマの中の世界の女優さんの比喩などは、清水さんのアイディアです。

 そしてマスパワーの私の講演は十何万人という方に観ていただきました。わかりやすかった、というお声を多くいただいたのも、清水さんや川上さんとのやり取りが大きかったと思っています。

 それを本にしようと言ってきたのが、またも川上さんでした。その3か月後には編集の第1回会議が始まっていました。本書の成立の過程で、川上量生さんと清水亮さんにたいへんお世話になったことを伝えたいと思います。

IUT理論が生まれたセミナーのマル秘ノートを公開!


 さて、今日お集りの皆さんに何を話したらいいのか考えたのですが、皆さんが一番聞きたくて私も話したいのは、やはり数学の中身に関わるところでしょうか。プラス、僕と望月さんの友情物語といいますか、過去のできごと、今日はそういったことをお話ししようと思います。

 今日は私が望月さんとのセミナーで使っていたノートの一部をお持ちしましたのでお見せしたいと思います。最初の日付は2005年の7月12日。この日がセミナーのスタートでした。

 この写真は、2005年8月5日のものです。何を書いているかわからないかと思いますが、実は、けっこう大事なことを書いています。
 logボリュームの、何かよくわかんない記号が書いてあって、それイコール、そのlogボリュームの前に何か大きな数がかかっています。1+2+・・・nをnで割ったというようなものが書いてあり、それにlogボリュームをかけたものがまた同じになっています。


 これは、なにか数をかけても同じだということです。こういうことはもちろん普通は起こらないのですが、なにか数がかかってワンサイクル通った後も同じようなものであり続けるということが証明できるのです。例えばn倍しても同じようなものだ、ということが証明できるのであれば、この量が小さいということを意味しているわけです。
 このlogボリュームというのが小さい、ということを証明することが「ABC予想」のためにすごく重要なポイントなのですね。それがすでに2005年8月、セミナーを初めて1か月ほどの段階で表れていました。

 n倍しても同じ、ということを証明するにはどうしたらいいでしょうか。ここには、logボリュームの中身の無限大乗があれば、それにもう一回かけ算をしても同じだろう、と書かれています。そういう奇想天外なことを望月さんは考え始めていたことになります。


数に外科手術を行う?

 少し進みまして、たとえばこのあたりは少しおもしろいんです。2006年の5月29日。「ABC予想のアウトラインの復習」「証明のアウトラインの復習」と書いてあります。

「マルNF」と書いてあるのは、「ナンバーフィールド」といって、数体というものです。たとえば有理数体などもNFなのですが、それに対し、「外科手術を行う」と書いています。数学なのに「外科手術」です。その先には「閉胸的」とあり、開いた胸を閉じる、という言葉が出てきます。

 さらに「たし算とかけ算、分離して考えないといけない」とあります。本の中でも説明しましたが、たし算とかけ算が一蓮托生になっている状態を一度解消して、外科手術のような激しいことをして、そしていろいろ操作を行い、ワンサイクルして、また元に戻すということを無限回繰り返して、極限をとって、それでいこう――そういう考え方を記しています。

 さらに先の方にいきますと、ここ「GP≦DP」といった不等式が書いてあります。これはABC予想の不等式です。つまり実はこのB5版1判でABC予想の証明ができる、というそういうものなんです。

2006年10月16日もごらんください。

 この日、望月さんがなにをしたかというと、「この6年間の研究を振り返る」という面白いセミナーをしてくれました。
 赤く点々で囲った、SCHHAと書かれたものがあります。これは「スキーム論的ホッジ-アラケロフセオリー」という理論なのですが、そもそも彼のABC予想の証明の出発点というのは、彼が作り上げた「ホッジ-アラケロフ理論」です。その理論をうまく使うと、「数論的小平-スペンサーマップ」というのができます。そういうものがあることによって、それをある種の楕円曲線に適用することによって、その楕円曲線のハイトを上から押さえることができる、それが弱いバージョンのABC予想と同値なものを証明する手立てになる――このことに1998年か1999年くらいのときにすでに気付いているのです。実際、ホッジ-アラケロフ理論のサーベイ論文に望月さんはそういうことを書いています。

 ですが、楕円曲線では素数Pのところで「リダクション」という現象が起こります。悪い還元といい還元というのがあるのですが、大抵の素数のところではいい還元をします。しかし、ときどき悪い還元をする素数が現れます。楕円曲線が還元され、楕円曲線にならないことがあるのですね。そこが問題で、そういった素数が有限個ある。スキーム論的ホッジ-アラケロフ理論がうまくいかないこともあるのです。整構造というものがそこに伸びないという問題が起こります。そのために、ガウス極というのがそこに生じるのですが、それを解消する必要があるということに望月さんは、すでに98年くらいに気がついていました。

 2年間、彼は考え続けました。解消のためにグローバルな乗法的部分群というものを作ろうとしていましたが、既存の数学では無理だということに気付き、仕方がないので、ナンバーフィールドの一部分だけを取り出してきて、なにか手術をし、また元の数体を復元するという壮大なことを考えるのです。

人間の直観を解読して数学に当てはめる

 この先にも面白そうなことが書いてあります。

 2009年の5月11日、ここはけっこう重要なところです。ここで望月さんは不思議なことを言い始めます。「この最終的決済とIUリミットについて」。極限をとるというのが重要、というのが当初の望月さんの考え方だったのですが、ここで、極限をとる必要がない、ということに初めて気付くのですね。極限をとらなくても、基本的に極限をとるということは形式化できて、極限を定義する必要がないということに気付きます。

 その先に、いわゆるlog-Θ(テータ)格子(lattice)が書かれています。logとΘで格子を作る二つの行き方の差をとるという考え方で同じようなことができるんだということに気付く。2009年の5月のころでした。

 時間を少しさかのぼりますが、もともとの極限をとるために望月さんがすごく苦労したというのをちょっとお見せしたいと思います。2005年の12月20日のところです。とても重要なところです。


aの∞乗にaをかけたら、またaの∞乗に戻ると書かれています。


 この非常識な式をどう実現すればいいでしょうか。

 無限積とは何なのか。直観的には理解できるのですが、数学ではできません。そこで望月さんは、人間の直観を解読して数学に当てはめようということをやり始めるわけですね。このあたりはすごく苦しみが表れているところです。いろいろ試しているのですが、なかなかうまくいかない。たとえば、「帰納極限を射影極限に変換する」というようなことをしています。しかしそこには矛盾した側面があります。

 その矛盾した状態をどうやって解消していくのか、数学的に作っていくかっていうことに、彼は心血を注いでいました。彼がどれだけすごい決意を持ってこういう問題に立ち向かっていったのかを表していると思います。

 2008年7月28日のところでは、望月さんから「IUタイヒミュラー理論の論文を本格的に書き始めたという報告があった」と書かれています。この段階ではIUT理論の1と2を書く、とあります。最終的に望月さんは、IUT理論の4まで書くのですが、この段階では2でした。望月さんはセミナーを始める前に必ず現在の進行状況を伝えてくれました。

 望月さんはIUT理論の目次立てを考えていました。最初の3セクションは年内とあります。このときが7月28日ですから、4か月間で書こうと考えていたわけです。セクション4から先は2009年の前半で書き終わるかな、といってます。

理論の完成へ、文字も踊る

 その先にいくと、だんだん形になってきているのがわかると思います。2010年の7月6日。私の文字もかなり踊っています。しかもいろんな言葉が出てきています。「共役同期化」「数体の復元」「正則構造」などなど。そして、最終的な決済の仕組みはどうなっているのかといえば、二つのHTR(ホッジ・シアター・リージョン)をテータリンクで結ぶっていう図を書いています。


そしてlogボリュームの計算をしたいとあります。で、そのテータリンクで結んだところに「マルチラディアルな計算」っていう概念を持ち込んで、それでlogボリュームの計算をする。最終的に何か不思議な数式を書いています。


 Log qの、qの足のところに「旧」という漢字が書いてあります。logのΘには「旧」と「ゆれる」と書いてあります。「ゆれる」とは、何かのべき乗の揺れが入るっていう不定性ですが、それがマイナスの微分極引くガウス極のログのqの「旧」などという式があれこれ書かれていて、最後に微分極がガウス極を抑えるという方程式が出る、と書かれてあります。かなりこの時点でできあがったということなのです。

 そして今日お見せできる最後の日付が、2010年8月2日です。

 このとき、望月さんがどこまでいっているかといいますと、IUタイヒミュラーの3のセクションの1を執筆中とあります。かなり進みました。そして、9月上旬までには完成したいと書かれています。また、この1か月は主にこの先の議論、セクション2以降について考えたとも書かれています。かなり先のことも考えているということですね。そしてこの日には、IUT理論の主定理というものが、大まかにですが、初めて述べられました。ABC予想の不等式は、この定理の系として従います。


セミナーの後のお楽しみ焼肉

 今回お見せしたのは本当に一部だけなのですが、初期のころは1か月に1回か、2週間に1回、あるいは1週間に1回くらい行っていました。
 セミナー自体は夕方にやっていました。最初のころはまず飯を食ってからセミナーをしていましたが、そのうちに私が「やっぱりごはんを食べるんだったらビール飲みたいな」ということになりまして。でもビールを飲んでからセミナーをするのはどうなのか、となり、ごはんは後にすることにしました。

 望月さんは実はけっこうグルメな方で、お店のリサーチを全部やってくれるのです。彼にもう頼んでおけば間違いなく美味しいところに連れて行ってくれました。

 望月さんはけっこう油っこいものが好きな方で、1回だけ寿司屋に行ったことがあるのですが、望月さんとしてはあまり良くなかったようです。やっぱり肉ですね。あとは中華のすごく油っこい料理を好んでいました。

 そのうち焼肉屋さんが定番になりました。「あみやき家」という焼肉屋さんです。しかも頼むものがいつも同じだったんです。お店は今、移転してしまったのですが、またいつか、望月さんと二人で行けたらいいな、と思っています。
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▶レポート後編では質疑応答の模様をお届けします。

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