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レビュー

受難と覚悟の物語――『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VII レッド・ヘリング』松岡圭祐 文庫巻末解説【解説:吉田大助】

人気のビブリオミステリシリーズ!!
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VII レッド・ヘリング』松岡圭祐

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VII レッド・ヘリング』松岡圭祐



『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VII レッド・ヘリング』松岡圭祐 文庫巻末解説

解説
よし だいすけ(書評家)

 すぎうらの受難。
 二四歳の駆け出し小説家であるヒロインが、何の因果か「本」絡みの事件に巻き込まれ、探偵役となり解決に向けて奔走する──ビブリオミステリー・シリーズ第七巻にあたる本書のストーリーをひとことで言い表すならば、冒頭の一文となるだろう。受難はもともと、キリスト教用語だ。イエス・キリストが十字架にはりつけにされた際の苦痛を表す言葉として、新約聖書に登場する。今回、李奈が巻き込まれた大きな事件は聖書に由来するもの。その意味でも、この一語はうってつけではないか。
 受難の印象は、前巻との明暗差も作用している。前巻のラストは、李奈のこんなモノローグで終わっていた。〈霧が晴れるように心が洗われる機会がある。いまがそのときにちがいなかった。わだかまりはすべて過去になった。これからは希望あふれる未来しかない。本当の意味で未来の天才になりたい〉。このモノローグは、直接的には、母との和解を意味している。第一巻から登場していた李奈の母・あいは、三重県の実家に帰ってこい、作家などという不安定な仕事は応援できないと娘に言い続けてきた存在だ。そんな母が上京し、探偵業(!?)も含めた仕事ぶりを目にすることで、娘の人生の選択と才能を肯定する。しかも、自分の文才は母からの遺伝かもしれない……という想像のオマケ付きだ。人生を前へと、明るい未来へと進めた喜びが、ヒロインを突き抜けて読者の胸にも届く快感に満ちたラストだったのだ。
 本巻のオープニングは、前巻ラストの快感の延長線上にあると言える。李奈は第一巻の時点では文庫オリジナルのライトミステリーを三冊著したのみだったが、シリーズが進展する過程で新たに文庫を一冊、一般文芸の単行本を一冊、そして自らが解決に関わった事件をまとめたノンフィクションを二冊(一冊は別名義)刊行した。身辺トラブルへの対処が理由ではあるものの、「駅徒歩十七分、木造アパート一階の1DK」(第一巻の表記より)から、同じ街にあるオートロックの1LDKマンションへと引っ越したのだ。
 本シリーズは基本的には一巻完結型のミステリーだが、杉浦李奈の作家としての成長を追う大河ドラマ的側面がある。とはいえ生活費を稼ぐためにコンビニでアルバイトもしている李奈が、作家として少しずつ売れるようになることを、スゴロクのマス目に採用してはいない。自分という人間は書くしかない人生を歩むのだ、と少しずつ腹を括っていく様子をこれまで追いかけてきたのだ。そのプロセスを重視すればこそ、李奈は「作家探偵」として世間の知名度は上がれど著作の重版はかからず、作家としてのステップアップにまつわる具体的なエピソードが顔を出すことはこれまでなかった。それが前巻ラストで解禁された。
 ところが、本巻冒頭わずか七ページで暗黒へとたたとされる。アマゾンの自著の評価の平均が軒並み星一つとなり、ウィキペディアになぜか引っ越し先の新住所がアップ。自身名義の官能小説が編集者にメールで送られ、郷里の母からは電話で、自分と思しき女性がホストにおぼれている姿を映したDVDの存在を知らされる。主人公に負荷をかけよ、とは物語創作上の極意としてよく知られているが……ヒロインを失神させるほどとは! もう一度記そう。本巻は、杉浦李奈の受難の物語である。
 インパクト抜群のオープニングの後、目を覚ました李奈は、人生を取り戻すために立ち上がる。自分がどんな攻撃を受けておりこれからどう動けばいいのか、仲間たちと現状分析を開始する。これまでの作家&探偵活動を通して培ってきた人間関係が、李奈にとっての武器となり支えとなっている様子を見れば、シリーズを読み継いできた人ならば喜びに貫かれることだろう。
 その現状分析の過程で、出版界の業界内幕モノである本シリーズの面目躍如たるエピソードが顔を出す。KADOKAWAの編集者は言う。作家は人気商売だから、本に何かしらの色が付くようなニュースは避けるべきだ、と。その意見はよくわかる、と李奈は思う。
〈読書への没入を誘う作家論なら歓迎だが、それ以外の雑音は読む気を失わせる。小説家のせいではないとわかっていても、人間的ないざこざがきこえてくると、なんとなくめてしまう。(中略)空想の作中世界以外をちらつかせてほしくない〉
 Twitterなどで度を越した個性を披露した結果、人格や思想への疑いが世間に浸透し、読者をシラけさせた作家の顔が何人も浮かぶ。余談だが、本作の著者である松岡圭祐はSNSの類を一切やっていない。公式サイトの「Information」欄で新刊告知を流すのみだ。作品のために自分はできるだけ透明な存在でありたい、という思いのなせるわざだろう。
 以上のようなサブプロットがセットアップされたところで、本巻のメインプロットが始動する。大手企業の社長・ときのすとうぞうから、めい時代に初めて翻訳された聖書についての研究本の執筆を依頼されるのだ。李奈自身は気が進まないものの、調査を進めざるを得ない事態に巻き込まれる。その聖書の出自が面白い。この部分は小説オリジナルだ。
 日本において聖書は、どのような翻訳と出版の歴史を持つか。最古とされる「明治元訳聖書」は、プロテスタントの宣教師たちの手により一八八〇年に新約聖書の、一八八七年に旧約聖書の翻訳が完成となり順次出版された。ここまでは、史実として知られている。しかし、実は一八八〇年に新約聖書の別バージョンの翻訳本を、まるぜんが出版していた──。李奈に課せられた使命は、丸善版『新約聖書』を探すことだ。
 本作は、ビブリオミステリーの王道にしてシリーズ初となる「幻の本」を巡る物語である。パッと思い付くだけでもおんりくの『三月は深き紅の淵を』、もりひこの『熱帯』、かみえんの『ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ ~扉子と空白の時~』と、多くの作家たちがトライしてきた題材だ。松岡圭祐版「幻の本」は、内容についてげんがく趣味にはならない絶妙な塩梅で記述しつつ、本の周辺に二重三重の仕掛けを張り巡らせている。ミステリー部分のネタバレになるため本来はこれ以上踏み込むべきではないのだが……キーパーソンは「最後の将軍」として知られる、とくがわよしのぶ。慶喜と聖書にどんな関係が? 史実のすきに、あり得たかもしれない歴史を探るこの視線も、本シリーズにおける新機軸だ。
 本巻において最も重要なポイントを指摘したい。実は、丸善版『新約聖書』を調査する過程で、李奈の前に大金を手にする可能性が浮上する。その可能性をきっかけに、もしも使いきれないほどの大金を手に入れたら小説を書くのか否か、という問題が仲間内で議論に上る。李奈は言う。「……たぶんおばあちゃんになっても小説を書いてると思う。どんな生活がまってるか知らないけど」。物語が四分の三を過ぎたところで登場するこの言葉は、最終盤においてより強い表現に変換されたうえで、李奈の心の中で再び放たれる。
 主人公の作家としての成長を追う大河ドラマという側面から見た場合、シリーズ第七巻を数える本作では何が書かれているか。自分という人間は書くしかない人生を歩むのだと、決定的に腹を括るのだ。杉浦李奈の受難を描く本巻は、受難をくぐり抜けた先に現れる、杉浦李奈の覚悟を描く営みでもあった。
 李奈の中にブレることのない覚悟が宿った、だからこそ「売れる」のストーリーラインを動かすことが可能となったのかもしれない。本巻のラストでは、「売れる」にまつわる大きなイベントが発動する。続刊はシンデレラ・ストーリーとなるか? いずれにせよ李奈は、自身を取り巻く状況が変わることで戸惑うことはあれど、うわつくことはないだろう。読者がそう信じられるよう、作者は七巻かけて彼女の個性と人間性をつづってきたのだから。

作品紹介・あらすじ



ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VII レッド・ヘリング
著者 松岡 圭祐
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2022年12月22日

人気のビブリオミステリシリーズ!!
24歳になった李奈は引っ越しを終えた新居で心機一転、小説家として新たな一歩を踏み出そうとしていた。新刊の評判は上々。しかしそんな状況に水を差すような事態が! アマゾンの評価は軒並み星一個となり、行った覚えのない店での痴態が撮影され、書きもしない官能小説が自分名義で編集者に送られていたのだ。一体何が起きているのか? 混迷を極める中、出版社にいる李奈を呼び出す内線電話がかかってきて……。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322209001173/
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