KADOKAWA Group
menu
menu

レビュー

【解説】ミステリ作家たちは家族の中に生じる歪みをどのように捉えてきたのか――『偽りの家』【文庫巻末解説:若林 踏】

編者:若林 踏、著者:宮部みゆき、赤川次郎、小池真理子、新津きよみ、松本清張、矢樹 純『偽りの家 家族ミステリアンソロジー』(角川文庫)の巻末に収録された「解説」を特別公開!



編者:若林 踏、著者:宮部みゆき、赤川次郎、小池真理子、新津きよみ、松本清張、矢樹 純『偽りの家 家族ミステリアンソロジー』文庫巻末解説

解説
わかばやし ふみ(ミステリ書評家)

 本アンソロジーは家族を題材にした短編ミステリを集めたものだ。編纂に当たってまず決めたのは、戦後の高度経済成長期から現在に至るまでの中から作品を探すことだった。父親はサラリーマンとして働き、母親は専業主婦となって家事育児を行う「近代家族」が確立される高度成長期から、性的役割が固定化されず個人の自律性や選択の自由が増す現代の家族像へと至る歴史の中で、ミステリ作家たちは家族の中に生じる歪みをどのように捉えてきたのか。以下は収録作の解題である。

○「鬼畜」松本清張
 初出は『別冊文藝春秋』一九五七年四月号で、同年十二月刊行の『詐者の舟板』(筑摩書房)に収録された。以降、傑作選などに何度も再録されている清張短編の代表作だ。七八年公開の映画(監督:野村芳太郎、主演:緒形拳)をはじめ三度の映像化でご存じの方も多いだろう。
 児童虐待がミステリの題材として日本国内で注目されるようになったのは一九九〇年代のことで、ダニエル・キイス『24人のビリー・ミリガン』(原書刊行一九八一年、邦訳は一九九二年に早川書房より刊行)などの翻訳が日本のミステリに大きな影響を与えたことで浸透していった。その遥か以前に松本清張はミステリ小説において児童虐待を扱っていたのだ。清張が検事の河井信太郎から聞いた実際の事件を基に書かれたものだという逸話が、本作の迫真性をより強固なものにしている。
 愛人に押し付けられた三人の子供を男が棄児しようとする、残酷な物語である。主人公の宗吉はどちらかと言えば気弱で平凡な中年男性である。だが、そんな人間が子供たちを棄てようとするのだ。人間の身勝手さが犯罪という形で露見する時、血の繫がりなど容易く切られてしまうことを清張は臆することなく書いた。

○「本末顚倒殺人事件」赤川次郎
 初出は一九八一年七月刊行の『別冊中央公論』第一巻第一号で、その後八一年九月に大和ノヴェルスで刊行された『冬の旅人』に収録された。同書刊行年には薬師丸ひろ子主演の映画「セーラー服と機関銃」(監督:相米慎二)が公開され大ヒットし、その後も角川映画において赤川の小説が次々と映像化された。「本末顚倒殺人事件」は赤川が人気作家として不動の地位を築いていく時期に書かれた短編だ。
 若者を主人公にしたユーモアミステリの書き手という印象の強い赤川だが、一九八〇年代初頭には赤川自身が当時住んでいたニュータウンの団地を舞台にしたサスペンスなど、家族やご近所を題材にした生活感のある小説を多く手掛けている。「本末顚倒殺人事件」もそうした八〇年代初頭の核家族の姿を反映したスリラーだ。功績を挙げられずクビ寸前の刑事である夫を救うべく、妻がとんでもない計画を思い付く、という序盤は著者の持ち味を活かしたクライムコメディのように受け取れるかもしれない。だが、終盤には笑うだけでは済まされない意外な展開が待ち受けている。コミカルな中にも心を抉るような鋭さを放つ赤川作品の特質が良く表れた逸品だ。

○「不文律」宮部みゆき
 初出は『問題小説』一九九二年五月号で、宮部の著書としては後に九四年四月刊行の『地下街の雨』(集英社)に収録された。同年に宮部は『龍は眠る』(現・新潮文庫)で第四五回日本推理作家協会賞を受賞、さらに『火車』(現・新潮文庫)を刊行し九三年には同作で第六回山本周五郎賞を射止めている。宮部が犯罪小説家としての地歩を固めていった時期に「不文律」は書かれたのだ。
 宮部は犯罪が生まれた背景を複数の視点から見つめ、精緻に解体していくような小説を書くことがある。人が犯罪の犠牲になる要因は時代を経るにつれて複雑化しており、それを捉えるためには様々な角度からの視点が求められる。その中には現代的な家族の在り方が抱える歪みを感じさせるものも少なくない。「不文律」では、とある一家四人が海中へ車ごと転落し、無理心中の疑いがあることが小説冒頭に記されている。なぜ一家は海中へと沈まなければいけなかったのか。小説は家族の隣人や友人など複数の関係者へのインタビューで構成されており、その証言の中から思いもよらぬ事実が浮かんでくる。複数の視点から構図を浮かび上がらせるという趣向は、第一二〇回直木賞を受賞した『理由』(初刊一九九八年、現・新潮文庫)を想起させるものだ。

○「花ざかりの家」小池真理子
 初出は『小説現代』一九九四年六月号で、九五年刊行の『記憶の隠れ家』(講談社)に収録された。同短編集には「家」と題された短編が揃っており、家族関係を題材にした作品集と捉えることができる。その中から小池真理子の作風を最も象徴しており、かつミステリとしての驚きが待つ「花ざかりの家」を採ることにした。
 小池作品では道ならぬ恋、例えば不倫関係が物語の重要な要素として描かれることが多い。「むしろ、どんどん人の道にそむいていってしまう危険性をはらんだものが、恋の本質なんじゃないか」(『別冊宝島63ミステリーの友』所収「せめてミステリーで不倫を」より抜粋)というように、小池は婚姻という制度から逸脱していく人間の心理を捉え、それをミステリというジャンルに結び付けて物語を書く。「花ざかりの家」でも不倫の恋がもたらす複雑な人間模様が描写されているが、物語は予想外の地点に着地する。美しさと醜悪さが混然となった幕切れの衝撃たるや。

○「おばあちゃんの家」新津きよみ
 初出は二〇一八年三月に角川ホラー文庫から刊行された『シェアメイト』で、同作は書下ろし作品として収録された。著者のあとがき曰く同短編集は「女と住まい」をテーマにした作品集とのことで、収録作のうち最も家族関係が色濃く書かれている「おばあちゃんの家」を当アンソロジーでは採用した。
 湊かなえやまさきとしかなど、二〇一〇年代に差し掛かる頃から家族を題材にしたスリラーを得意とする作家が台頭した。新津きよみはそれよりも前から“ドメスティック・スリラー”というべき短編を書き続けている一人だ。新津作品は繊細な心理描写が評価されることが多いが、それ以上に場面の巧みな切り替えによって、読者に宙吊りにされる感覚を植え付ける技法に富んでいることが特徴である。「おばあちゃんの家」も匠の技に酔いしれるような一編だ。

○「裂けた繭」矢樹純
 初出は二〇一九年九月に著者のnoteにて掲載された短編で、二〇二〇年一一月に刊行された『妻は忘れない』(新潮文庫)に改稿のうえ収録された。矢樹純は一九年に刊行された『夫の骨』(祥伝社文庫)に収められた表題作で第七三回日本推理作家協会賞短編部門を受賞している。“夫”“妻”という文字が入った題名からも分かる通り、二冊とも家族を題材にした作品が揃う短編集だ。
 矢樹の短編の特徴は、異なる要素同士の掛け合わせによって意外な展開を生んでいくところにある。「裂けた繭」はその最たる例で、はじめは引き籠りの青年を主人公にした話だと思っていたら、サプライズに次ぐサプライズでどこに物語が落ちつくのか予測がつかないまま、驚愕の結末へとなだれ込んでいく。家族をテーマにしているものの題材に溺れることなく、とにかく展開の妙で読ませようと徹しているところに好感を覚える。矢樹は他に『マザー・マーダー』(光文社)という親子関係を描いた作品があるが、こちらは連作形式ならではの仕掛けで驚かせるものだ。

 解題では児童虐待や“ドメスティック・スリラー”の隆盛など、家族ミステリを語る上での重要なキーワードについて触れた。他にもアダルトチルドレンブームや少年犯罪の凶悪化など、家族ミステリに関わる事柄で言及しておきたいことはあるが、それは別の機会に譲ろう。まずは本アンソロジーに収められた六編を通して読みつつ、日本における家族ミステリの歩みを感じてもらいたい。

作品紹介



書 名:偽りの家 家族ミステリアンソロジー
著 者:宮部みゆき、赤川次郎、小池真理子、新津きよみ、松本清張、矢樹 純、編者:若林 踏
発売日:2024年09月24日

人気作家が集結。様々な家族の歪みを描く、極上のミステリアンソロジー。
印刷所の職人・宗吉は、ある日、愛人との間にできた3人の子供の存在を妻に知られてしまう。激怒した妻から子供を愛人のもとに返してくるよう命じられるが……(「鬼畜」)。仕事ができず、辞職を迫られる捜査一課の刑事。夫の窮地を救うため、妻は隣人夫婦のトラブルからある恐ろしい計画を思いつく(「本末顛倒殺人事件」)。家族の抱える秘密が、時として背筋が凍る結末を呼ぶ。豪華執筆陣が集結。様々な家族の歪みを描く、傑作アンソロジー。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322403000780/
amazonページはこちら


紹介した書籍

新着コンテンツ

もっとみる

NEWS

もっとみる

PICK UP

  • 神永学 特設サイト
  • 湊かなえ『人間標本』
  • 深緑野分 特設サイト
  • 「果てしなきスカーレット」特設サイト
  • ダン・ブラウン 特設サイト
  • 楳図かずお「ゾク こわい本」シリーズ

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2026年1月号

12月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2026年2月号

1月6日 発売

怪と幽

最新号
Vol.021

12月23日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

今日もネコ様の圧が強い2

著者 うぐいす歌子

2

腐女医の医者道! 外科医のプライド編

著者 さーたり

3

著者 京極夏彦

4

熟柿

著者 佐藤正午

5

今日もネコ様の圧が強い

著者 うぐいす歌子

6

柴犬ぽんちゃん、今日もわが道を行く2

著者 犬山スケッチ

2026年1月12日 - 2026年1月18日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

レビューランキング

TOP