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レビュー

人間の『やる気』『勇気』『行動力』を考える上での永遠の名著――『ガルシアへの手紙』文庫巻末解説【解説:茂木健一郎】

勇気・自主性・行動力が引き出される不朽の名作
『ガルシアへの手紙』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

ガルシアへの手紙』著者:エルバート・ハバード アンドリュー・S・ローワン 訳:三浦広



『ガルシアへの手紙』文庫巻末解説

解説
茂木もぎけん一郎いちろう(脳科学者)

『ガルシアへの手紙』は、人間の行動力、やる気、勇気などの成り立ちを考える上での「永遠の名著」である。アメリカの歴史の転換点に、マッキンレー大統領から、キューバのどこにいるかわからないガルシア将軍への手紙を託された男、ローワン。そんなことは無理ですとか、もう少し情報をくださいなどと言わずにミッションを完遂したローワンの生き方から、私たちは多くを学ぶことができる。この原書にきつけられて、世の中に広めることを決意した三浦みうらひろしさんもまた、現代に生きる一人の「ローワン」なのだろう。
 現代は情報化社会であるが、生きる上で大切なこと、チャレンジに満ちたことほど、情報も少なく正解もわからない。そんな中、私たちは生きていく。情報が足りないから、正解がわからないからと言って行動をためらっていたら、明日は開けない。どこにいるのかわからない相手への手紙を託され、それを届けたローワン。彼は職務に忠実だったとも言えるし、生きることの原理にかなっていたとも言える。 
 この世界に生まれ落ちた私たちはみな、ローワンのような状況にある。学びや仕事、人生全般は、ある意味では取扱説明書のない「無茶ぶり」であり、「無理ゲー」なのだ。十分な説明や、情報を待っていたら、あるいはどうすべきかという段取りや地図が手に入るまで待っていたら、人生の時間はどんどん過ぎていってしまう。
 大切なのは、「私は行動する」とまず決めることである。その上で、どうすればいいか、どんな計画を立てればいいか、どうやって困難を乗り越えればいいかは実際に動きながら考えればいい。シリコンバレーの起業家などがしばしば使う言葉に「マドルスルー」がある。泥の中のような、困難だらけのプロセスを、なんとか進んでいく、そんなイメージである。ビジネスや人生はスマートにコスパよくできるほど簡単ではない。即座に実現できることには価値がない。『ガルシアへの手紙』において、ローワンはまさにマドルスルーしたわけだが、そのような意味のある「無茶ぶり」を自分に課すことができるようになることが、本書を読んだ上での一つの「成果」だろう。 
 ところで、現代社会における仕事などの多くの活動は、一人でやるものではない。たくさんの人が協力し合って進めていくことで、素晴らしい成果を上げることができるのだ。
 その際に重視されるのが、リーダーとフォロワーの関係である。ヴィジョンを持ち、指導力を発揮できる人が全体を率いていくことで、チームを成功に導くことができる。そのことで、チームメンバーもまた、自分たちのエネルギーを有効に使うことができる。リーダーとフォロワーが、ともに「自己実現」できるのが、チームワークの素晴らしさである。
 世の中ではリーダーが注目されがちだが、二〇一〇年のTEDで、リーダーをリーダーにするのはフォロワーだと熱弁したのが、起業家のデレク・シヴァーズさんだった。草地の上で若者たちがピクニックをしている。やがて、一人の若者が「裸踊り」を始める。最初は怪訝けげんそうに見ていた周囲の人たちだが、その楽しそうなありさまに共感して、やがて一人、二人、三人……と一緒に踊る「フォロワー」が出てくる。そのうちに、私も私もと加わる人が続出して、やがて、たくさんの人がともに踊るチームができる。
 この動画を使いながら、シヴァーズさんは、「リーダーをリーダーにするのはフォロワーなのだ」と強調した。リーダーばかりが注目されているが、ある人のヴィジョンを信じて、それについて行こうとするフォロワーがいるからこそ、リーダーはリーダーになり、チームワークは成立する。説得力のあるこのトークは、全世界に拡散した。
『ガルシアへの手紙』もまた、リーダーとフォロワーの物語と読むこともできる。リーダーが示したミッションを、いかに工夫して遂行することができるか。ローワンは見事なフォロワーだったし、マッキンレー大統領は素晴らしいリーダーだったといえる。当時のアメリカ合衆国にとって、ガルシア将軍に手紙を届けることがきわめて重要だったこと。そして、そのミッションを達成することは、一人の勇気ある人物に託されるべきだったこと。そのようなさまざまな状況判断を積み重ねて、大統領の決断は行われ、ローワンは知恵の限りを尽くして実行した。リーダーとフォロワーの卓越したチームワークが、『ガルシアへの手紙』の一つの読みどころである。 
 脳科学では、リーダーとフォロワーの脳活動にどのような特徴があるかという研究が行われている。その結果わかったことは、リーダーの脳では前頭葉の神経細胞の活動の統合性が高いということだった。つまり、リーダーは世界を認識し、自分の意志を貫き、実行する前頭葉の統合作用が高い。それに対して、フォロワーの脳では、リーダーに従っている時には一時的に前頭葉の活動を低下させていることがわかった。言い換えれば、フォロワーは、リーダーに前頭葉の働きを一時的に預けることによって、見事なチームワークを実現しているのである。
 前頭葉の活動の一時的な低下は、カリスマ性のある人物に接している人の脳でも起こることがわかっている。リーダーとフォロワーの関係は、前頭葉のネットワークを通した一つの社会的事象なのである。『ガルシアへの手紙』で大切なのは、ガルシア将軍に手紙を届けるというミッションの選択が、当時の国際情勢、アメリカの置かれた立場にとって最適なものだったということである。いわば、それはサッカーで言えば「キラーパス」であり、古代中国のたとえを使えば「乾坤けんこん一擲いってき」の大勝負だった。そのようなマッキンレー大統領の判断を信頼できたからこそ、ローワンは万難を排してミッションに向かうことができたのである。
 実際は、リーダーの選択が必ずしも信頼できないことも多い。会社などの組織においてしばしば見られる不都合は、リーダーであるはずの人のヴィジョンが不明確で、方針も揺らいでしまうことだろう。
『ガルシアへの手紙』におけるローワンは、リーダーに恵まれていた。しかし、一般社会においては、必ずしもそうではない。行動すること、目標達成に向けて努力することは大切だが、肝心の目標自体が不適切だったり、ヴィジョンが間違ったものだったりすると目も当てられない。
 理想的なのは、自分自身で目標を定め、ヴィジョンを抱くことができて、しかもそれを実行する勇気があることである。できれば、『ガルシアへの手紙』におけるマッキンレー大統領とローワンの両方の素養を兼ね備えた人になればいい。行動することが大切だと言っても、適当に手足を動かしているだけでは成功はおぼつかない。まずは、どうしても遂行すべき目標を定める必要がある。そのためには、さまざまな情報を収集し、分析し、判断する「インテリジェンス」が重要になる。 
 言うまでもなく、アメリカ合衆国はインテリジェンス大国である。一方、日本におけるインテリジェンスは十分ではない。インテリジェンスは、国家の将来だけにかかわるのではない。自分はこの世の中でどのようなことを学んで、何を仕事とし、いかに目標に近づくのか。そのような生き方のインテリジェンスがあることが、『ガルシアへの手紙』で大切とされている行動力の大前提であることを忘れてはいけない。
 マニュアルに頼ったり、指示待ちだったり、そのような行動力を欠く現状は大いに反省してほしい。その一方で、めったやたらと行動すればいいというものでもなく、大胆な実行をする際には必ずそれを支える精緻せいちなインテリジェンスがなければいけないことを忘れてはいけない。
 インテリジェンスとは、言い換えれば自分の人生の羅針盤のようなものである。『ガルシアへの手紙』を読んで行動力や勇気の大切さに目覚めた人は、今度は、現代社会全般や自分の関心のあることについてのインテリジェンスを大いに磨いてほしい。そのためには、たくさんの本を読み、情報を収集して自分の見る世界を広げ、分析を鋭くし、ものの見方を深めるしかない。
 インテリジェンスという羅針盤を得て、行動力を発揮する上では、やはりメンタルの部分が重要になってくる。経済学者のジョン・メイナード・ケインズは、人の行動を駆動する「アニマルスピリッツ」に注目した。未来がどうなるかわからなくても、正解が見えなくても、とにかく行動することが大切なのである。
 しばらく前には、一年が七年に相当するという「ドッグイヤー」や、一年が十八年に当たる「マウスイヤー」が喧伝けんでんされた。あの頃は、社会の変化がある程度方向づけられ、一刻も早くそのアップデートを実現することが肝心だと見なされていたのである。
 時代が流れて、今の世相を象徴するのは「ピボット」である。バスケットボールにおいて、軸足を中心にくるくると回転して方向を変えるように、容易に見通すことのできない世界の中でとにかく疾走し、方向を変え続ける。そのようなピボットの精神こそが、現代において必要とされる。
 これからの時代に求められるのは、やるべきことを見抜くマッキンレー大統領のインテリジェンスであり、困難にも負けずに実行するローワンの実行力であり、そして必要に応じて即座に方向転換するピボットの精神だろう。
『ガルシアへの手紙』という永遠の名著で温故知新を味わうことは、素晴らしい出発点になる。ぜひ、原典の魅力に加えて、三浦広さんの愛情と知恵にあふれる解説が展開されたこの素晴らしい一冊を脳にインストールして、これからの激動の時代を楽しんで歩んで行っていただきたいと思う。
 誰にでも、一生に一度くらいは、届けるべき手紙(=達成すべきミッション)に出会うはずだ。
 あなたの手紙は何ですか?
 それは、誰に(どこに)届けるべきなのでしょう?
 あなたにとっての『ガルシアへの手紙』は何でしょう?
 この本を読んだ後、その余韻の中で、この問いをしばらく心の中で揺らしていただけたらと思う。

作品紹介・あらすじ



ガルシアへの手紙
著者 エルバート・ハバード、アンドリュー・S・ローワン
訳 三浦 広
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2023年01月24日

勇気・自主性・行動力が引き出される不朽の名作
1億人が読んだ自己啓発の世界的ベストセラー初の文庫化!
茂木健一郎氏大絶賛!
「人間の『やる気』『勇気』『行動力』を考える上での永遠の名著」


男は何も聞かずにキューバへ急いだ――。米西戦争時、マッキンレー大統領はキューバのリーダー・ガルシアへ宛てた手紙をローワンに託した。居場所不明のままボートに飛び乗り、4週間後には手紙を届けて無事生還。自国に勝利をもたらしたという。物語を通じ、物事に積極的に取り組む「自主性」、課題に挑む「行動力」の重要性を説く。100年にわたり支持され続け、1億人以上が読んだ自己啓発の世界的名著。解説:茂木健一郎。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322208001266/
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