『空想の海』より「髪を編む」
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整った髪にバレッタをつけて、妹は出かけていくのだ。【深緑野分『空想の海』より「髪を編む」試し読み〈後編〉】
今日も妹は、わたしに髪を編んでくれとせがむのだ――。
深緑野分の作家デビュー10周年記念作品『空想の海』。
本書は、著者がこれまでに発表した短編や掌編に、書き下ろしや未発表作品を収録した全11編からなる作品集です。
刊行を記念して、奇想SF、百合ミステリ、幻想ホラー、児童文学など、あらゆるジャンルの収録作品の中から、姉妹のやりとりが心に残る短編「髪を編む」を全文公開。
「髪を編む」を読んで他の作品が気になった方は、“読む楽しさ”がぎゅっと詰まったカラフルな作品集『空想の海』を手に取って、別の世界もお楽しみください。
深緑野分特設サイト https://kadobun.jp/special/fukamidori-nowaki/
作品集『空想の海』より、短編「髪を編む」試し読み〈後編〉
「……白髪見っけ」
結局、教えてやってしまった。抜いてくれとせがむ妹のためにせっかく生えた白髪を抜いてやり、今度は反対側の髪にとりかかった。優しい姉が
たとえば、インク切れしたカラーペンを買ってきてくれるとか。わたしはパッケージデザインの仕事をしているが、まだ入社したばかりなので休日でも手は動かしておきたい。でも雨の日の外出は
編み終わった毛先をゴムで結び、アメリカピンで後ろに留めていると、妹がそうだそうだと
「わきのところ、これで留めて。これ、いいやつなんだ」
「いいやつ?」
「願掛けに効くんだよ。大学受験の時もこれをつけたら受かったんだもん」
ああそう言われてみれば確かに、あの日もこの子の髪を編んであげて、この可愛らしい、淡いピンクと赤紫の花がついたバレッタをつけてやったんだった。珍しく弱気な妹に、絶対受かると励ましながら髪を編んだ覚えがある。バレッタを耳のすぐ後ろにつけてやると、妹は鏡を
妹が出かけてしまってから、わたしは机に向かい、デザインの本や写真集、読み
夜になった。両親は帰宅が遅いし、妹も夕食は食べてくると言っていたので、ひとり分のカレーを作っていると、玄関のドアが開く音がした。廊下の様子をうかがってみると、妹が靴を脱いでいる。
「あれ、ご飯いらないんじゃなかったの?」
妹は答えずにそのまま
「絶対脈ありだと思ったんだけどなあ。バレッタの願掛け効かなかった」
「あ、まだ彼氏じゃなかったんだ」
妹はこくんと
「はい、これ。お姉ちゃんのお使い、ちゃんと覚えてたからね」
「お使いなんて頼んだっけ?」
「頼んだよー、雨の日は億劫だから買ってきてくれって」
紙袋の中を覗くと、そこにはわたしが愛用しているカラーペンが入っていた。しかも欲しかった色が。わたしは目を
髪の毛を編みながら、わたしは妹がカラーペンを買ってきてくれればいいのにと念じた。そして最後は願掛けに効くというバレッタで留めて……。
「わはははっ」
急に笑いがこみあげてきて、妹は驚いてこっちを振り返っている。ああ、そうかあ。
「ごめん、ごめん。でもあんたもたまには役に立つじゃない?」
「人聞き悪いなあ、もとから気が利くんだよわたしは」
妹はちょっと唇を
「カレーにゆで卵を乗せたいひとー」
声をかけてやると妹はにこにこと笑って手を挙げた。
「はーい」
まったくこれだから末っ子ってやつは。でもいざというときに使えるアイテムがあるとわかった……あの可愛いバレッタ。これからは負けてばかりじゃないぞ、なんてね。わたしは鼻歌まじりで冷蔵庫から卵をふたつ取り出した。
(「髪を編む」了)
(他の作品は本書でお楽しみください)
作品紹介
空想の海
著者 深緑 野分
定価: 1,815円 (本体1,650円+税)
発売日:2023年05月26日
“読む楽しさ”がぎゅっと詰まったカラフルな11の物語
奇想と探究の物語作家、デビュー10周年記念作品集!
「緑の子どもたち」
植物で覆われたその家には、使う言葉の異なる4人の子どもたちがいる。言葉が通じず、わかりあえず、でも同じ家で生きざるを得ない彼らに、ある事件が起きて――。
「空へ昇る」
大地に突如として小さな穴が開き、そこから無数の土塊が天へ昇ってゆく“土塊昇天現象”。その現象をめぐる哲学者・物理学者・天文学者たちの戦いの記録と到達。
ミステリ、児童文学、幻想ホラー、掌編小説 etc.
書き下ろし『この本を盗む者は』スピンオフ短編を含む、珠玉の全11編。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322206000479/
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