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レビュー

『ヤングドラゴンエイジ』でコミカライズ開始、人気ビブリオミステリ!――『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 IX 人の死なないミステリ』松岡圭祐 文庫巻末解説【解説:タカザワケンジ】

人気ビブリオミステリ!
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 IX 人の死なないミステリ』松岡圭祐

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 IX 人の死なないミステリ』著者:松岡圭祐



『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 IX 人の死なないミステリ』文庫巻末解説

解説
タカザワケンジ

 二十代の新人作家、すぎうらが活躍するシリーズ第九作である。
 だが、シリーズものだからといって、これまでの八巻を読まなければ楽しめないわけではないからご安心を。出合った時が読み時。初めて読む読者にも十分配慮されている。
 新人作家といっても、杉浦李奈はすでにライトミステリ数冊と一般文芸ミステリ、ノンフィクションの著作がある。しかし筆一本で食べていくことはできずコンビニでアルバイトの身だ。小説家というと華やかなイメージがあるが、それはほんの一握り。書き続け、売れ続けるのは生半可なことではない。
 KADOKAWAとのつきあいがメインの李奈は、文芸出版の老舗しにせほうすう社の編集者から声がかかり期待が膨らむ。伝統ある鳳雛社なら、ジャンルの制約にとらわれない純文学作品が刊行できるかもしれないからだ。
 連絡をしてきた編集者、おかとの打ち合わせはあまりパッとしたものではなかったが、完成した純文学作品『十六夜月』をメールで送ると賛辞が返ってきた。出版に一歩近づいたと思いきや、打ち合わせで手直しを提案されてしまう。上司からのダメ出しがあったというのだ。女性主人公が難病を克服するという後半のプロットを、そのまま亡くなってしまう悲劇にせよ、とのお達しである。
 なぜか。
 李奈に修正を命じた副編集長はむねたけよし。出版界で有名なヒットメーカーで、幾多のヒット作を世に送り出してきた。その成功法則の一つが、女性主人公が難病により死を迎える「喪失」の物語なのである。
 読者はここで何作か、若い女性が亡くなる物語を思い浮かべると思う。私の世代でいえば、最初は子供の頃に角川文庫から出ていた『ラブ・ストーリー ある愛の詩』(映画作品がヒットし、本も大いに売れた)を読み、学生時代にむらかみはるの『ノルウェイの森』(緑と赤のそうていが斬新だった)、さらに大人になってからはかたやまきよういちの『世界の中心で、愛をさけぶ』が社会現象になった(映画版もテレビ版もヒロインが人気女優に)。いずれもすでに古典となっており、いまでも読み継がれ、語り継がれている。ほかにも幾多の「若い女性が亡くなる」小説があり、ドラマや映画もヒットしてきた。読者によっては、その中に忘れられない作品もあるだろう。病いと死はつねに若者の心を揺さぶる定番のモティーフだと言える。
 しかし『十六夜月』は「喪失」の物語ではなく、編集者の岡田いわく「いちの希望の光が眩しいほどに輝く」作品なのだから、根本から違う。李奈は修正を断り出版を辞退したが、『十六夜月』に未練のある宗武が面会を希望する。そこでも話は平行線。同じ出版界にいるとはいえ、二人の運命は交わることなく進むはずだった。
 本作の魅力の一つは、この宗武という中年の編集者である。ポジション的には「悪役」だが、なかなかどうして、そのアクの強さとプラグマティズムは侮れない。文芸を聖なる芸術と考える向きには腹立たしい存在だが、本も商品である以上、売れない本ばかりでは出版社がつぶれてしまう。そもそもただの悪人、こつ者にはベストセラーはつくりだせない。好き嫌いはともかく、なかなかに興味深い人物なのである。
 宗武は李奈に書き上がった原稿を直せと言うだけではない。もっととんでもない提案をしてくる。すでに途中まで書かれている実録小説『インタラプト』を読ませたうえで、李奈にその続きを書けというのだ。そして李奈の著書として発表したいと。
 いやはや。これはさすがにとんでもない。
 李奈もぜんとするが、宗武はこう反論する。
「あらかじめ打ち合わせをして、プロットを作り、そのあらすじに沿って書いてもらうというのも、ある意味で事前に方向性を定めておく方法だ。これはもっと効率的に、版元の要請と著者の創造性が一致をみる、画期的な手段だよ」
 なるほど創作方法に唯一絶対はない。文芸以外の分野に目を向ければ、映画もドラマもアニメも複数の人間が脚本を書くのがあたりまえだ。絵画でもルーベンスのように工房形式で絵画を大量生産し一時代を築いた画家がいる。変則的な共作だと思えば、宗武が主張する方法も理がないわけではない。
 しかし、李奈が持つ作家像には一致しない。当然、断ってしかるべきなのだが、引っかかることがあった。それは実録小説の主人公が鳳雛社の編集者、岡田だということだ。しかも岡田は現在行方不明だという。李奈は小説に書かれていたことの真偽が気になり、条件付きながら宗武の依頼を引き受ける。
 écritureシリーズは文芸業界の裏側をリアルに描いていると評判だ。たしかに今作でも本を出していながらコンビニでバイトをしなければならない現実や、小説が刊行されるまでの困難、売るためにはどんなことでもしかねない編集者と、その方針に反対する編集者との対立が生々しく描かれている。誇張はあるかもしれないが、業界の隅にいる私の見聞とも一致する。
 売れなければ本は出ない。しかし似たような話ばかりでは読者に飽きられる。そこで今作のサブタイトル『人の死なないミステリ』というフレーズである。病気で人が亡くなる小説のヒットに味をしめた出版社の姿勢に作家たちが反発し「人の死なないミステリが同時多発的に」生まれたというエピソードが作中で紹介されている。
「人の死なないミステリ」と言えばまつおかけいすけの「万能鑑定士Q」シリーズである。キャッチフレーズは「面白くて知恵がつく 人の死なないミステリ」。李奈が「世間には知られていない、業界人のみが認識する、静かな改革」と評するのは、実は松岡圭祐がせんべんをつけたライトなコージー・ミステリのことなのである。
 業界のすうせい、世のトレンドに群がる編集者たちが焼畑農業のごとくジャンルを焼き尽くす一方で、新たな土地を開墾しようとする作家、編集者たちもいる。李奈はむろん後者であり、一言一句自分の作品であることにこだわる。古風であるとも言えるが、いまとなっては逆に新しいかもしれない。
 小説は自由だ。一人で書いてもいいし、何人で書いてもいい。しかし、小説が一人か、せいぜい二人(エラリー・クイーン、おかじま二人ふたりふるてんなど)で書くのには理由があると私は思っている。読者もまた一人で小説を読むからだ。
 朗読しない限り、本は複数人では読めない。著者と読者がともに想像力を駆使し、秘密の世界を共有するような親密な関係を結ぶのが小説のだいなのである。
 松岡圭祐という作家はそうした小説の特性を熟知している。小説家としてのノウハウをここまで書くかというくらい明らかにした『小説家になって億を稼ごう』を読めばよくわかる。いわゆる小説の書き方本は世にあふれているが、この本は相当に型破りだ。
 読書は誰にでもできることではなく生まれ持っての才能が必要である、現代の読者は映画やドラマ、動画、アニメなどから得た視覚イメージを想起しつつ小説を読んでいる、など冷静かつ客観的に小説が置かれた現状を認識し、そのうえでなお小説の可能性を模索している。
 調べてみると、『小説家になって億を稼ごう』の発行日が二〇二一年三月。écritureシリーズ第一作『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』の発行日が同じ年の十月なのである。推測になるが、écritureシリーズは松岡圭祐の小説論を立体的に展開する小説であると同時に、本当に面白い小説とはどんなものかを突き詰める野心作ではないだろうか。実際、『小説家になって億を稼ごう』に書かれている松岡の小説論はこのécritureシリーズにしばしば顔を出している。
 ところで、先ほどの「人の死なないミステリ」について、李奈がこう申し添えているのは見逃せない。
がさわらさんにききました。彼女は実在の人物ですが、モデルになった小説が……」
 小笠原莉子の旧姓はりん。凜田莉子だ。彼女がモデルになった小説とは「万能鑑定士Q」シリーズである。莉子はécriture Ⅴにも、「万能鑑定士Q」シリーズのモデルになった人物として登場する。つまりこのécritureシリーズは「万能鑑定士Q」シリーズが実際にあったできごとを小説化したものとして存在する世界であり、écritureシリーズはメタフィクションならぬメタ・メタフィクションなのである。
 小説とはなんと不思議な表現方法だろう。登場人物と作中作の登場人物とが交じり合い、どちらも本物で同時に虚構なのだ。この脳を揺さぶられる感覚は、映像作品やマンガでは味わえない。小説が作者と読者とがともに想像した世界を共有する「共犯関係」から生まれる娯楽であり芸術だからである。
 すべては私たちの想像力のたまもの。だからこそ、作家はこの世界を壊さないために一字一句までおろそかにできない。杉浦李奈はまさにそのような作家をめざしている。そして、彼女こそ松岡圭祐が理想とする作家になるべく生み出された新人作家なのだと思う。
 ライトミステリ、一般文芸ミステリ、ノンフィクション、そして純文学。ジャンルを横断し、作家としてのアイデンティティを獲得しつつある李奈が、この先、どんな作家に成長していくのか。「新人作家」の「新人」がとれるその日まで大勢の読者とともに見守りたい。

作品紹介・あらすじ



ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 IX 人の死なないミステリ
著者 :松岡圭祐
発売日:2023年08月24日

『ヤングドラゴンエイジ』でコミカライズ開始、人気ビブリオミステリ!
書き下ろし作品が本屋大賞にノミネートされたことで、作家としての評価が少しずつ高まってきていた李奈。そんなある日、岩崎翔吾絡みで因縁のある出版社、鳳雛社の編集者から新作執筆のオファーが舞い込む。数多くの作家が代表作を発表してきた文芸ひとすじの老舗からの誘いに、喜び勇んで会社を訪ねる李奈だったが、そこから思いもよらない事件に巻き込まれていく――。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000747/
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