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レビュー

これはカルトか、民間医療か――。大人気社会派警察医療ミステリ!――『ラスプーチンの庭 刑事犬養隼人』中山七里 文庫巻末解説【解説:紀藤正樹】

大人気社会派警察医療ミステリ第6弾!
『ラスプーチンの庭 刑事犬養隼人』中山七里

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

ラスプーチンの庭 刑事犬養隼人』著者:中山七里



『ラスプーチンの庭 刑事犬養隼人』文庫巻末解説

解説
とう まさ(弁護士)

『ラスプーチンの庭』の読後感には複雑な想いを持つ。それは殺人事件などの重大事件のニュースを見た時に感ずる想いに通ずるものである。日常に生起する事件には、我々社会が先に対策を取っていさえすれば、被害者も加害者も生じないのではないか、事件を防げたのではないかと考えさせられる事件が多々ある。本作で起こる事件にもまた、同様の感慨を感じた。創作であるはずの本作によって現実の事件の在りようまでをも想起させる著者の筆力に感嘆するほかない。
 私は弁護士という仕事がら、フィクションよりも仕事上参考になるノンフィクションの作品を読んだり見たりすることが多い。ノンフィクションは現実に起きた事件を扱う関係で経緯やラストが既にわかっている。そのためラストまでのストーリーを追いやすく速読も容易だ。一方、フィクションは作家が作った想像の世界であり、ラストまでの展開が簡単に予測できない。そういった点でフィクションとノンフィクションは、別物である。ところが時に、フィクションとノンフィクションが交錯し、フィクションがあたかも現実の事件のように感じられることがある。こうした現象は、よくできた映画のたぐいで起こりやすい。映像には人の心や経験に強く訴える効果があるからかもしれないが、『ラスプーチンの庭』は文字の世界で現実を意識させるインパクトがある作品となっている。当然、弁護士としても仕事上の参考になる。
 単行本『ラスプーチンの庭』が、元首相襲撃事件の前年の2021年1月に刊行されたということにも驚く。2022年7月8日に起きた安倍元首相襲撃事件はパンドラの箱をあけた。事件の背景にある世界平和統一家庭連合(「旧統一教会」)には、霊感商法や高額献金などの資金獲得活動、正体を隠した伝道活動などの対外的な活動の問題に限らず、合同結婚式への参加勧誘、宗教二世への児童虐待などの信者被害、家族被害、政治への浸透と距離、海外への資金の持ち出しなど多数の問題があり、カルト現象として諸外国でも問題が共通し各国が対策を取っているという報道もなされた。結果判明したことは日本だけ対策が遅れているという現実であった。
 その後、ものみの塔聖書冊子協会(「エホバの証人」)信者の輸血拒否やムチによるしつけなどの児童虐待の問題も報道されるようになった。エホバの証人信者の両親による輸血拒否により10歳の子どもが死亡するという痛ましい事件が起きたのは1985年のことだ。旧統一教会における霊感商法問題が最初に大きく報道されたのも1980年代である。いわゆる「空白の30年」(実際は30年を優に超える期間)に、なぜ旧統一教会やエホバの証人の問題を解決できなかったのか。
 日本は1995年に地下鉄サリン事件を経験した。約30年の間に、カルト的宗教団体に関係する世界をしんかんさせる事件が2回も起きた国は例がない。地下鉄サリン事件後、米上院議会は1995年10月に議会報告書を作成し、フランスも同年12月に国民議会報告書をまとめ2001年には反セクト法を成立させた。対策のためには諸外国と同様に検証が必要である。しかし当事者の日本はサリン事件が起きた後も、事件がなぜ起きたのかの検証すら国会で総括せず、そのためカルト問題に対する抜本的な対策を講じず現在に至っている。
 この間、オウム真理教、その後に詐欺で摘発された明覚寺(1995年)、法の華三法行(1999年)は、いずれも旧統一教会の正体を隠した伝道や経済活動の手口を模倣していたが、その模倣先は次々と摘発された。しかしサリン事件当時から、既にカルト的な宗教団体と評されてきた旧統一教会は放置され、結果、霊感商法や二世被害などの問題も放置された。
 著者は本書で、こうしたカルト問題への対策が遅れたこの日本に、現実に起きた事件かのように精密なストーリーを組み立てる。その勢いは圧巻だ。いぬかい刑事は娘の友人の死に抱いた疑問をきっかけに、カルトの問題に鋭く切り込み、ラストまで予測もつかず、息もつかせぬ展開で、ぐいぐいと読者を引っ張っていく。私も著者の力量にまれ、あっという間に最後まで読み終わった。
 事件の内容こそ異なるが、安倍元首相襲撃事件の被告人の家族の群像と本作品の家族の群像がつながり、ある意味、事件を先取りした。幸せで仲がよい家族、素直で優しい人たち、家族の死、自殺と他殺、児童虐待、難病に悩む人々、正体不明の教祖的人物、非科学を信じるアイドルや政治家、そしてメディアとの関係など、この小説には「カルト教団めいた団体」で実際に生起するであろう話題が盛りだくさんである。カルト現象に関する丹念な取材と調査に基づいて執筆されたものであることがよくわかる構成となっている。
 コロナ禍を経験した世界では、ワクチンの効果を否定し、先進医療を拒否して代替医療を信奉する人たち、そしてこうした風潮をあおってお金に換えるカルト的なグループの存在が問題視されるようになっている。陰謀論を信じる人々とテロとの関係についても各国で対策が叫ばれている時代だ。先進医療、民間療法、自然治癒力などの言説が、日本を問わず、欧米各国でも問題となり、世界の「カルト問題」のキーワードにもなっている。
 現代の情報過多の社会で、なぜ人は、それでも科学的でないものを信じるのか。マインドコントロールされていくのか。自分や家族の命や価値を超えたものを信じることができるのか。そのために輸血や現代医療を否定し、いわば自殺同様のことができる人々が存在するのか。高額献金のために貧困に陥り、家族や子どもを虐待し、さらには他者の権利を害したり、場合によってはテロにまで走れる人たちがいるのか。私たち社会はカルトのもたらす病理現象にまだ答えを見いだせてはいない。オウム真理教事件を体験して以降も日本のカルト対策は不十分な状態が長く続き、そのことが今も後を絶たないカルト被害の原因となっている。なぜ事件が起きたのか、どうすればそうした事件が二度と起きないようにできるのかという問いに日本はまだ解決策を出せずにいる。福島原発事故で、政府事故調も国会事故調も設置され詳細な報告書が作成されてその後にかされているのとは大きな違いがある。今回また放置すれば本書で創造された事件が、日本でじやつされてもおかしくない。「空白の30年」の問題がこの作品につながる。
『ラスプーチンの庭』は、日本のカルト対策の遅れを、まさに私たちに突き付ける作品に仕上がっている。

作品紹介・あらすじ



ラスプーチンの庭 刑事犬養隼人
著者  :中山七里
発売日:2023年08月24日

これはカルトか、民間医療か――。大人気社会派警察医療ミステリ!
警視庁捜査一課の犬養隼人は、娘の入院仲間だった少年の告別式に参列することに。自宅療養に切り替えた彼の遺体は奇妙な痣だらけだったが、両親は心当たりがないという。さらに翌月、同じような痣のある自殺死体が発見される。検視の結果いずれも事件性なしと判断されたが、納得できない犬養が独自に捜査を進めると、謎の医療団体に行き当たり……。
これはカルトか、民間医療か。大人気社会派警察医療ミステリ第6弾!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322212000551/
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