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“読む楽しさ”がぎゅっと詰まったカラフルな11の物語――深緑野分『空想の海』レビュー【評者:酉島伝法】

奇想と探究の物語作家、デビュー10周年記念作品集!
『空想の海』レビュー

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空想の海

著者:深緑野分



書評:酉島伝法

 書店に立ち寄ったあなたは、所持金が一冊分しかないことに気づく。ミステリーを読みたくて書棚を見て回るが、日本と外国の話のどちらにするか、現代ものか時代ものかで悩むうち、ファンタジーにも惹かれだす。まったくの異世界もいい。青春ものも、ホラーも、ポストアポカリプスものも。戦争についても知りたい。あ、マイクロノベルの新刊が――いくらなんでも欲張りすぎだ、選べるのは一冊だけなのに、とあなたは我に返る。するとどこからか声が聞こえる。空想してごらん、そのすべてを含んだ本のことを。タイトルは『空想の海』。深緑野分が、デビューから十年の間に様々な媒体で発表してきた作品を集め、書き下ろしを加えた作品集。これだけ毛色の異なる話が詰め込まれながら、読み進むうちに必然の並びだと感じられる不思議な一冊。
 最初の「海」では〈私〉が舟を作って海に浮かべようとしている。ここがどれほど命の絶えてしまった世界なのかが、三頁めのたった一文でさりげなく巧みに示されて驚く。やがて〈私〉はあらゆる国の言葉で書かれた様々な本を収める図書館を見つけ、本書を体現するような行動に出る。「髪を編む」は、妹が大学生にもなって願掛けで髪を編むよう姉に頼んでくるが、という今の日本の話だが、次の「空へ昇る」では、歴史も単位も異なるどことも知れぬ惑星に飛ばされ、読者がこの世界の常識を把握しきれないうちから、その常識でも説明のつかない現象を提示し、究明を試みてきた者たちの歴史を辿る離れ業をやってのける。「耳に残るは」は、かつてピアノ教室を開いていた人が当時の教え子とよく似たピアノの弾き方を耳にして家を訪ねる話で、恐怖譚に押し込められがちな展開への寄り添い方に、著者の誠実さや批評性が感じられる。「贈り物」はどこかの国の内戦後の苦しい生活が〈あなた〉という二人称でリアルな細部と共に語られ、その身の上が判るにつれ恐ろしい過去に追いつかれるホラーだが、次の「プール」は高校生の夏を鮮やかに喚起させる青春小説で、女子高生ふたりが水泳の授業で赤い爪を見つけてぎょっとしつつ、あれこれ推理するうちに自分たちの想いも解きほぐしていく――と、ここで本の真ん中に入れ子状に収まる豆本のように「御倉館に収蔵された12のマイクロノベル」が現れるのが楽しい。ファンタジー長編『この本を盗む者は』に登場する無数の蔵書を抱える御倉館にあってほしい本のタイトルを募集し、そこから着想して書かれたマイクロノベル(作家の北野勇作さんが提唱するほぼ100字の小説のこと)だ。次の「イースター・エッグに惑う春」は1913年のイギリス、イースター前日の寄宿制学校を舞台にしたミステリー。頭脳明晰なのに人見知りすぎていつも物陰に隠れ筆談で会話するアーサー・ワーズワースが、大量の卵が割られた謎を解きつつ、なぜいつもなら絶対に勝つチェスに負けかけているのかを、飄々とした教師の視点から描く。シリーズ物になりそう、と思ったら、同じ登場人物の短編が他に2編発表されているとのこと。本作では大戦の気配が漂いだしているが、正に戦時中を扱う静かな衝撃作が「カドクラさん」だ。家族を残してひとりで疎開させられた少年が、前の戦争の英雄で今はヒコクミンと呼ばれている九十歳のカドクラさんと暮らすことになり――後半でこの世界の真実を知ったあなたの視界はねじれ、他の短編で描かれた平穏な日常も、あなたの日常も、この話と地続きであることを否応なく突きつけられるのだ。書き下ろしの「本泥棒を呪う者は」は、『この本を盗む者は』のスピンオフ。御倉館を作った御倉嘉市の娘たまきを軸に、読長町に本の呪いがかけられることになった発端を描く。たまきが神を自称する存在を翻弄する様が妙におかしい。最後の「緑の子どもたち」は本書で筆者の最も好きな作品だ。荒廃しきった危険な世界で、四人の子どもが身を守るため、植物に覆われた家で言葉も通じ合えないまま互いに干渉せず暮らしている。木に呑まれて動かせない自転車にそれぞれ憧れを抱いていたが、あるとき何者かに奪われて――その後の四人の力強い物語からは、どんな状況でも前に漕ぎ出せそうな気持ちにさせられる。もしかしたらこの時代の後に世界が絶えて「海」に繋がるのかもしれない。ふとそう思って冒頭に戻れば、〝知らないものが見たい〟という一文に目が引きつけられる。それはどのような世界であれ登場人物を、読者を突き動かす衝動で――すでにあなたは『空想の海』へ漕ぎ出している。

作品紹介



空想の海
著者 深緑 野分
定価: 1,815円 (本体1,650円+税)
発売日:2023年05月26日


“読む楽しさ”がぎゅっと詰まったカラフルな11の物語
奇想と探究の物語作家、デビュー10周年記念作品集!

「緑の子どもたち」
植物で覆われたその家には、使う言葉の異なる4人の子どもたちがいる。言葉が通じず、わかりあえず、でも同じ家で生きざるを得ない彼らに、ある事件が起きて――。

「空へ昇る」
大地に突如として小さな穴が開き、そこから無数の土塊が天へ昇ってゆく“土塊昇天現象”。その現象をめぐる哲学者・物理学者・天文学者たちの戦いの記録と到達。

ミステリ、児童文学、幻想ホラー、掌編小説 etc.
書き下ろし『この本を盗む者は』スピンオフ短編を含む、珠玉の全11編。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322206000479/
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