書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。
(評者:三橋 曉 / ミステリー評論家)
ショートケーキの食べ方に擬えてお尋ねします。あなたは、文庫の解説を先に読みますか、それとも最後に読みますか?
文庫を買うと、巻末に〝解説〟というものが付いていることが多い。翻訳書だと、訳者あとがきというケースもあるけれど。もちろん、そんなオマケなんか読まない、という方もいらっしゃるとは思うが、極めて少数派ではなかろうかと貧乏性のわたしは思う。
かくいうわたしは、二度読む派である。書店の売り場に佇み、手にした本を買おうかどうか逡巡する時や、巻を措く能わずの余韻にひたり、読み終えたばかりの本と離れがたい気分の時など、解説は読者にとって格好の話し相手になってくれる。本好きにとって、何時でも何処でも痒いところに手が届く、なんとも有難いオマケなのである。
そんなお役立ちの解説ばかりを集めた一冊をご紹介しよう。有栖川有栖の『論理仕掛けの奇談 有栖川有栖解説集』である。
著者は、本格ミステリのルネッサンスともいうべき新本格ムーブメントの中枢として、今年三十年というキャリアの節目を迎えたベテラン作家だ。最近では斎藤工と窪田正孝のコンビが人気を集めるドラマ「臨床犯罪学者 火村英生の推理」の原作者としてもおなじみだろう。
創作以外でもさまざまな場面でミステリ界のオピニオンリーダーの役割を果たしてきた一人で、その成果のひとつとして、デビュー以前からのほぼ二十年にわたる巻末解説や評論を網羅した『迷宮逍遥』(二〇〇二年)があった。そして、その待望久しい続編が本書である。
アーティクルの一つ一つは、長いものでも十ページに満たない小文だが、読者よ侮ること勿れ。バラエティと示唆に富んだ全四十七編は、寸鉄人を刺すが如く、わたしたち本好きのハートを直撃する。
例えば、本書のタイトルともなっている泡*坂妻夫『毒薬の輪舞』を論じた項では、作品登場の時代背景から、同作を含む叢書の裏事情や編集者の発言までも掬い上げ、先行作と対比しつつ、偉大な作家の匠の技を的確に分析していく。泡坂氏の思いとも重なり合う、本格ミステリとはつまるところ奇談であり、幻想小説の領域に越境し、時に擬態すると論証してみせる結論も鮮やかだ。
同項でもうひとつ注目すべきは、再読という読み方にさりげなく光をあて、初読とは違う楽しみ方があることを示しているところだろう。再読、再々読の功徳については、若き日のアンチ清張が撤回されるに至った経緯を綴る『松本清張短編全集06 青春の彷徨』と『点と線 長篇ミステリー傑作選』、悪しき印象を払拭し、贔屓へと転じたクロフツ『樽』をめぐる項などでも繰り返される。
しかし本書のハイライトは、なんといっても自作のルーツへの旅ともいえる『ローマ帽子の謎』と『Xの悲劇』への論考だろう。その小説作法を明晰に解き明かし、作家エラリー・クイーンの堂々たる作家論を浮かび上がらせてみせる。クイーンのフーダニットこそ推理小説の名にふさわしい、とする論旨のなんと清々しいことか。
また、芦*辺拓『時の密室』を俎上にあげ語られる都市小説論や、大量殺戮のカタストロフとミステリの間に横たわるシリアスな問題にメスを入れた柳広司『新世界』の項も、読み応え十分。瀬名秀明『八月の博物館』から理系・文系の違いに言及していくくだりのスリルは、作家同士の真剣勝負を見るようでもある。故瀬戸川猛資や、やはり作家でもある法月綸太郎らと肩を並べる論客であることを改めて確認できる読み物となっている。
そうかと思えば、『水車館の殺人』の解説では、盟友綾辻行人との心和む交友録を披露し、鉄道小説を前にすると、隠すこともできないテツ成分を頑なに否定してみせたり、公正さを保ちながらも後輩作家たちに温かな眼差しを向けるなど、著者のユーモラスで心優しい一面も随所に覗かせる。
もちろん、面白い本を探し求める読者にとっての絶好のガイドブックとなっている点は、改めて強調しておかねばならない。本稿のためにゲラを通読する過程で作品名をメモする必要を感じた当方も、読み終えると同時に書店に走ったことを告白しておく。
本編がフルコースの料理だとすれば、解説は絶妙なるアペリティフや前菜にもなれば、極上のデザートにもなる。美味なるミステリを賞味するため、ぜひ座右に備えていただきたい一冊だ。
※「泡」「芦」は旧字体。
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