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試し読み

もう大学生だというのに、今日も妹はわたしに髪を編ませる。【深緑野分『空想の海』より「髪を編む」試し読み 〈前編〉】

今日も妹は、わたしに髪を編んでくれとせがむのだ――。

深緑野分の作家デビュー10周年記念作品『空想の海』。
本書は、著者がこれまでに発表した短編や掌編に、書き下ろしや未発表作品を収録した全11編からなる作品集です。
刊行を記念して、奇想SF、百合ミステリ、幻想ホラー、児童文学など、あらゆるジャンルの収録作品の中から、姉妹のやりとりが心に残る短編「髪を編む」を全文公開。
「髪を編む」を読んで他の作品が気になった方は、“読む楽しさ”がぎゅっと詰まったカラフルな作品集『空想の海』を手に取って、別の世界もお楽しみください。

深緑野分特設サイト https://kadobun.jp/special/fukamidori-nowaki/



作品集『空想の海』より、短編「髪を編む」試し読み〈前編〉

「そろそろ自分で編めるようになったら」
 妹の髪をブラシでかしてやりながらわたしはわざとめ息混じりに言った。妹はもう大学生だというのに、今日もヘアアレンジの雑誌を持ってくると、母親の鏡台の前にでんと座って姉であるわたしを後ろに立たせ、かわいらしい髪型でポーズをとるモデルの写真を指さし、こんな風にしてくれと頼むのだ。
「だってさ、わたしがやるとすごく変になるんだもん」
 のんびりとした口調で答える妹を鏡越しに見ると、目をつむってすっかりリラックスしている。姉が悪戯いたずら心を起こして変な髪型にするかもしれないとか、考えないのだろうか。
「練習しなよ。編みこみなんて簡単なんだから」
「はいはい」
 とは言うもののこれはいつもの応酬で、妹が練習なんてするわけないとわかっている。小学二年生の時、仕事で忙しい両親の代わりに見よう見まねで、まだ幼稚園児だったこの子の髪を整えてやって以来、わたしがずっとこの役目を請け負っている。たぶん、どちらかがひとり暮らしをはじめるか結婚するまで続くのだろう。
 窓の外はしとしとと雨が降り続いている。庭先の青い紫陽花あじさいがにじんで、まるで絵葉書みたいだった。すぐ目の前の道路を赤い車が横切って、ざざっと水音が立った。居間の方から、つけっぱなしのテレビの音が聞こえてくる。わら人形に恨む相手の髪を入れるとかどうとか、どうやら今日のワイドショーは怪談特集らしい。夏が近い。
 片手でくしを取って、持ち手の細い先端で妹の髪を分けると、いつもと違う、家族共同で使っているものではないシャンプーのいい香りが、ふわりと漂った。きっと自分専用のとっておきをお小遣いで買って、洗面所の戸棚にでも隠しているんだろう。たぶん今日はデートだ。髪の束を三つに分け、三つ編みにしながら途中で脇の髪の毛をすくい取り、編みこんでいく。昔はあんなに柔らかくて細かった質感も、今ではすっかり丈夫な質感に変わっている。
 わたしは子供の頃から手先が器用で、自分の髪をいじくるのも、ちまちました作業をするのも好きだった。はじめのうちは、三歳年下の妹に代わって折り紙を折ってやったり、少女漫画雑誌の付録を組み立ててやったりするのは、そんなに苦ではなかった。むしろ両親が褒めてくれるのがうれしいから率先してやっていた。
 でも妹がわたしのために何かしてくれたことなんてあっただろうか。
 仲は悪くない。誕生日にはプレゼントをくれるし、学生時代にわたしがいい成績をとってくると、自分のことのように喜んで誇らしげにしてくれた。でも妹はなんというかとても自由気ままで、家族のお姫様で、好きなことしかしてないような気がしてしまう。この先もずっとこうだったらどうしよう、お婆さんになっても、妹の真っ白になった髪を編みこんで結い上げて、彼氏とデートに行くのを見送るような、そんな老後だったら。
(あ)
 ほんのりと茶味がかった黒髪の中に、きらりと光る筋があった。白髪だ。わたしはもう中学の頃から白髪があったが、やった、ようやくこいつにもできたのだ。
「どうしたの?」
 一瞬手を止めると、妹が鏡越しにこちらを見つめ、尋ねてきた。白髪があるよと教えてやるかそれとも放置するか、むしろいっそのこと目立つよう表面に編みこんでやって、隣を歩くだろう彼氏に見つけさせようか。

(つづく)

作品紹介



空想の海
著者 深緑 野分
定価: 1,815円 (本体1,650円+税)
発売日:2023年05月26日

“読む楽しさ”がぎゅっと詰まったカラフルな11の物語
奇想と探究の物語作家、デビュー10周年記念作品集!

「緑の子どもたち」
植物で覆われたその家には、使う言葉の異なる4人の子どもたちがいる。言葉が通じず、わかりあえず、でも同じ家で生きざるを得ない彼らに、ある事件が起きて――。

「空へ昇る」
大地に突如として小さな穴が開き、そこから無数の土塊が天へ昇ってゆく“土塊昇天現象”。その現象をめぐる哲学者・物理学者・天文学者たちの戦いの記録と到達。

ミステリ、児童文学、幻想ホラー、掌編小説 etc.
書き下ろし『この本を盗む者は』スピンオフ短編を含む、珠玉の全11編。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322206000479/
amazonページはこちら


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