初めて物語に没頭したときの喜びが蘇る、胸躍るファンタジー。
『この本を盗む者は』深緑野分
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『この本を盗む者は』著者:深緑野分
『この本を盗む者は』文庫巻末解説
解説
「本」についての本はたくさんある。
物語(作中作)が出てくる本、読書家の登場人物が出てくる本、舞台が図書館や書店といった本や、本の歴史や書誌にまつわる本。これまで古今東西さまざまな「本」についての本が書かれてきたが、その脈々と続く系譜にまた新たに加わったのが、本作『この本を盗む者は』だ。ところが、この本にはひとつ、これまでの大方の「本」についての本と大きなちがいがある。主人公の高校生
深冬は、
ところが、深冬はそうした本に関係するすべてが嫌で嫌で仕方がない。「あたしは本なんか好きじゃない。読みもしない。大嫌いだ」。ところが、そんな深冬が本を読まなければならない羽目に陥る。なぜなら、御倉館にかけられたブック・カースが発動してしまったのだ。
ブック・カースとはなにか? かつて、書物には盗難を防ぐために呪いの言葉〈ブック・カース〉が書かれていたという。紀元前のアッシリアの図書館では、本(当時は粘土板)に、本を持ち去る者や本に勝手に自分の名前を刻む者は後代まで呪われろ、といった呪いの言葉が記されていたそうだし、中世においても「この本を持ち去る者があれば、その者は死ね。鍋で焼かれ、病に倒れ、高熱に襲われ、車輪に
そして、現代の御倉館の本にも、このブック・カースがかけられていたのである。
そんなこととは露しらず、ある日、御倉館を訪れた深冬は、真っ白い髪をした少女に出会う。その名も
こうして深冬は、御倉館から本が盗まれるたびに、「魔術的現実主義」の世界、「固ゆで玉子」の世界、「幻想と蒸気」の世界、「寂しい街」の世界──といった具合に、さまざまな「物語の
次々と姿を変える町の描写が、この本の読みどころのひとつだ。夜空が「巨大な黒猫の体」である魔術的な世界や、「悪魔とは踊り慣れているんだ」などというセリフを吐いて「どぶ臭い側溝にシケモクを捨てる」探偵が
一冊でいろいろなテイストが味わえるわけだが、それも当然かもしれない。なにしろ、作者、
しかも、これらの作品すべてが、極上のミステリー小説でもある。深緑作品には常に謎解きの要素があり、読者をぐんぐん引っ張っていく。もちろん本作でも、それは同じだ。今度はどんな(ジャンルの)物語の檻なのか、泥棒はどこにいるのか、といった各章ごとの謎から、そもそも「物語の檻」はどこからくるのか、ブック・カースはどうやって設定されたのか、真白の正体は? それを言うなら、ひるねの正体は? といった全編を通じる謎まで、大小さまざまな謎が絡み合い、ページをめくる手を止まらせない。あちこちにちりばめられた伏線を追いつつ読み進めていくと……最後、絡み合った謎がするするするとほどけていくさまは、芸術的でさえある。
もうひとつ、深緑作品の魅力を語らせてほしい。本作では、深冬の横には常に真白がいた。物語の檻の中で右も左もわからない深冬を常に導いてくれたのは真白である。そしてまた、深冬も真白をある状態から救い出すことになる。真白の正体も含め、本作のハイライトのひとつだ。
二人の姿を見て、ふと思い出したのが、「オーブランの少女」のマルグリットとミオゾティスだった。極限の状態の中で助け合い、支え合う二人は、二〇二三年の今、振り返れば、「シスターフッド」の走りだったといえるだろう。そういえば、同じ短編集所収の「片想い」では、岩様が心の中で〝
ページ数も尽きそうだけれど、あともうひとつだけ、深緑作品の魅力を語りたい。それは、「食べ物が美味しそう」! 別に贅沢な食事が出てくるわけではない。本作では、夕方の商店街の描写が楽しい。店頭で
『戦場のコックたち』では、主人公ティムの祖母のごはんが忘れられない。甘酸っぱいピクルスを使ったデビルド・エッグやフライドアップル、スコーン。戦場でもティムは、林檎とソーセージを使ってうまく料理をしていたっけ。しかし、そのあと戦闘が激化し、それどころではなくなる。深緑作品は、こういった食事のシーンの使い方が絶妙なのだ。『ベルリンは晴れているか』のアウグステが働いているのも、アメリカ軍の兵員食堂だったが、ワニのスープが出てくるので、「なぜ?」と思った方はぜひ当作品を。『スタッフロール』でマチルダが修業時代食べていたギリシア料理店の「ギロ・ピタ」や両親のコーシェル(ユダヤ教徒の食事規定)に従った料理、「オーブランの少女」のクロワッサンにつける真っ赤な
最後の最後にもうひとつ(しつこい!)。深緑作品は圧倒的に若い主人公が多い。ぜひぜひ若い読者もどんどん手に取ってほしい。
作品紹介・あらすじ
この本を盗む者は
著者 深緑 野分
定価: 902円 (本体820円+税)
発売日:2023年06月13日
少女たちは本の世界を冒険する!胸躍るファンタジー。
“本の街”読長町に住み、書物の蒐集家を曾祖父三持つ高校生の深冬。父は巨大な書庫「御倉館」の管理人を務めているが、深冬は本が好きではない。ある日、御倉館から蔵書が盗まれたことで本の呪いが発動し、町は物語の世界に姿を変えてしまう。泥棒を捕まえない限り町が元に戻らないと知った深冬は、不思議な少女・真白とともにさまざまな物語の世界を冒険していく……初めて物語に没頭したときの喜びが蘇る、胸躍るファンタジー。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322210000688/
amazonページはこちら