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レビュー

少女たちは本の世界を冒険する!胸躍るファンタジー。――『この本を盗む者は』深緑野分 文庫巻末解説【解説:三辺律子】

初めて物語に没頭したときの喜びが蘇る、胸躍るファンタジー。
『この本を盗む者は』深緑野分

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

この本を盗む者は』著者:深緑野分



『この本を盗む者は』文庫巻末解説

解説
さん りつ(翻訳家)

「本」についての本はたくさんある。
 物語(作中作)が出てくる本、読書家の登場人物が出てくる本、舞台が図書館や書店といった本や、本の歴史や書誌にまつわる本。これまで古今東西さまざまな「本」についての本が書かれてきたが、その脈々と続く系譜にまた新たに加わったのが、本作『この本を盗む者は』だ。ところが、この本にはひとつ、これまでの大方の「本」についての本と大きなちがいがある。主人公の高校生ふゆは、本が大嫌いなのだ!
 深冬は、よむながまちにあるくらかんという、「地下二階から地上二階までの巨大な書庫」を所有する御倉家に生まれた。曽祖父は全国に名の知れた書物のしゆうしゆう。祖母のたまきはそのコレクションをますます増殖させ、今は深冬の父あゆむと叔母のひるねが御倉館を管理している。読長町はその名にたがわず、「本の町」として知られ、全国から本好きが訪れる。本関連の店が五十店ほどもあり、新刊書店はもちろん、絵本専門店や、こう本や翻訳小説などさまざまな古本を扱う古書店、ブックカフェや、しおりなど本関連の雑貨店、さらには書物をつかさど稲荷いなりしんをまつる読長神社まであるという、本書を手に取った(おそらく本好きの)読者にとって夢のような町だ。
 ところが、深冬はそうした本に関係するすべてが嫌で嫌で仕方がない。「あたしは本なんか好きじゃない。読みもしない。大嫌いだ」。ところが、そんな深冬が本を読まなければならない羽目に陥る。なぜなら、御倉館にかけられたブック・カースが発動してしまったのだ。
 ブック・カースとはなにか? かつて、書物には盗難を防ぐために呪いの言葉〈ブック・カース〉が書かれていたという。紀元前のアッシリアの図書館では、本(当時は粘土板)に、本を持ち去る者や本に勝手に自分の名前を刻む者は後代まで呪われろ、といった呪いの言葉が記されていたそうだし、中世においても「この本を持ち去る者があれば、その者は死ね。鍋で焼かれ、病に倒れ、高熱に襲われ、車輪にかれ、首を吊られよ。アーメン」などと書かれていたらしい。これでもか! という呪いっぷりだ。羊何百頭分もの羊皮紙を使い、一文字一文字手で書き写していた、本がものすごい貴重品だった時代とはいえ、さすがにこんな呪いの文句が書かれていれば、そうそう本を盗む気にはなれなかったにちがいない。
 そして、現代の御倉館の本にも、このブック・カースがかけられていたのである。
 そんなこととは露しらず、ある日、御倉館を訪れた深冬は、真っ白い髪をした少女に出会う。その名もしろ。真白は、御倉館の本が盗まれたために呪いが発動し、町全体が物語の世界に変わってしまったと告げる。泥棒は物語化した町に閉じ込められている。その泥棒を捕まえるしか、呪いを解く方法はない。はじめはそんな荒唐無稽な話は信じなかった深冬だが、御倉館から一歩外へ出ると、果たして町は、月がウィンクをし、真珠の雨が降るマジック・リアリズムの世界に変わっていた……。
 こうして深冬は、御倉館から本が盗まれるたびに、「魔術的現実主義」の世界、「固ゆで玉子」の世界、「幻想と蒸気」の世界、「寂しい街」の世界──といった具合に、さまざまな「物語のおり」に閉じ込められることになる。
 次々と姿を変える町の描写が、この本の読みどころのひとつだ。夜空が「巨大な黒猫の体」である魔術的な世界や、「悪魔とは踊り慣れているんだ」などというセリフを吐いて「どぶ臭い側溝にシケモクを捨てる」探偵がかつするハードボイルドの世界、白い気体をもうもうと吐き出し、巨大な歯車が回転する工場がきつりつするスチームパンクふうの世界などが、どれもそれぞれの文学ジャンルの文体で鮮やかに描き分けられている。
 一冊でいろいろなテイストが味わえるわけだが、それも当然かもしれない。なにしろ、作者、ふかみどりわきのデビュー作『オーブランの少女』は歴史小説ふうの作品やダークファンタジーが収められた短編集だったし、『戦場のコックたち』と『ベルリンは晴れているか』は、膨大な資料の読み込み(巻末の参考文献を見てほしい!)を基に書かれた戦争小説だった。かと思えば、『分かれ道ノストラダムス』は現代の高校生たちが活躍する青春小説だし、『カミサマはそういない』にはSFふうの短編が収められ、『スタッフロール』は映画業界を活写したお仕事小説でありフェミニズム小説でもある。作者はさまざまな分野の作品を自在に書いてきたのだ。
 しかも、これらの作品すべてが、極上のミステリー小説でもある。深緑作品には常に謎解きの要素があり、読者をぐんぐん引っ張っていく。もちろん本作でも、それは同じだ。今度はどんな(ジャンルの)物語の檻なのか、泥棒はどこにいるのか、といった各章ごとの謎から、そもそも「物語の檻」はどこからくるのか、ブック・カースはどうやって設定されたのか、真白の正体は? それを言うなら、ひるねの正体は? といった全編を通じる謎まで、大小さまざまな謎が絡み合い、ページをめくる手を止まらせない。あちこちにちりばめられた伏線を追いつつ読み進めていくと……最後、絡み合った謎がするするするとほどけていくさまは、芸術的でさえある。
 もうひとつ、深緑作品の魅力を語らせてほしい。本作では、深冬の横には常に真白がいた。物語の檻の中で右も左もわからない深冬を常に導いてくれたのは真白である。そしてまた、深冬も真白をある状態から救い出すことになる。真白の正体も含め、本作のハイライトのひとつだ。
 二人の姿を見て、ふと思い出したのが、「オーブランの少女」のマルグリットとミオゾティスだった。極限の状態の中で助け合い、支え合う二人は、二〇二三年の今、振り返れば、「シスターフッド」の走りだったといえるだろう。そういえば、同じ短編集所収の「片想い」では、岩様が心の中で〝たまき〟に語りかける。「重荷を半分でも持つことを許されたなんてむしろ光栄」。なにかしらの生きづらさを抱えた二人が重荷を持ち合い、支え合い、障害を乗り越えようとする。シスターフッドの精神は、深冬と真白を経て、『スタッフロール』のマチルダとヴィヴィアンに結実しているように思う。マチルダとヴィヴィアンは、生きる時代も仕事もちがったけれど、たしかにいろいろな意味で重荷を持ち合ったのだ。
 ページ数も尽きそうだけれど、あともうひとつだけ、深緑作品の魅力を語りたい。それは、「食べ物が美味しそう」! 別に贅沢な食事が出てくるわけではない。本作では、夕方の商店街の描写が楽しい。店頭であぶられたかつおのたたきは「青魚の皮と脂が炭火でじゅわっと焼け」、ちゃんと小ネギやシソ、みよう、おろししようの薬味もついている。鶏肉専門店の焼き台では店主が焼き鳥を「なめらかな手つきで返し」、店主の娘はお客の好みが塩かたれかもきっちり把握している。読長町の雰囲気が生き生きと伝わってくる場面で、だからこそ、その後一変する町の様子が、より強調される。梅干しと昆布の佃煮を「ぎゅっと埋めた」白飯、「ねぎだれたっぷりのコウシユイジー」……。とにかくどれも美味しそうなのだ。
『戦場のコックたち』では、主人公ティムの祖母のごはんが忘れられない。甘酸っぱいピクルスを使ったデビルド・エッグやフライドアップル、スコーン。戦場でもティムは、林檎とソーセージを使ってうまく料理をしていたっけ。しかし、そのあと戦闘が激化し、それどころではなくなる。深緑作品は、こういった食事のシーンの使い方が絶妙なのだ。『ベルリンは晴れているか』のアウグステが働いているのも、アメリカ軍の兵員食堂だったが、ワニのスープが出てくるので、「なぜ?」と思った方はぜひ当作品を。『スタッフロール』でマチルダが修業時代食べていたギリシア料理店の「ギロ・ピタ」や両親のコーシェル(ユダヤ教徒の食事規定)に従った料理、「オーブランの少女」のクロワッサンにつける真っ赤ないちごジャム(訳アリなのだ)。「片想い」では、仲直りのしるしがあじの焼けるにおいだった。
 最後の最後にもうひとつ(しつこい!)。深緑作品は圧倒的に若い主人公が多い。ぜひぜひ若い読者もどんどん手に取ってほしい。

作品紹介・あらすじ



この本を盗む者は
著者 深緑 野分
定価: 902円 (本体820円+税)
発売日:2023年06月13日

少女たちは本の世界を冒険する!胸躍るファンタジー。
“本の街”読長町に住み、書物の蒐集家を曾祖父三持つ高校生の深冬。父は巨大な書庫「御倉館」の管理人を務めているが、深冬は本が好きではない。ある日、御倉館から蔵書が盗まれたことで本の呪いが発動し、町は物語の世界に姿を変えてしまう。泥棒を捕まえない限り町が元に戻らないと知った深冬は、不思議な少女・真白とともにさまざまな物語の世界を冒険していく……初めて物語に没頭したときの喜びが蘇る、胸躍るファンタジー。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322210000688/
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