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【解説】往年の赤川ファンにとっても新鮮に読める作品――『ふたりの恋人』赤川次郎【文庫巻末解説:髙倉優子】

赤川次郎『ふたりの恋人』(角川文庫)の巻末に収録された「解説」を特別公開!



赤川次郎『ふたりの恋人』文庫巻末解説

解説
たかくら ゆう(フリーライター) 

 いつの時代も、女性が放っておかない(おけない?)魅力的な男性がいるものだ。それも権力や財力で女性をきつけるのではなく、女性のほうが貢ぎ、世話を焼きたくなるような「ヒモ」体質の男性が一定の支持を集める。
 一例を挙げると、「ホス狂い」と呼ばれる女性たちに尽くされているホストもそういった存在かもしれない。女性たちは「推し」の男性を人気ホストに押し上げるため、また、会ってもらう時間を確保するために、大枚をはたいてホストクラブに足しげく通うのだから。
「なぜそうまでして彼に尽くすのだろう?」と不思議に思うけれども、本人が幸せなのであれば、他人が口を出すのは大きなお世話というものなのだろう。

 さて本作の主人公・みずしんいちもまさに、そういったタイプの非常にモテる男性だ。大学の授業にはあまり出席せず、バイトもしないで自由に遊び暮らしており、モラトリアムを大いに満喫している。
 そんな彼には、ふたりの恋人がいる。
 ひとりは、社長令嬢のせきぐちれい。その名が表すように華やかな女性で、四つの会社を経営する父・関口いしぶみから誕生日に贈られた真っ赤なポルシェを乗り回し、信一と会うたびに数万円のこづかいを渡している。その様はまさに、ホストに貢ぐ上客そのもの。信一に夢中なのだ。
 もうひとりは、あいかわひろ。食堂で働きながら病気の母親の世話をしている地味な(けれどよく見ると整った顔立ちをしている)女性で、月に三、四回、信一のアパートに泊まっていく。こちらも彼のことが好きでたまらない様子だが、信一は身の回りの世話を担わせたり、スキンシップの相手にしたりと都合よく扱っている節がある。
 まったく違うタイプの美しい女性たち。彼女たちがキーパーソンとなる物語なのだ。

 物語は、麗子が運転していた車が海辺で事故を起こし、帰らぬ人になってしまったことで大きく動き出す。
 事故死かと思われたが、首には黒いエナメルのベルトが巻き付けられており、他殺と判明。警視庁のベテラン刑事・なかもりらによる捜査が始まった。
 また時を同じくして、広美が行方不明となり、さらに広美の母親が殺されているのが発見される。つまり信一の恋人のひとりが殺され、もうひとりは行方不明になってしまったのだ。
 一連の事件の重要人物として警察にマークされた信一は、高校時代の同級生で、探偵会社に勤める新米探偵のかしわただとともに事件解明に乗り出すが、謎の殺し屋に命を狙われるハメになって……というのが大筋だ。
 麗子はなぜ、そして誰に殺されたのか。さらに、信一や忠男はどうして殺し屋に狙われているのか──。
 一筋縄ではいかない人間模様を織り交ぜつつ、真相が軽やかな筆致で明かされていくさまは、まさにあかがわろうワールド全開。
 飽くことなく、ぐいぐい読ませる。

 ジャンル分けするならば、間違いなく赤川氏の代名詞ともいえる「ユーモアミステリー」であるのだが、一方で、近年人気となっている「バディミステリー」としても楽しめるのが特長だ。
「バディミステリー」とは、対照的な性格の2人が友情を軸にして困難に立ち向かっていくプロセスを描いた作品のこと。
 本作では、できる限り苦労せずに生きていきたい(そのためには女性も利用する)遊び人の信一と、学生時代から目立たぬ存在で真面目さだけが取り柄の忠男という「でこぼこコンビ」が、協力しながら事件解明に奔走する。まさに、バディものなのである。
「モテ男の信一とえない忠男がなぜ親友なのだろう?」と不思議に思う人もいるかもしれない。だが、現実世界でも真逆の性格なのになぜか馬が合う人がいるのはよくあることだし、読み進めるうちに、彼らが異なる性格だからこそ面白いケミストリーが生まれ、物語に引き込まれていることを実感するはずだ。
(なお余談ではあるが、単行本版あとがきにおいて赤川氏は現実世界にも「主役」と「わき役」がいて、自分自身は「わき役」だったと書いている。さらに、「わき役」だったからこそ小説を書き続けてこられた……といった記述がある。短いなかにも赤川氏の小説家としてのきようが詰まっていて、けだし名文だと思う)

 赤川作品においては、元気いっぱいで気の強いしっかり者の女性が主人公であることが多い。だからこそ、この少し頼りなく、でもなぜか憎めないチャーミングな男性コンビが事件を解き明かしていく本作は貴重であり、往年の赤川ファンにとっても新鮮に読める作品なのではないだろうか。
 また、前述した「バディミステリー」が好きな若い読者にとっても、読みごたえのある1冊といえるだろう。

 最後に、本作が書かれた当時の時代背景についても少し触れておきたい。
 本作は1980年10月に集英社コバルト文庫より刊行された後、1996年3月に集英社から刊行された単行本を文庫化したものである。
 1980年といえば、1976年にデビューした赤川氏にとって小説家5年目となる年であり、年齢は32歳だった。
 当時すでに「三毛猫ホームズ」シリーズや『セーラー服と機関銃』などを発表し、ベストセラー作家の一員となっていた赤川氏には、執筆の依頼が殺到しており、1980年にじようした著作は本作を含めてなんと18冊。とても信じられない冊数だ。
 うち、『悪妻に捧げるレクイエム』で第7回角川小説賞を受賞し、『上役のいない月曜日』が第83回直木賞候補になるなど、まさに乗りに乗っていた時期である。

 ここで改めて、本作の冒頭の部分を引用してみよう。

その車は、大邸宅を取り囲む高い塀の外に止まっていた。
 赤──燃えるような色のスポーツカー。ポルシェ928だ。夜の暗がりの中でも、その美しい車体は浮き立って見える。

 この「赤いポルシェ」という響きから、やまぐちももさんが歌った「プレイバック Part2」を思い浮かべた人は筆者だけではないと思う。
 この楽曲は1978年5月にリリースされており、また山口百恵さんは1980年10月に伝説のさよならコンサートをもって引退している。
 もしかしたらこの楽曲や、山口百恵さんという伝説的歌手の存在が、本作のキャラクター作りに少なからず影響を与えたのではないか──。
 勝手な想像ではあるが、そんなことを楽しく考えた。

 このような時代に書かれた作品ではあるが、他の赤川作品と同様、詳細な時代設定はなく、また流行語なども使用されていない。そのため、古びることのない普遍的な物語として楽しめることを付け加えておきたい。

作品紹介



書 名:ふたりの恋人
著 者:赤川次郎
発売日:2024年12月24日

殺された恋人と姿を消した恋人。ふたりの少女の謎を追う、傑作ミステリ!
水田信一には恋人がふたりいる。大企業の社長令嬢で派手好きの関口麗子と、病気がちな母親を世話する地味な相川広美という正反対の2人だ。しかしある日、麗子が車の中で死体となって発見された。
事故死かと思われたが、彼女の首には何者かに絞められた跡があった。同時に親友の柏木忠男から、広美が行方不明になっていることを知らされる。2人の身に何があったのか。
真一と忠男は事件解明に乗り出すが、重要人物として警察に目を付けられ、刑事に追われることに。さらに彼らの命を狙う謎の殺し屋まで現れて……。
書き下ろしのあとがきも特別収録! 著者の代名詞、傑作ユーモアミステリ。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322402000641/
amazonページはこちら
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