文庫解説 文庫解説より
気鋭の映画評論家が解説する、名作SFホラーの壮大な歴史!『エイリアン・コヴェナント』
「宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない。」という名コピーとともに、映画『エイリアン』が世界中で公開されてから三十八年。そのコピーがまさに似合う映画として、シリーズ最新作が帰ってきた。しかも第一作をつくりあげたリドリー・スコットの監督作として。
本書はその映画『エイリアン:コヴェナント』の公式ノヴェライズAlan Dean Foster, Alien: Covenant The Official Movie Novelization(2017)の全訳である。著者のアラン・ディーン・フォスターは、人気SF作家であると同時に、映画ノヴェライズの第一人者であり、今回も小説版ならではのおもしろさやディテールにあふれた、シリーズのファンなら必読の一冊に仕上がっている。
本作で初めてこのシリーズに触れる読者も少なくないと思うので、これまでの映画製作の膨大な経緯と、映画のなかで語られてきた長大なストーリーを、できるだけ簡潔に紹介しておこう。いささか長くなるが、お付きあい願いたい。
『エイリアン』シリーズのそもそもの萌芽は、ロサンゼルス在住の二人の大学生が、映画学科の卒業製作として企画した映画『ダーク・スター』にあった。若く無名の二人はジョン・カーペンター(監督・脚本)とダン・オバノン(脚本・主演)といい、ともにSFとホラーの小説・映画・コミックに大きな影響を受けていた。
『ダーク・スター』(七四年)は最終的に商業映画として完成し、二人のデビュー作となったが、映画祭などで一部の観客に注目されたのみで終わる。コンビ解消後のカーペンターの成功はよく知られたところだが、ここで重要なのはオバノンのほうで、人気SF小説『デューン』映画化の準備で渡欧した彼は、企画の中止によって夢破れて帰国(この経緯は二〇一三年のドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』にくわしい)。演劇出身の友人ロナルド・シャセットと組んで、起死回生のオリジナル脚本を書こうとしたとき、脳裏に浮かんだのが、コメディのつもりで作った『ダーク・スター』が、観客にまったく笑ってもらえなかったという前作の失敗体験だった。
それならば、同じように宇宙船の船内を舞台にした、同じようにモンスターの出てくる宇宙SFを、風刺と笑いではなく、スリルと恐怖に満ちた本格ホラーSFとして作ったらどうか。映画『遊星よりの物体X』(五一年)や、H・P・ラヴクラフトの小説からの影響を混ぜ合わせて、人々が震え上がるような映画を作りたい。一年がかりで脚本を完成させたオバノンとシャセットだが、まさかこの一念が、三十八年間つづく映画シリーズの礎になるとは、思わなかったに違いない。
本書の冒頭にまず、ダン・オバノンとロナルド・シャセットへの献辞があるのは、これが理由だし、それを判っているからこそ、アラン・ディーン・フォスターという作家は信頼できるのだ。
二人の脚本を読み、プロデューサーを引き受けたのがウォルター・ヒル。ハリウッドの脚本家・監督として活躍していた彼は、脚本に重大な変更を加える。六人いた宇宙船の乗員に、七人目として人造人間=アンドロイドの登場人物を追加したのだ。これもまた、この時点では予想もしなかっただろうが、人類とエイリアンのあいだにどちらでもないアンドロイドを置いた設定が、シリーズの世界に複雑さを与え、歴代のアンドロイドの名キャラクターと、彼らを製造した企業支配の社会という背景を生み出した。アンドロイドを抜きにしてはありえない『プロメテウス』『エイリアン:コヴェナント』の物語も、ウォルター・ヒルの貢献に端を発しているといえる。
一方で、「外来の、異質なもの」を意味する「エイリアン」という単語を、映画の思わせぶりな題名として提案したのはダン・オバノン。おかげで今ではすっかり、凶暴な宇宙怪物をエイリアンと呼ぶようになってしまった。
そしてここで監督として採用されたのが、カンヌ映画祭で新人賞を受賞したばかりの、ほとんど無名のイギリス人CFディレクター、リドリー・スコットである。
今では、あらゆるSF映画オールタイムベストの上位に、必ず入っている『エイリアン』と『ブレードランナー』だが、この二本を監督したリドリー・スコット自身は、まったくSFファンではなかったことはよく知られている。だが、宇宙船を長距離トラックに見立て、船内セットを徹底的に汚すように指示したのもスコットだし、乗組員の七人に、無名でもいいから演技派俳優を揃えることを求めたのも彼、すべての絵コンテを描き、特撮シーンの演出をしたのも彼で、そのすべてが、従来のSF映画とは違う『エイリアン』の美点になった。
リドリー・スコットはまた、SFにくわしいダン・オバノンを信頼し、彼が連れてきた『デューン』組のデザイナー(H・R・ギーガー、クリス・フォス、メビウス)を歓迎。とりわけ、世界的には無名だったスイスのシュールレアリスム画家ギーガーの画集から、一枚の怪物画を選び出し、それをそのまま成体エイリアン(ゼノモーフ)のデザインに採用したことは、シリーズの成功にどれほど寄与したかわからない。製作会社の反対を押し切って、ギーガー自身をロンドンの撮影スタジオに呼び寄せ、実際の造形制作を任せたことも、美術にくわしいリドリー・スコットだからこその勇断だった。
こうして多くの人々の歯車が噛み合い、奇跡的な傑作として『エイリアン』は完成。世界中のSF映画ファンを熱狂させた。しかし、米本国の興行収入六千万ドルという結果は、ヒットではあるが特大ヒットとはいえない微妙な成績で、第二作までに七年の間が空くことになる。
第一作『エイリアン』(七九年)の物語はこうだ。西暦二一二二年、民間の宇宙貨物船ノストロモ号は、航行中に近傍の未踏査惑星LV-426から謎の通信を傍受。本社の命令により、冷凍睡眠から覚醒した乗組員七人が、惑星探査に向かう。
惑星に降りた探査班は、無人の荒野に人類のものではない馬蹄形の巨大宇宙船を発見。コクピットに大型の人型生物のミイラ化した遺体を見つけるが、その地下で謎の寄生生命体に襲われる。船に戻った乗組員の体から出現した“エイリアン”は、変態をくりかえしながら急成長。ゴシック聖堂を思わせる暗い迷路のような船内を自由に移動しながら、乗員を一人また一人と殺害していく。
第二作『エイリアン2』(八六年)は、まずジェームズ・キャメロンの書いた優れた脚本があり、そのキャメロンが『ターミネーター』(八四年)の成功で名をあげたことで、彼を監督に迎えて製作することが可能になった。
二一七九年、ノストロモ号の二等航海士だったエレン・リプリーは、地球圏外縁でようやく救助される。だが冷凍睡眠で過ごした五十七年の間に、悪夢の惑星LV-426は植民惑星として開発され、入植者が送り込まれていた。救助に向かう植民地海兵隊に同行したリプリーを待っていたのは、エイリアンの群れとの戦争だった。
第三作『エイリアン3』(九二年)は、シリーズ中でもっとも難産をきわめた作品。準備段階で少なくとも四組の脚本家、二人の監督が交替したのち、当時まだ二八歳の新人デヴィッド・フィンチャーが監督に抜擢され、脚本未完成のまま撮影に入った。のちに『セブン』などで成功するフィンチャーにとっても、混乱する大作映画の現場は辛いものだったようだ。
二一八四年、流刑惑星フィオリーナ161に、脱出艇が漂着。生存者のリプリーは、男性囚人だけが厳しい戒律を守って暮らしている刑務所に保護される。一方、脱出艇に潜んでいた幼体エイリアンは、犬を襲って犬型エイリアンに成長。リプリーと囚人たちは増殖の連鎖を断ち切ろうとする。
第四作『エイリアン4』(九七年)は、『トイ・ストーリー』(九五年)で注目された新進気鋭のジョス・ウェドンに脚本を依頼。一気に時代が進んで二十四世紀を舞台とし、主人公はクローン育成された新リプリーに交替し、物語がついに地球に到達するなど、仕切り直しを意識した独立性の高い物語となった。監督にはフランスから『ロスト・チルドレン』(九五年)のジャン=ピエール・ジュネが招かれ、シリーズで初めてロンドンではなくロサンゼルスで撮影された。
前作から二世紀後の二三七九年、連合軍の科学調査船オーリガ号の実験室で、エイリアンの兵器転用を目的に、かつてのリプリーと同じ遺伝情報をもった新リプリーが作られる。彼女は宇宙海賊船ベティ号の乗組員と共闘してエイリアンと対決し、地球に向かう。明らかに次作を意識した伏線も残されたが、これにてエレン・リプリーを主人公とするシリーズは完結した。
その後、現代の南極、次いで北米の小さな町にエイリアンが現われるという番外篇二作、『エイリアンVS.プレデター』(〇四年)、『AVP2 エイリアンズVS.プレデター』(〇七年)が作られた。シリーズのファンならにやりとするような描写もあるが、第一作以降の未来史に無理なくつながる内容ではなく、あくまで異なる時間線のできごとと考えるべきだろう。
休眠中のシリーズを復活させたのは、意外なことに、第一作を最後にシリーズから離れていたリドリー・スコットだった。いまや世界に冠たる大ベテラン監督となり、毎年のように新作を発表していたスコットは、七〇歳を超えてふたたびSF映画に興味を示し、『エイリアン』の新たな物語をみずから創案した。
完成した映画は、ただ『プロメテウス』と題され、旧シリーズとの関係を明言しないまま公開されたが、蓋をあけてみれば完全にシリーズの新作で、『エイリアン』世界の成り立ちを解き明かす前日談だった。
『プロメテウス』(一二年)の物語は、二十一世紀の地球から始まる。洞窟壁画から先史時代の異星人来訪が明らかになり、彼らの星図が示す未知の惑星LV-223に、宇宙船プロメテウス号が向かう。二〇九三年、LV-223に着陸した調査隊は、寺院を思わせる巨大な廃墟を発見。だがアンドロイドのデヴィッドの敵対的行動が、謎の寄生生命体を船内に招き入れてしまう。
『エイリアン:コヴェナント』(一七年)は、この『プロメテウス』の続篇であり、題名に『エイリアン』を冠したリドリー・スコットの監督作がついに復活した。前作から十年後の二一〇四年、植民惑星をめざす移民宇宙船コヴェナント号の運命は、映画とノヴェライズの両方で確かめてほしい。
映画を小説化したノヴェライズ作品は、サイレント映画の時代からあるが、現代では多くの場合、映画の完成を待って小説化する余裕はなく、映画の仕上げと同時並行で、脚本と未完成の映像をもとに書かれている。ノヴェライズ作家に要求されるのは、映画の完成形を想像し、的確なスタイルで小説化する能力で、題材への理解と、小説のうまさは絶対に欠かせない。
ノヴェライズを読む楽しみのひとつとして、映画とは結末が異なっていたり、編集段階でカットされたエピソードがしばしば残っていたりして、それによって映画がめざしたものへの理解が深まるということがある。同時並行で作業しているからこそ起きることだが、本書については、映画との大きな違いはなく、全篇にわたって物語をていねいにすくいあげたものになっている。
とはいえ、細かな差異はかなりあって、どれも興味深い。例えば、冒頭のデヴィッドとウェイランドの対話は、その後の展開をより強く示唆しているし、冷凍睡眠から覚醒する前のダニエルズが、過去の記憶を甦らせる場面は、この時代の地球の状況がわかる貴重なエピソードになっている。
人物の内面を書き込むことは映画にない小説の特権であり、これによって初めてわかることも多い。映画では十五人の乗組員の見分けがなかなかつかず、誰が主人公なのかも当初はつかめないが、小説では、主人公がダニエルズであること、新たに船長となるオラムとの対立が、物語の軸になっていくことがすぐに了解される。
アラン・ディーン・フォスターはベテランのSF作家であり、SF設定のフォローもたくみに行っている。この時代の人類はすでに超光速航法を開発し、恒星間飛行を実現していること、人工重力もあり、船内の重力を制御していることといった『エイリアン』世界の基礎設定をさりげなく解説。地球との超光速通信がなぜ可能なのかといった説明も、ぎりぎりのリアリティを保つ重要な付加価値になっている。
また、前作でリドリー・スコットが新シリーズの根幹にすえた、いわゆる「インテリジェント・デザイン説」は、多くのSFファンにとって受け容れがたいものだったが、それがよくわかっているフォスターは、物語の邪魔にならない程度に、科学的な対抗意見を書き込んでバランスを取っている。
アラン・ディーン・フォスターは、一九四六年生まれの七〇歳。作家デビューは七一年だが、なんといっても注目を集めたのは、ジョージ・ルーカス名義で映画公開前に出た『スター・ウォーズ』(七六年)と、その続篇『侵略の惑星』(七八年)の二冊のノヴェライズ作品だろう。これによってSF映画ノヴェライズの第一人者となり、その後は数々の名作・大作を担当。邦訳があるものだけでも本作が二十冊目になる。『エイリアン』(七九年)、『エイリアン2』(八六年)、『エイリアン3』(九二年)も彼の作品で、今回は二十五年ぶりのシリーズ復帰となった。
ノヴェライズ以外では、『スペルシンガー』に始まるファンタジー・シリーズ「スペルシンガー・サーガ」が六巻まで邦訳されているし、秘境冒険小説『密林・生存の掟』も日本語で読むことができる。
アラン・ディーン・フォスターのノヴェライズ作家としてのデビュー作は、じつは『ダーク・スター』である。奇しくも『エイリアン』シリーズの歴史に、それが始まる以前から伴走してきた作家だった。
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