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レビュー

『正義のセ 3』挫折し傷ついた女検事は、性暴力事件の被害者たちを守ることができるのか?

 お待たせしました!と声を大にして言いたい。『正義のセ』第3巻がようやく発売となったのだ。2016年8月に1巻目が、2017年1月に2巻目が出て、ようやく、やっと、3巻目が読めると欣喜雀躍する読者の姿が見えるようだ。
 いやいやまずは、何も知らずこの3巻目から手に取った人、あるいは解説から読んで買おうかどうか考えようとしている人に少し事情を説明しなくてはならない。

 焦らしついでに、今までの経過を少しだけ記しておこう。
 下町の竹村豆腐屋の長女、凜々子は正義感が強い。小学校5年生のとき、近くの御茶屋の老夫婦が強盗に襲われ、おじいさんが殺されるという経験をする。
 時を同じくして、秋田からの転校生、小林明日香をかばったことでイジメの標的にもなってしまう。
 担任教師に抗議をした態度が、検事に向いていると指摘され凜々子の胸に小さな灯がともった。

 24歳で司法試験に合格。3カ月の研修後、さいたま地検へ赴任した。新人時代は捜査と公判を半年ずつ受け持ち、1年後には検察の仕事の全体像を把握し一人前となった。
 最初は交通事故死の事件でさえおどおどしていたが、4年目の横浜地検勤務時代では、暴力団の内部抗争事件の犯人の自白を得るまでに成長していく。
 その横浜地検で5年目を迎えた凜々子が担当したのが連続強姦事件。現場の状況から同一犯とみなされ、警察の捜査によって容疑者が逮捕された。送検された容疑者から供述も順調に取ることができ、現場に残された靴跡などの証拠も固まって起訴請求まで持ち込めば凜々子の仕事は一件落着だ。

 その間、豆腐屋を継いだ妹、温子の恋愛話あり、ストーカーのように凜々子を慕う同期検事の神蔵守のアプローチあり、女性の同期検事、笹原順子の不倫スキャンダルあり、とプライベートも賑やかだ。
 

 東京地検に配属された5年目の秋、思いもよらない出来事が凜々子を襲う。横浜地検で扱った連続強姦事件のひとつは別の犯人だったことが判明したのだ。
 冤罪事件を起こしてしまったと動揺する凜々子に、今は新聞記者として活躍する小学校時代の親友、小林明日香は親身になって相談に乗ってくれた。だが翌日、この冤罪事件が大々的に報道された。話した相手は明日香しかいない。果たして彼女は凜々子を裏切ったのか?
 凜々子が小学生から一足飛びに検事になったのではないのと同じく、様々な経験を経て新聞記者になった明日香だが、小学校時代の恩人ともいえる凜々子にした行為は許せるものではない。

 正義には種類がある。法を守り被害者を助けるという検事の正義と、世間に真実を報道するというマスコミの正義は、真っ向から対立することもあるだろう。「友人関係」という感情に甘えてはならない場面にも遭遇する。脇が甘い、自覚が足りない、世の中の人はそう批判する。それも正義だ。
 この物語は検事という仕事を通じて、一人の女性がいかに成長していくかを描いているが、この職業だからこそ感じる、社会の矛盾を問いかけているのだと思う。
 それは女性が社会に対して感じる不平等さである。2巻目のなかで「内在的男尊女卑」と凜々子が自分のパソコンに打ち込んだこの言葉が、3巻目でも通底している。
 中でも辛いのは「連続強姦事件」の被害者の苦しみだ。一人暮らしの隙や買い物の跡をつけて襲うような男性からの暴力を受けた女性は、女性検事である凜々子だから、正直に話すことも出来た。恐怖や絶望から死を考えることもあっただろう。男たちの罪の意識の薄さも腹立たしい。

 女性の社会進出がこれだけなされても、男性に見下されている感じは残っている。あのヒラリー・クリントンでさえ「ガラスの天井」という表現で自分が打ち破ることのできなかった壁があったことを認めている。
 小林美佳『性犯罪被害とたたかうということ』(朝日文庫)は自身が経験した強姦被害を実名で公表した著者が、その後多くの同じ被害者の相談を受け、あまりにも軽かった刑の重罰化にむけての活動を綴った一冊である。
 警察庁の統計によれば、強姦事件は減少傾向にあるものの、2015年には1167件起きているという。見ず知らずの人から乱暴されるだけでなく、身内や知人のことも多く、表沙汰にしたくないと口を噤んでいる人を含めればどれだけになるだろう。

 検事である凜々子は、担当が女性だからというだけで容疑者に軽く見られることに憤慨し、新聞記者になった明日香は、男優位の現場で、女性を罵倒することでしか自分たちが上位にいることを確認できない男たちを目の当たりにする。時と場合によっては、それが女同士の軋轢となり、陥穽に嵌ってしまうこともあるのだ。
 
 大きく傷ついた凜々子を立ち直らせたのは仕事に対するプライドだ。被害女性に対してこう語る。

 検事になって5年経ち、やっと新米から独り立ち出来た瞬間である。『正義のセ』はこの3巻目で第一章の完結、ということになるのだろう。
 もとはといえば、ゴルフで知り合った魅力的な女性検事と意気投合したことから始まった小説だったという。

 だが、阿川佐和子は満足しなかった。この検事初期時代の凜々子だけで終わらせるわけにはいかないと決意したのだ。
 2015年6月に上梓された『負けるもんか 正義のセ』は検事・竹村凜々子シリーズ第二章となる。検事6年目の凜々子が赴任したのは神戸地検尼崎支部。東京下町で生まれ育った凜々子が、こてこての関西人の中でどんな洗礼を浴びるのか。こちらもぜひ堪能してほしい。

 『聞く力』が大ベストセラーになった後、週刊文春対談連載が1000回を超え、菊池寛賞を受賞した阿川佐和子。独身女性の星を突っ走ってきた彼女に2016年には素敵なパートナーがいることも明らかになった。絶好調の波に乗って、凜々子の物語をもっともっと読ませてほしいと切に願う。


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