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(評者:朝宮運河 / 書評家)
今年(2019年)3月に発表された内閣府の調査によれば、半年以上自宅に閉じこもっている「引きこもり」の中高年(40~64歳)は61万3000人にも及ぶという。これに若年層(15~39歳)の数を加えれば、おそらく日本国内の引きこもり総数は100万人を超える。今や引きこもりはこの国の誰もが直面しうる、深刻な社会問題となっている。
古野まほろの新作『老警』は、この問題に独自のアプローチを試みた、注目の警察小説×本格ミステリーである。
伊勢鉄雄(いせ・てつお)は、長期間自宅の2階に引きこもっている33歳。幼少期は成績優秀だった鉄雄だが、中高一貫のエリート校に進学した頃から性格が凶暴化し、両親に暴力を振るうようになる。身の危険を感じた母親は遠くの町に避難し、今では公務員の父親とふたり暮らし。
ベストセラー作家を夢見る鉄雄は、真夜中から朝方までパソコンに向かっているが、「電磁波」や「怪電波」に攻撃されているという妄想を募らせる彼が、本当に小説を書いているかどうかは疑わしい。やがて鉄雄は、近所の小学校から聞こえてくる運動会の練習の騒音に、イライラを募らせてゆき……。
やや長めに設けられた「序章」において著者は、A県で発生した未曾有の凶悪事件の前日談を、鉄雄と彼を取りまく人々(鉄雄の父や駐在所の警察官ら)の視点から、じっくりと描いてゆく。
かくして事件は起こった。運動会開催中の小学校に、刃物を携えた鉄雄が侵入。児童や保護者を無差別に切りつける、という凶行に及んだのだ。死傷者は計19人。警察官に囲まれた鉄雄は、その場で自殺する。事件はそれで収束したかのように思えたが、鉄雄の父が現職の警察官であることが判明し、A県警上層部は大混乱に陥るのだった。
伊勢警部(鉄雄の父)の上司であった警務部長の佐々木由香里(ささき・ゆかり)は事件前後のいくつかの出来事に違和感を覚え、独自に捜査を開始する。
著者の古野氏が、元キャリア警察官という経歴をもつことは、ファンならよくご存じだろう。物語の大半が警察組織内で展開する本書でも、そうした経験は十二分に生かされている。特にキャリアとノンキャリア、先輩と後輩の微妙な距離感や、「警察ってなあ妬み嫉みで動いているような役所だからな」といったギクッとするような台詞などは、警察組織を深く知る著者でなければなかなか描けないものだ。
捜査を通して由香里が関わることになるのは、「警察文化」(作中にある語)を体現したかのような海千山千のベテラン警察官(=老警)たち。本作は引きこもりをモチーフとする一方で、一般にはあまり知られることのない「老警」の素顔にスポットを当て、警察組織のリアルを露わにする、いわば一粒で二度美味しい作品。先に「この問題に独自のアプローチを試みた」と書いたのはこの意味だ。
洞察力と人脈をフルに駆使した由香里の捜査によって、やがて巧妙に隠されていた事実が暴かれてゆく。些細な手がかりを拾い集め、それらをジグソーパズルのように組み合わせることで意想外の真相へと到達する解決編は、本格ミステリーの醍醐味がたっぷり。一にも二にもロジックを重視する著者の嗜好が炸裂している。一見、寄り道のようにも思える台詞や行動にも、事件の重要な手がかりが紛れこんでいるので、どうかじっくり向き合っていただきたい。
ベテラン警察官たちの矜持と保身がこれでもかと浮き彫りにされてゆく『老警』は、警察組織における女性のポジションをあらためて問い直した『女警』(18年KADOKAWA刊)と並んで、警察小説方面における著者の新たな「名刺」となるものだ。現代社会のリアルと本格ミステリー的稚気がブレンドされた唯一無二の作風は、大きな話題を呼ぶことだろう。
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