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レビュー

ファンへの格好の贈り物にして入門編にもうってつけの一冊——三津田信三『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』レビュー【評者:阿津川辰海】

亡者は海より這い上がり、首無女が迫り来る――。
『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』レビュー

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歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理

著者:三津田信三



書評:阿津川辰海

 三津田信三のホラーミステリーが、高校生の頃からずっと好きだ。そんな私にとって、『歩く亡者ぼうもん 怪民研かいみんけんに於ける記録と推理』は、作者からの贈り物というべき連作短編集だった。
 本作の舞台はみょう大学、その図書館棟の地下にある「怪異民俗学研究室」、略して「怪民研」である。この奇ッ怪な名前の研究室は、大学の特別講師であるとうじょうげんのもので、彼は民俗学の研究者でありながら、「とうじょうまさ」という筆名で小説も書いている。そう、彼こそは三津田の代表作である〈刀城言耶〉シリーズの名探偵であり、本作は、そのシリーズの姉妹編ともいえる内容なのだ。
 といっても、この短編集で探偵役を務めるのは刀城ではない。「怪民研」に入り浸っている謎の若い作家・てんきゅうひとと名乗る男である。語り手を務めるとうしょうあいが、いわば彼のワトソン役になって、彼と共に五つの怪異譚の謎に挑むことになる。そして、各編で描かれる謎というのが……実に、〈刀城言耶〉シリーズのファンの心をくすぐる内容なのだ。
 第一話「歩く亡者」は、語り手である愛自身が遭遇した、水死者の霊である「亡者」の謎を描く。事件が起きたのは兜離とりうらという土地で、これは密室からの人体消失事件を描いた『凶鳥まがとりごとむもの』の舞台だ。また「亡者」という言葉を解説する際、二つの地名に言及するが、「波美はみ地方のちんしん」は『みずの如き沈むもの』の舞台で、「ごう地方」は『碆霊はえだまの如き祀るもの』の犢幽とくゆう村がある場所である。愛は「亡者」と遭遇し「死んどるけど生きてる」「生きてるけど死んどる」という矛盾した印象を受けるが、その不気味さをねじ伏せる剛腕の解決が見所。
 第二話「近寄る首無女」は、ジョン・ディクスン・カーを敬愛する杏莉あんり和平かずひら頭類かみなし貴琉たけるが遭遇する「首無女」の事件を描いているが(ちなみに女子人気が高い貴琉がカー好きであるため、女子生徒がカーを読みたがるシーンは学園ラブコメのようでほほえましい)、この頭類家は、『首無くびなしの如きたたるもの』に登場した「媛首ひめかみ村」の古里こり家の親戚筋だという。第二話ではカーの初期短編のような、ぬけぬけとしたトリックを使用しているのが楽しい。
 第三話「腹を裂く狐鬼こきと縮むがま」は、熊を捕らえるべく仕掛けられた檻の中で惨殺された子供の謎や、小さくなる家の謎を快刀乱麻に解き明かす一編。複数の怪異譚に共通の鍵を見出し、全てを解決する手法は、『どこの家にも怖いものはいる』や『碆霊の~』でも使われたもので、今回も絶大の効果を上げている。それにしても、三津田の「家」ミステリーにハズレはない。作中にも言及される通り、著者はシリーズの二つの短編「まよいの如き動くもの」(『密室ひめむろの如き籠るもの』に収録)、「けものの如き吸うもの」(『ぐうの如きもたらすもの』に収録)でも「家」に関する謎を扱っており、どれも素晴らしいのだ。
 第四話からは、シリーズとの関連を作ることよりも、連作短編集としての趣向作りが際立っていく。第四話「目貼りされる座敷婆ざしきばば」は、妖怪研究会の面々が遭遇する「目貼り密室」事件のエピソードだ。部屋のわずかな隙間も目貼りしてしまうこのパターンは、作者も引き合いに出しているカーの『爬虫類館の殺人』(作中では原題で表記)が有名だが、この作品もなかなか豪快なトリックを使っている。
 第五話「佇む口食くちばおんな」では、市井の民俗学者を自称する「とうさい」が遭遇した事件が描かれる。口食女の怪異はもちろんだが、作者の『蛇棺葬』を思わせるような、棺桶から這い出す死人の謎も展開に華を添える。周到に張られた伏線の妙を味わえる一編で、三津田ファンとして生きてきた年月に想いを馳せてしまう結末も愛おしい。
 天弓馬人がホラーミステリーの探偵として特異なのは「怖がり」である点で、これは、怪異譚の蒐集を何よりの楽しみとし、面白い話を聞きつければ興奮する刀城言耶と対照的である。天弓は、怪異に合理的な解決をつけて安心するべく、推理を捻りださなければならないのだ。そう、彼にとって推理とは、怪異と合理の間で揺れ動く、ある種のシーソーゲームなのである。この設定が、ホラーミステリーの連作に、どこかユーモラスな雰囲気を持ち込んでいる。
 上述した「シーソーゲーム」については、表現は異なるが、三津田も第二話「近寄る首無女」でカーに言及しながら掘り下げている。そうすると、本短編集は、そのユーモラスな雰囲気も含めて、カーにリスペクトを捧げた連作短編集と言えるのではないか。各編の豪快なトリックにも著者の心意気が現れているように思える。
 以上五編、細かく見てきたように、三津田の過去作を想起させる要素が盛りだくさんだが、むしろこれを入門編に、「ここで言及された事件は、どんなものなんだろう?」と過去作を辿っていく冒険も、また楽しいはずだ。そういう意味で、本書は入門編にもうってつけと言えるのではないか。事実、私も〈刀城言耶〉シリーズの全作品を本棚から引っ張り出してきてしまった。参った、原稿があるのに。

作品紹介



歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理
著者 三津田 信三
定価: 2,090円 (本体1,900円+税)
発売日:2023年06月06日


亡者は海より這い上がり、首無女が迫り来る――。
瀬戸内にある波鳥町。その町にある、かつて亡者道と呼ばれた海沿いの道では、日の暮れかけた逢魔が時に、ふらふらと歩く亡者が目撃されたという。かつて体験した「亡者」についての忌まわしい出来事について話すため、大学生の瞳星愛は、刀城言耶という作家が講師を務める「怪異民俗学研究室」、通称「怪民研」を訪ねた。言耶は不在で、留守を任されている天弓馬人という若い作家にその話をすることに。こんな研究室に在籍していながらとても怖がりな馬人は、怪異譚を怪異譚のまま放置できず、現実的ないくつもの解釈を提示する。あの日、愛が遭遇したものはいったい何だったのか――(「第一話 歩く亡者」)。ホラー×ミステリの名手による戦慄の新シリーズ始動!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111001161/
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