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これを読まずに2019年ミステリシーンは語れない! 奇才・法月綸太郎の記念すべき短編集 『赤い部屋異聞』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者:千街 晶之 / ミステリ評論家)

 どんでん返しが招く終わらない悪夢

 法月綸太郎は、ミステリ作家であると同時に評論家としての顔も持つ。このタイプの書き手は、どうしてもメタ的な視点で他の小説家の作品を眺めがちであり、従ってパロディやパスティーシュと相性がいい。九月に講談社から刊行された名探偵・法月綸太郎シリーズの新作『法月綸太郎の消息​』収録の「白面のたてがみ」や「カーテンコール」も、マニアックな深読みを武器としてアーサー・コナン・ドイルやアガサ・クリスティーの作品の成立事情に迫るメタ・ミステリだったが、KADOKAWAから刊行された最新刊『赤い部屋異聞』も、古今東西の小説(ミステリとは限らない)へのオマージュを統一テーマとした短篇集である。ただし、各篇の成立事情がそれぞれ異なることもあって、オマージュとひとくちに言っても、切り口は多種多様である。
 例えば、表題作は江戸川乱歩の「赤い部屋」が元ネタ。異常な刺激を追い求める男たちの集会で、新入会員が過去に自らが犯した罰せられざる完全犯罪について語りはじめる……というシチュエーションは乱歩の原典を踏まえつつ、後半の展開は完全にオリジナルなものとなっている。とはいえ、乱歩パロディは歌野晶午や三津田信三といった他の作家も手掛けているので、著者らしさが出ているのはむしろ他の収録作だ。
 表題作や、ジョン・コリア「夢判断」を踏まえた「続・夢判断」などのように、原典を読んでさえいれば何が元ネタかすぐにわかるタイプの作品があるかと思えば、読み進めても何のパロディなのかなかなか見当がつかないものもあり、後者は犯人当てならぬ原典当てとしても楽しめる筈だ(各篇の最後に執筆の背景を記したあとがきが用意されているので、仮に原典がわからなかったとしても問題はない)。
 オマージュとしてのアプローチは多種多様であるとはいえ、一冊の本として通して読むと、全体にどこか共通した狙いも見えてくる。ひとつは原典に対する本格ミステリ的な解釈、もうひとつはホラー度の高さであり(ホラーとは言い切れない作品にも何らかのスーパーナチュラルな要素が含まれていることが多い)、しかも両者は乖離しているのではなく緊密に結合している。
 それが最も顕著なのは、小泉八雲を下敷きにした「葬式がえり」である。怪談の背景を合理的に解釈する手さばきは、この作品が本格ミステリ作家クラブ選・編のアンソロジー『ベスト本格ミステリ2018』に収録されたのももっともと頷けるが、だからといって怪談としての怖さが完全に解体されるのではなく、読後の余韻は極めて戦慄的である。最後まで読めない本を扱った「だまし舟」の読み心地は更に恐ろしい。
 既にタイトルを挙げた「赤い部屋異聞」や「続・夢判断」もそうだが、本書の収録作には執拗なまでのどんでん返しを特徴とするものが多い。しかも、それらのどんでん返しは、謎の真相に迫るようでいて、実は立て続けに事態の構図を反転させることで作中人物の現実感を揺るがし、読者にとっても何が真実かという確信を曖昧にさせる効果を持つ。
 本所七不思議のひとつである「おいてけ堀」という怪談があるが、のっぺらぼうと遭遇した男が逃げ込んだ先でまたのっぺらぼうと何度も出会う、あの終わりのない悪夢の連続こそ、本書におけるどんでん返しの効果によく似ているように感じる。悪夢から醒めたと思ったら、まだ悪夢の中にいた……そんな恐ろしい迷宮感覚が本書には充満しているのだ。多重どんでん返し路線ではない掌篇「最後の一撃」は、「読者への挑戦」だけで一冊の本を構成した奇書『挑戦者たち』からの再録だが、これも本書に収められたことで別のニュアンスが生じている。この作品の悪魔的な犯罪計画は、「出口のない迷宮に永遠に閉じこめられたに等しい」と形容されたことで、他の収録作と共通する戦慄を帯びたのである。


書籍のご購入&試し読みはこちら▶法月綸太郎『赤い部屋異聞』| KADOKAWA


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