角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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松岡圭祐『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実』
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松岡圭祐『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実』
解説
新保博久(ミステリ評論家)
ミステリの犯人やトリックを未読の相手に明かすのはエチケット違反とされている。確かに、アガサ・クリスティの某作やエラリー・クイーンの某作などについて、それをやられた側は被害甚大だろう。ところで、
――などと、思わせぶりに書くまでもない。本書を手に取り、この解説に行き着いたあなたは、もし乱歩の『黄金仮面』をまだ読んでいなかったとしても、それが何者の
私自身は、もちろん乱歩にもルブランにも親しんできたわけだが、本書を味わいながら常に感じていたのは、「乱歩に読んでほしかったなあ」という想いである。乱歩は『黄金仮面』の数年後に連載した『黒蜥蜴』を戦後、一九六二年になって
『黄金仮面』に限らず、いったいに乱歩の長篇は非合理的で、あちこち無理が目立つ。『講談俱楽部』に連載した『蜘蛛男』が非常に好評だったので、僚誌『キング』からも依頼されて、一九三〇年九月から翌年十月まで連載したのが『黄金仮面』だが、
「この小説でアルセーヌ・リュパンを出すことは最初から考えていた。ちょうどモーリス・ルブランが彼の小説中にドイルのシャーロック・ホームズを引っぱり出して、リュパンと対抗せしめたように私もフランスの俠盗アルセーヌ・リュパンを日本の東京へ引っぱって来て、わが明智小五郎と戦わせてみたいと思ったのだ。しかし、(中略)英人のホームズが
そこで、愛読していたマルセル・シュオッブの怪奇短篇「黄金仮面の王」にヒントを得て、金色のマスクをかぶらせることにしたという。だが、それは合理的なようでも、考えてみれば、金色の怪人に扮して東京内のあちこちに出没する必要はない。当時でも西洋人はいくらでも来日していたはずだから、頻発する古美術品盗難事件と自分は関係がないという顔をしていれば済むところだ。
高校に入ったばかりで、折しも刊行され始めた江戸川乱歩没後最初の全集で『黄金仮面』に初めて触れた身が、そんなことまで思い至るはずもない。そのころ翻訳ミステリ一辺倒だった私は乱歩全集に魅了されてあっさり宗旨替えしたが、いきなり大人向け作品から
「おそらくわが国の推理作家中一番自由な想像力の持主であった江戸川乱歩も、その根底にファントマスの二人の作者(スーヴェストル&アラン)やジュール・ヴェルヌ的反抗の思想(国家や社会に対する)という基盤を持っていないために、黄金仮面では(のちに書いた二十面相と違って)せっかく妥協の少ない怪盗像を作り出しておきながら、最後には黄金仮面とはルパンにほかならないなどと、変なところで下敷を告白してしまう。しかも絶対に人殺しをしないはずのルパンも、日本では連続殺人をやってのける。これは西欧人たるルパンにとって日本人などは人間の数にも入らないためなのだそうだ。したがって明智先生としても、いつもの正義心に加えて愛国心までこめ、これを追うことになる。作者の基本的態度が不確かな以上、このような茶番劇に終るのも、けだし当然のことであろう」(伊東守男「ファントマスとルパン――反人間主義的英雄の登場」、『ミステリマガジン』一九六八年十二月号)
という一文でネタを割られながら、読むこともあるまいと思っていた『黄金仮面』の正体を知らされても
乱歩に続いてルパンを自作に登場させた例には、
『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』の前半は、
『黄金仮面』に関しては、高校一年だった私にも得心がいかないところがあった。ルパンが西洋人でない者は殺しても構わないと考える人物だったというのは、まあいいとしても、そのように劣等民族視する日本人女性に恋をして、フランスに連れ帰ろうという心情は矛盾してはいまいか。また、そのとき日本を脱出するのに、飛行機による世界一周をフランスで初めて(の
そして、幾度となく『黄金仮面』を読み返しながら、松岡圭祐に指摘されるまで気づかなかったのだが、黄金仮面が日本の古美術品を狙うなら京都を標的に選ぶべきだったのに、なぜ東京を拠点にしたかという疑問には意表を突かれた。その疑問を提示されても、乱歩は京都に土地鑑がなかったから、勝手知ったる東京を舞台にしたにすぎないというぐらいにしか考えなかったと思う。だが作中のリアリティを考えるなら、これはけっこう重大な疑問だ。乱歩やルブランの原典に見られる、こうした大小の矛盾・疑問点に、『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』がことごとく明快な回答を用意しているのに舌を巻いた。
黄金仮面が盗品を隠匿するのに使った場所も原作どおりとはいえ、乱歩は適当に設定したのだろうが、エトルタの針岩(奇巖城)と同じ原理で、「古美術品の保管には、それぞれに相応の高度が必要になる。空気中の飽和水蒸気量は、高いところほど少なくなる。吹き抜けなら適度に空気が循環する。古美術品を劣化させないためにも、隠し場所は巨大な煙突状が望ましい」と、合理的理由が補強される。こうしたディティールによって、
さらに『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』では、原典『黄金仮面』に新たな照明を当てつつ筋を追うのは物語の半分強で終わり、そこから独自の展開が始まる。明智の活躍を背景の年代順に並べ替えた『明智小五郎事件簿Ⅵ「黄金仮面」』(二〇一六年、集英社文庫)巻末の年代記で
二大スターの対決だけに安住せず、歴史推理の妙味にも力が注がれているのは、本書と同様の趣向で先行する『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』(二〇一七年、講談社文庫)で、来日したホームズ探偵が
ケレン、というのは良い意味で、松岡圭祐の一九九七年の小説デビュー作『催眠』や、『千里眼』など初期作品以来の身上のようでもあるが、『黄砂の籠城』(二〇一七年)では一転、重厚な歴史小説にも進出した。『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』と続いた連作は、島田荘司がいうように重厚とケレンとを止揚して、従来からの松岡ファンはもとより、ホームズやルパン、乱歩作品などの愛好家にも松岡圭祐を〝発見〞させ魅了する
(本文敬称略)
註*ただしTV化作品、明智小五郎に
また、少年探偵団シリーズ後期作品『仮面の恐怖王』(一九五九年)では
作品紹介
アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実
著者 松岡 圭祐
定価: 968円(本体880円+税)
発売日:2021年11月20日
全米発売『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』に続く第2弾
アルセーヌ・ルパンと明智小五郎が、ルブランと乱歩の原典のままに、現実の近代史に飛び出した。昭和4年の日本を舞台に『黄金仮面』の謎と矛盾をすべて解明、さらに意外な展開の果て、驚愕の真相へと辿り着く! カリオストロ伯爵夫人に息子を奪われたルパン、55歳の最後の冒険。大鳥不二子との秘められた恋の真相とは。明智と文代の馴れ初めとは。全米出版『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』を凌ぐ、極上の娯楽巨篇!
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