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レビュー

女子高生探偵がミステリの帝王に挑む!?『セーラー服とシャーロキエンヌ 穴井戸栄子の華麗なる事件簿』

 我々の時間線とは異なり、日本が「日本帝国」となっている世界。華族制度が持続しているほか、「探偵士」という国家資格が存在し、探偵を養成する学校「聖アリスガワ女学校」が設けられている世界。

 そんな舞台で高校生の女子探偵・穴井戸栄子が活躍するさまを綴ったのが、本書『セーラー服とシャーロキエンヌ 穴井戸栄子の華麗なる事件簿』である。

 世界観的には、「天帝」シリーズ及び「セーラー服と黙示録」シリーズと共通している。しかしそちらを読んでいないと理解できないとか面白くないということはないので、本書を単独で読んでいただいて全く構わない。

 そしてタイトルに〝シャーロキエンヌ〟と入っていることから推察される通り、シャーロック・ホームズのオマージュ的な事件が発生する。これまた元ネタとなっている作品を読まずとも楽しめる――が、読んでいるほうがより楽しめることは、巻頭で穴井戸栄子嬢自らが語っている通り。

「Sherlockienne」はあまり使われない単語で、「シャーロッキアン」の変形「Sherlockien」の女性形、つまり「女性シャーロッキアン」という意味になるが、ここでは「女性版シャーロック」ととらえるべきだろう。

 しかし穴井戸栄子は、最後の最後の推理は相棒(助手? 奴隷?)の古野まほろ任せにしてしまう。実は賢いのはワトスンで、ホームズは探偵のふりをする俳優だった、というパターンでは映画『迷探偵シャーロック・ホームズ/最後の冒険』などがあるが、それともちょっと違う。まほろが全てを見通している、というわけではない。まほろは栄子の推理に耳を傾けつつ、それが間違った方向に向かおうとすると、さりげなく正しい方向に軌道修正するのだ。

 発生する事件は、いずれも正典(コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズ譚六十篇)もどきなものばかり。だがキャラクターやガジェットを置き換えただけではなく、更にその先にひねりがあるので「そうきたか」とニヤリとさせてくれる。

 以下、本書収録作の要素とその元ネタとをリンクさせてみよう。編集氏からは「思い切りシャーロッキアン的な観点からお願いします」と言われたので、思いっ切り。後のほうで出てくる固有名詞にも触れることになるので、まっさらの状態で読みたい方は先に本文をどうぞ。


書影

※画像タップでKADOKAWAオフィシャルページに移動します。


 栄子の事務所の住所は、八丁味噌通221の13。ホームズの部屋は、ベイカー街221Bにある。「13」は、くっつけると「B」に見えますよね? 二階への階段が十七段なのは、どちらも同じ。

 事務所の壁には、昭和天皇を意味する「H・I」の文字が弾痕で描かれているが、ホームズの部屋の壁にはヴィクトリア女王を意味する「V.R.」の文字が弾痕で描かれている。

 マントルピースにはジャックナイフで試験問題が固定されているが、ホームズの部屋では手紙類。ここではイラン製スリッパに桃のウッドチップが詰められており、ホームズの部屋ではパイプ用タバコがペルシャ・スリッパに詰められている。

 この部屋を準備する資金を提供した修野まり子爵令嬢は、大英帝国ではメアリ・ホウルダーネス公爵令嬢と呼ばれる、とあるが、これは「プライアリ・スクール」(『シャーロック・ホームズの生還』)の依頼人ホウルダーネス公爵が由来である。

 姫山警察の鉄途隷人警部は、スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)のレストレード警部から。レストレードは鉄途隷人が栄子に心酔しているほど、ホームズに心酔していないし、こんなに太鼓持ち的ではないが。イタチに似ているところは共通。

 銛矢挺教授は、ホームズの宿敵モリアーティ教授から(「最後の事件」)。「犯罪界の後白河法皇」と呼ばれているが、モリアーティは「犯罪界のナポレオン」と呼ばれる。

【穴井戸栄子プロフィール】

『乳色の研究』とあるのは、もちろん『緋色の研究』から。『緋色の研究』は最初のホームズ譚であり、ワトスンがホームズの特徴を項目立ててまとめるくだりがある。栄子のプロフィールは、そのもじりになっているのだ。

「必殺技」の項にあり、各事件で実際に発揮されるのがお約束となる「バリツ」とは、ホームズが得意だった日本の格闘技の名前である(「空き家の冒険」より)。

【獅子座連盟】

 元ネタは「赤毛連盟」。赤毛の人だけが所属を許される赤毛連盟に入会した人物が辿る、数奇な運命の物語。それがここでは、獅子座の人だけが入れる獅子座連盟になっている。

 栄子の衣装を、まほろは「シドニー・パジットとジェレミー・ブレットが思わず滝壺に逃げたくなる様な」と評している。パジットはホームズ作品が〈ストランド・マガジン〉に連載された際の插画家、ブレットはグラナダ版ドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』のホームズ役者である。

 獅子座連盟では漢字を毛筆で筆写させられるが、赤毛連盟では大英百科事典を筆写するのがお仕事。欠員ができて募集がかけられたとか、高額の報酬が支払われるとか、仕事の際は事務所から出てはいけないとか、家には地下室があるなどのシチュエーションは、ほぼ同じ。栄子が報酬として得るストラディヴァリウスは、ホームズも所有しているヴァイオリン。

 西海銀行鯖盤支店の減絵座支店長はシティ・アンド・サバーバン銀行のメリウェザー頭取、暮井太郎はジョン・クレイ、慶長大判はナポレオン金貨。

 後半、短い期間で重機を使わず土砂の搬出口も確保せずにトンネルを掘るのはおかしいとか、ステッキで地面を叩いて地下のトンネルの存在がわかるはずがない、などのくだりは、そっくりそのまま「赤毛連盟」の矛盾点としてシャーロッキアンも注目している重要ポイントである。

【赤いルピア】

 元ネタは「青いガーネット」。落し物のガチョウの中から宝石が見つかり、どうしてそこに至ったかをシャーロック・ホームズが調査する。ここでは、スイカの中から見つかった赤いルピア。紙幣が出てきたにもかかわらず鉄途隷人警部が「ダイヤでがしょう?」云々と発言するのは、原典がゆえである。

 飯塚神父がパイプオルガンで奏でている「パトリック・ガウアーズ作曲『ベーカー街』221B」とは、先述したドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』のオープニング・テーマのこと。「タ~ラ~ラ~リ~ララ、リ~ララ~」という、有名なアレである。

 栄子は土の種類に詳しく、ブルーシートに付着した土から推理を働かせているが、これはホームズも同様で、靴に付いた土から推理する。

 栄子が広告を出させた新聞の名前、途中から「グローブ、スター、ペルメル、聖ジェームズ・ガゼット、イヴニング・ニューズ・スタンダード、エコーその他思い出せる新聞すべて」とカタカナになる部分は、「青いガーネット」そのまま。

 奥諸島夫人はオークショット夫人、帯尊太郎はジョン・ロビンソン、贅蒸頼太はジェイムズ・ライダー、麗照孔雀はキャサリン・キューザック。

「新潮文庫のシャーロック・ホームズ・シリーズの背表紙より真っ青」という形容があるが、実際に青い。

 終盤、八月にもかかわらず「寛容と慈善の、クリスマスの時季でもある」とあるのは、「青いガーネット」がクリスマス・ストーリーであり、ホームズがそのように言うからである。

「富山の高岡市ではクリスマスなんだよ」というセリフは、同市で映画『8月のクリスマス』が撮影されたがゆえである。

【だんだらの紐】

 元ネタは「まだらの紐」。日本語にすると「紐」に限定されてしまうが、原語では「band」であり、「一団」なのか何なのか途中までは不明であって、それが「紐」の意味であること、そして「まだらの紐」の正体が何であるかは、最後になって明かされる。しかしここでは、紐限定。

「栄子さんがシャーロック、飯塚神父さまが精々マイクロフト」とあるが、マイクロフトとはシャーロック・ホームズの兄の名前(「ギリシャ語通訳」「ブルース・パーティントン設計書」)。

 依頼人が震えているのは寒いからではなく怖いからだとか、切符から推理をするだとかは、原典通り。

 依頼人が琴柱エリナ、姉がユリナなのは、「まだら」の依頼人がヘレン、その姉がジュリアだから。彼女の義父・水野艪色人は、ロイロット博士から。水野博士は満州にいたが、ロイロット博士はインド。水野博士の領地・崇徳藻蘭町は、ストーク・モラン。エリナのヴァイオリンの名前「スペックルド・バンド」は「まだらの紐」の原題。

 作中「オリーヴの首飾りとインドヌマドクヘビ事件」なる事件に言及されるが、インドヌマドクヘビとは原典に登場するヘビ。英語では「スワンプ・アダー」で、水野博士の猫の名前になる。

 水野博士の城館ではパンダや豹や虎や狒々や熊や象を飼っているが、ロイロット博士は狒々とチーター。

 その近所にあるパブの名前「アルファ・イン」は、「青いガーネット」に登場。

 後半、ヘビはミルクを飲まないとか、鼓膜がないから音が聞こえないとか、紐を伝って上下することはできない、などはシャーロッキアンが指摘する「まだらの紐」の問題点である。

【六つの家康公】

 元ネタは「六つのナポレオン」。ナポレオン胸像が割られる不可解な事件が連続するのだが、ここでは徳川家康公の像になっている。

 大久保紅伐はヴェヌッチ、別穂はベッポ、捨譜二丁目の蹴田商会はステップニーのゲルダー商会、葉天狗先生はハーディング氏、家人噸町の波乃孫美術はケニントンのモース・ハドソン商会、馬肉跡博士はバーニコット博士……と今回は固有名詞が多いので、あとは読者の皆様にお任せしよう。

 後半、コンビニ店長に賭けを持ちかけて情報を引き出すくだりは、「六つのナポレオン」ではなく「青いガーネット」から。シャーロッキアンならば、店長の名前が触琴寺と判った時点で「こりゃブレッキンリッジだな」とニヤリ、である。その後でも、ガチョウと青いルビーに言及される(「青いガーネット」は児童向きに「青いルビー」と記されることもあったのです)。

 ……といった具合に、細部までこだわって書かれている。コナン・ドイルの原典を未読の方がいらしたら、ぜひこの機会にお読み頂きたい。本書の味わいも、更に深まること請け合いである。「六つのナポレオン」のみ『シャーロック・ホームズの生還』収録、あとの三篇は『シャーロック・ホームズの冒険』収録である。

 なお、全篇にわたってガンダムおよびエヴァンゲリオン(その他アニメ)なネタがやたらとちりばめられていることは、アニヲタではないわたしでもさすがに気がついた。「これも解説するんですか」と編集氏に確認したところ「これは隠れミッキーみたいな古野さんのサービスなので……」ということだった。なので、詳述は省く。

 読了した方にはお分かりの通り、最後まで説明されぬままだった事柄(銛矢挺の正体など)が残されている。つまり、これはシリーズを期待してよい、ということだろう。大いに楽しみに、待とうではないか。


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