角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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松岡圭祐『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』
松岡圭祐『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』文庫巻末解説
解説
池上 冬樹(文芸評論家)
いやあ、まさか松岡圭祐がこんなに文芸色の強い作品を書くとは思わなかった。とくに純文学作品に言及する箇所も多くて、意表をつかれる。
もともと、松岡圭祐は様々なジャンルの作品をくり出してベストセラー入りを果たしている抜群のストーリーテラーで、今年三月に『小説家になって億を稼ごう』(新潮新書)を
主人公は、二十三歳のライトノベル作家・
対談のテーマは「芥川龍之介と太宰治」で、何とか無難に意見をかわすことができた。この企画が契機となり、次回作の帯に岩崎からの推薦文をもらえることになり、李奈は大喜びするのだが、新作発売直前、岩崎の新作に盗作疑惑が持ち上がり、推薦文は幻になる。盗作なんて本当だろうか。岩崎が盗作をするなんて信じられなかった。
そもそも事件そのものが不可解だった。岩崎の第二作『エレメンタリー・ドクトリン』が、それよりも六日前に刊行された無名の作家・
当事者の岩崎が行方をくらまし、ますます
基本的にはミステリであり、二転三転して、意外な方向へと導かれるのだが、文学好きとしては、その謎解きもさることながら、まず節々に出てくる文学的言及にニヤリとする。ハイネケンの缶ビールが出てくると、日本文学のゼミ生たちは村上春樹の短篇から、
こんな風に紹介すると、文芸色が強すぎる印象を与えるかもしれないが、そうではない。無理なく、さりげなく文学の豆知識をいれているといったほうがいい。
繰り返すが、本書は、あくまでも盗作事件の謎や殺人事件の謎を追及するミステリであり、後半に入ると
この創作上の問題については、本書でもすでに、芥川や太宰の文学と人生との比較のうえで視野に入れられていたのだが、それ以外に二つの作品をあげて作者はさりげなくテーマを補強している。井上靖の『ある偽作家の生涯』と辻邦生の『夏の砦』である。二作とも芸術家小説といっていいだろう。前者は
特に『夏の砦』は本書のなかでも模倣される作品として語られ、文章が美しいと人物たちが絶賛しているが、まさに思索に富む
本書は、創作をテーマにしているといっていい。盗作問題を扱い、過去の事件を簡単にふれながら、先行する海外文学との関係などを芥川龍之介の作品にも言及してふれているが、根底にあるのは、業界の中で何が求められているのかという問題もさることながら、どのようにして小説を書くべきなのか、どのようにして作家として生きていくべきなのか、作家はどのような衝動をもち、それを解放しているのかなど、大きなテーマといっていい。おそらくこれは、本書と並行して書かれていたに違いない、冒頭で紹介した『小説家になって億を稼ごう』から派生した物語といえるのではないか。
本書では、作家のギャラがいかに厳しいのかを
おそらくこれが松岡圭祐の創作方法なのだろう。個人的な話になるが、山形と仙台の小説家講座の世話役を長年つとめているし、大学で創作論も教えているので、作家たちの創作方法についてはかなり詳しく知っているほうだが、この松岡圭祐の「想造」論は、人間の創造力/想像力追求という点でもっとも根源的なアプローチかもしれない。できるだけメモもとるな、書こうとするな、細部まできちんと脳内でキャラクターとストーリーを追い込めといっている。
小説の新たな書き方として講座や大学で紹介したくなるのだが、『小説家になって億を稼ごう』ではもうひとつ大事なことも書かれてある。デビュー作がヒットしなかった時の対処法だ。ハウツー本では意外と書かれない項目である。本書の8節でも「期待の新人が、受賞第一作で早くもつまずき、それっきりになる」例が語られているけれど、受賞していないデビュー作の場合はさらに深刻になる。しかし松岡圭祐は、デビュー作が売れない(評価されない)新人のケアも十二分に行う。何が問題なのかを多角的に(もちろん「想造」を基本において)捉えて成功へと導こうとするのである。これがなかなか説得力のある内容で、オリジナリティにあふれている。
いささか話が『小説家になって億を稼ごう』に傾いてしまったが、本書『écrⅰture 新人作家・杉浦李奈の推論』を読んで作家業界や創作に関心をもたれたなら(もちろん松岡圭祐の愛読者なら)、ぜひとも読まれるといいだろう。四作を書き終え、事件に遭遇した杉浦李奈が今後どのような作家生活を歩むのかも気になるところだ。異色の文芸ミステリ・シリーズの第二弾を期待したいものである。
作品紹介
ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論
著者 松岡 圭祐
定価: 748円(本体680円+税)
発売日:2021年10月21日
新進気鋭の作家に盗作疑惑!? 発覚後は失踪――
ラノベ作家の杉浦李奈は、新進気鋭の小説家・岩崎翔吾との雑誌対談に出席。テーマの「芥川龍之介と太宰治」について互いに意見を交わした。この企画がきっかけとなり、次作の帯に岩崎からの推薦文をもらえることになった李奈だったが、新作発売直前、岩崎の小説に盗作疑惑が持ち上がり、この件は白紙に。そればかりか、盗作騒動に端を発した不可解な事件に巻き込まれていく……。真相は一体? 出版界を巡る文学ミステリ!
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